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第1章 ネトゲ発祥のリアル恋愛!?
9 「――ここだけの話だが」
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9
次の日は、いつもみたいに「早く帰ってゲームするぞ!」ていう気にもならなくて、ついダラダラ仕事を進めてしまった。自重していた喫煙所通いも久しぶりに復活して、「お久でーす」なんて言いながら、先輩方と肩を並べて煙草を吸う。煙ったい棒は実はあんまり好きじゃないけど、コミュニケーションの道具としては、使えるヤツだ。
「最近頑張ってるみたいじゃないか、駿河」
「えー、そうっすかー?」
「ココでもあんまり見かけないしなあ?」
会社でも中堅クラス、言っちゃ悪いがおっさんたちは、気軽に話しかけてくれる。たまに重大事項とかをするっと零してくれて、若い時の俺は、それを聞くのが楽しみで、喫煙所の常連になっていたところもある。
「――ここだけの話だが」
そうそう、それそれ。
煙を吐き出しながら声を潜める恰幅の良いおっさんの口振りに、ついわくわくしてしまう。部署は違うけれど、年の功というべきか、おっさんたちの情報網は幅広い。
「お前を上に引き抜こうかって話が出てるみたいだぞ」
「え?」
さあ今日はどんな噂話が飛び出てくるのか、と耳を欹てていると、全く予想外のことを言われ、俺は一瞬動きが止まった。
引き抜く? 誰を?
「本社が優秀なエンジニアが欲しいって言っててな。何人か名前が挙がってて、そのうちの一人がお前だって話だ」
「出世したなァ、駿河ちゃん」
オールバックがよく似合う三十路過ぎの先輩が、首に腕を回してきて、わしゃわしゃと俺の頭を撫でて来るけれど、咄嗟に反応できない。
「え、え」
「信じられませーん、ってか」
「ま、ムリもないっすよねえ」
三十路の先輩が銜え煙草で頷く。どうでも良いけど、煙が顔に掛かるのでやめてもらいたい。
「まだ確定じゃないが、覚悟しといても良いと思うぞ」
「覚悟、ですか……」
「華の本社勤務の」
「駿河ちゃんいないと寂しくなるなあ」
「あっは、気が早いっすよせんぱーい」
なんて笑うけれど、全く実感がない。
本社勤務、かあ……。
一年目のとき、研修で何度も通った本社ビルを思い描く。広くて大きくて新しくて、皆バリバリ仕事できるぞ、っていう雰囲気を醸し出していた。ああ、あんなところで仕事をしたら、ゲームがどうのなんて絶対に言ってられなくなるぞ……。
色んな思いがぐるぐる渦巻いていると、不意に、スマホのランプが光った。メッセージの着信を知らせていて、本文を見てみると、犬塚さんからだった。
『今週末空いてる? よければ呑まない?』というシンプルな誘いに、ほっと安堵する。ぐちゃぐちゃしているこの心境を、もしかしたら、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。『いっすよ、是非!』俺は二つ返事で返していた。
喫煙所で耳にした先輩方の話が本当かどうかはわからないけれど、今週はやたらと仕事が降りかかってきた。発注の確認だったり、新しいシステムを組んで欲しいという依頼だったりで、久しぶりに終電間際の帰宅が多くなってしまった。勿論ゲームをする余裕はなくて、それに、少しの安堵も覚えてしまう。プロポーズ、を断られた気まずさは、流石にまだ残っている。
金曜日も、会社を出るのがギリギリになってしまった。慌てて帰り支度をする俺を見た後輩くんが、「駿河さんが慌てるの久しぶりに見ました、明日は雪かなあ」なんて、疲労混じりの顔で言ってくるのが腹が立つ。後輩くんも今週はいつも以上に忙しかったはずだ。「無理しないで早く帰ってねー」と言いながら、後輩くんの机の上に栄養ドリンクを置いてあげた。うーん、我ながら、いい先輩。後輩くんのお礼の言葉に片手だけ挙げて、俺は会社を後にした。
今回は直接、店の中で待ち合わせだ。会社から三駅程の繁華街にある、落ち着いた個室居酒屋。店の手配は全部、犬塚さんがしてくれた。いくつか店舗が入っているビルの地下が、指定された店だ。中は薄暗く、オレンジ色の照明が落ち着いた雰囲気を作り出している。黒いベストとスラックスに身を包んだ、やっぱり落ち着いた店員さんに犬塚さんの名前を告げると、すぐに部屋に案内してくれた。黒い机に、柔らかそうな椅子が対面して並んでいた。手前の席に座る犬塚さんと、視線が合う。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
「いや、俺も今来たとこだから」
「すげー雰囲気いいとこだね?」
「気に入ってもらえたら何より」
うーん、犬塚さんはやっぱりイケメン。
おしぼりで手を拭く姿さえ様になっている。脱いだコートを掛けて置き、奥の椅子に腰かける。未だ控えている店員に取り敢えず生を二つと、おつまみを幾つか注文した。
酒が来るまではぽつぽつと近況や、後輩くんのことを話した。イケメンな犬塚さんは聞き上手で、どんな話でも穏やかに笑って聞いてくれるから、絶大な安心感がある。
「――っていうことが、ゲームん中であったんすよお」
だから、だから、つい。
ビールを三杯呑んですっかりいい気分になっちゃった俺は、あろうことか、ネトゲでの出来事を洗い浚い犬塚さんに喋ってしまった。わあお。素面だったら自分でもドン引きである。
「そうなんだ」
しかし、流石のイケメン・犬塚さんだ。さらりと頷いてくれて、俺のジョッキが空になったのを知ると店員まで呼んでくれる。生とウーロン茶を追加で頼んでくれた。
「俺のこと考えてくれてんのはすげー嬉しいんだけどさー?」
「うん」
「その間に他の人と結婚されたらって思うとさあ」
はあ、と大きな息を吐き出した。
犬塚さんは、枝豆を剥く手を止めて、じっと俺を見てくる。穏やかな黒い瞳で見つめられると、ドギマギするから止めてほしい。
「俺って器ちっちゃいよなー」
「大丈夫だよ」
自分で話してて落ち込んでたら、はっきりとした声色が耳に届いて、顔を上げる。目の前には、相変わらず穏やかに笑っている、犬塚さんの顔がある。
「へ?」
「その人は、駿河くんを傷つけることはしない」
「なんで言いきれんのー」
「俺とその人、似てるんだと思うよ」
「なにそれ?」
アルコールに支配されかかっているふわふわとした頭で聞いてみても、犬塚さんは笑うだけで、何も答えてくれなかった。
だけど、犬塚さんに聞いてもらうと、不思議と心が軽くなる。
イケメンってすごい。
「犬塚さん、すごいっすねー」
「何が」
「イケメンー」
「相変わらず酒弱いね、きみ」
「弱くないっすー」
ふるふる首を横に振って、店員が持って来てくれたビールをまた飲んだ。既に味はよくわかんないけど、しゅわしゅわする喉越しが美味しい。
「今週ちょっと忙しくて、疲れただけー」
「忙しかったんだ?」
「そおそ、急にねー」
「おつかれさま」
「犬塚さんも、おつかれさまあ」
伸びてくる手を拒まなかったら、くしゃりと前髪を撫でられる。ふへへ、と間の抜けた笑い声が出た。
その後は、やっぱり俺が犬塚さんにふわふわ絡んで、犬塚さんが笑って受け止めてくれて、最終的には犬塚さんが駅まで送って行ってくれるっていう、最早恒例になりつつあるパターンだった。
ぐちゃぐちゃになっていた心がほんのり解れた気がして、犬塚さんのイケメン力に感謝する俺だった。
次の日は、いつもみたいに「早く帰ってゲームするぞ!」ていう気にもならなくて、ついダラダラ仕事を進めてしまった。自重していた喫煙所通いも久しぶりに復活して、「お久でーす」なんて言いながら、先輩方と肩を並べて煙草を吸う。煙ったい棒は実はあんまり好きじゃないけど、コミュニケーションの道具としては、使えるヤツだ。
「最近頑張ってるみたいじゃないか、駿河」
「えー、そうっすかー?」
「ココでもあんまり見かけないしなあ?」
会社でも中堅クラス、言っちゃ悪いがおっさんたちは、気軽に話しかけてくれる。たまに重大事項とかをするっと零してくれて、若い時の俺は、それを聞くのが楽しみで、喫煙所の常連になっていたところもある。
「――ここだけの話だが」
そうそう、それそれ。
煙を吐き出しながら声を潜める恰幅の良いおっさんの口振りに、ついわくわくしてしまう。部署は違うけれど、年の功というべきか、おっさんたちの情報網は幅広い。
「お前を上に引き抜こうかって話が出てるみたいだぞ」
「え?」
さあ今日はどんな噂話が飛び出てくるのか、と耳を欹てていると、全く予想外のことを言われ、俺は一瞬動きが止まった。
引き抜く? 誰を?
「本社が優秀なエンジニアが欲しいって言っててな。何人か名前が挙がってて、そのうちの一人がお前だって話だ」
「出世したなァ、駿河ちゃん」
オールバックがよく似合う三十路過ぎの先輩が、首に腕を回してきて、わしゃわしゃと俺の頭を撫でて来るけれど、咄嗟に反応できない。
「え、え」
「信じられませーん、ってか」
「ま、ムリもないっすよねえ」
三十路の先輩が銜え煙草で頷く。どうでも良いけど、煙が顔に掛かるのでやめてもらいたい。
「まだ確定じゃないが、覚悟しといても良いと思うぞ」
「覚悟、ですか……」
「華の本社勤務の」
「駿河ちゃんいないと寂しくなるなあ」
「あっは、気が早いっすよせんぱーい」
なんて笑うけれど、全く実感がない。
本社勤務、かあ……。
一年目のとき、研修で何度も通った本社ビルを思い描く。広くて大きくて新しくて、皆バリバリ仕事できるぞ、っていう雰囲気を醸し出していた。ああ、あんなところで仕事をしたら、ゲームがどうのなんて絶対に言ってられなくなるぞ……。
色んな思いがぐるぐる渦巻いていると、不意に、スマホのランプが光った。メッセージの着信を知らせていて、本文を見てみると、犬塚さんからだった。
『今週末空いてる? よければ呑まない?』というシンプルな誘いに、ほっと安堵する。ぐちゃぐちゃしているこの心境を、もしかしたら、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。『いっすよ、是非!』俺は二つ返事で返していた。
喫煙所で耳にした先輩方の話が本当かどうかはわからないけれど、今週はやたらと仕事が降りかかってきた。発注の確認だったり、新しいシステムを組んで欲しいという依頼だったりで、久しぶりに終電間際の帰宅が多くなってしまった。勿論ゲームをする余裕はなくて、それに、少しの安堵も覚えてしまう。プロポーズ、を断られた気まずさは、流石にまだ残っている。
金曜日も、会社を出るのがギリギリになってしまった。慌てて帰り支度をする俺を見た後輩くんが、「駿河さんが慌てるの久しぶりに見ました、明日は雪かなあ」なんて、疲労混じりの顔で言ってくるのが腹が立つ。後輩くんも今週はいつも以上に忙しかったはずだ。「無理しないで早く帰ってねー」と言いながら、後輩くんの机の上に栄養ドリンクを置いてあげた。うーん、我ながら、いい先輩。後輩くんのお礼の言葉に片手だけ挙げて、俺は会社を後にした。
今回は直接、店の中で待ち合わせだ。会社から三駅程の繁華街にある、落ち着いた個室居酒屋。店の手配は全部、犬塚さんがしてくれた。いくつか店舗が入っているビルの地下が、指定された店だ。中は薄暗く、オレンジ色の照明が落ち着いた雰囲気を作り出している。黒いベストとスラックスに身を包んだ、やっぱり落ち着いた店員さんに犬塚さんの名前を告げると、すぐに部屋に案内してくれた。黒い机に、柔らかそうな椅子が対面して並んでいた。手前の席に座る犬塚さんと、視線が合う。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
「いや、俺も今来たとこだから」
「すげー雰囲気いいとこだね?」
「気に入ってもらえたら何より」
うーん、犬塚さんはやっぱりイケメン。
おしぼりで手を拭く姿さえ様になっている。脱いだコートを掛けて置き、奥の椅子に腰かける。未だ控えている店員に取り敢えず生を二つと、おつまみを幾つか注文した。
酒が来るまではぽつぽつと近況や、後輩くんのことを話した。イケメンな犬塚さんは聞き上手で、どんな話でも穏やかに笑って聞いてくれるから、絶大な安心感がある。
「――っていうことが、ゲームん中であったんすよお」
だから、だから、つい。
ビールを三杯呑んですっかりいい気分になっちゃった俺は、あろうことか、ネトゲでの出来事を洗い浚い犬塚さんに喋ってしまった。わあお。素面だったら自分でもドン引きである。
「そうなんだ」
しかし、流石のイケメン・犬塚さんだ。さらりと頷いてくれて、俺のジョッキが空になったのを知ると店員まで呼んでくれる。生とウーロン茶を追加で頼んでくれた。
「俺のこと考えてくれてんのはすげー嬉しいんだけどさー?」
「うん」
「その間に他の人と結婚されたらって思うとさあ」
はあ、と大きな息を吐き出した。
犬塚さんは、枝豆を剥く手を止めて、じっと俺を見てくる。穏やかな黒い瞳で見つめられると、ドギマギするから止めてほしい。
「俺って器ちっちゃいよなー」
「大丈夫だよ」
自分で話してて落ち込んでたら、はっきりとした声色が耳に届いて、顔を上げる。目の前には、相変わらず穏やかに笑っている、犬塚さんの顔がある。
「へ?」
「その人は、駿河くんを傷つけることはしない」
「なんで言いきれんのー」
「俺とその人、似てるんだと思うよ」
「なにそれ?」
アルコールに支配されかかっているふわふわとした頭で聞いてみても、犬塚さんは笑うだけで、何も答えてくれなかった。
だけど、犬塚さんに聞いてもらうと、不思議と心が軽くなる。
イケメンってすごい。
「犬塚さん、すごいっすねー」
「何が」
「イケメンー」
「相変わらず酒弱いね、きみ」
「弱くないっすー」
ふるふる首を横に振って、店員が持って来てくれたビールをまた飲んだ。既に味はよくわかんないけど、しゅわしゅわする喉越しが美味しい。
「今週ちょっと忙しくて、疲れただけー」
「忙しかったんだ?」
「そおそ、急にねー」
「おつかれさま」
「犬塚さんも、おつかれさまあ」
伸びてくる手を拒まなかったら、くしゃりと前髪を撫でられる。ふへへ、と間の抜けた笑い声が出た。
その後は、やっぱり俺が犬塚さんにふわふわ絡んで、犬塚さんが笑って受け止めてくれて、最終的には犬塚さんが駅まで送って行ってくれるっていう、最早恒例になりつつあるパターンだった。
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