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第2章 スポーツ!!!
3 五限目の授業を受けて、
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3
五限目の授業を受けて、そのまま生徒会室へ向かった。ガチャリといつも通りドアを開けると、いつもと違う光景が広がっている。がらんと人の数が少ないのは最近は珍しくないけれど、その中央に、見慣れない人影がある。痛んだ金髪センター分け、サングラス、そしてど派手なアロハシャツ――この人は。
「緒方さん!」
「おー流クン。元気やった?」
前会長の、緒方さんだ。ひらりと手を振って、人懐こい笑顔を浮かべてくる。元気な緒方さんとは裏腹に、現会長は、俯いて額を抑えていた。
「おかげさまで色々大変っすー。つーか急にどうしたんすか」
「いやー、気まぐれで久しぶりに来てみたら、各務がめっちゃ疲れとるやん。ほんまおもろいわ」
「何も面白くありません」
言葉通り面白そうに笑っている緒方さんの声を、低い声が遮る。ああ、会長が不機嫌だ。
「あ、じゃあちょうどいいじゃん。かいちょ……、じゃない、緒方さん、仕事手伝ってってくださいよ」
つい、去年の癖で会長と呼びかけた。ら、今の会長が思い切り睨んでくるから、慌てて言い直す。現会長は、真面目な分、プライドも高いらしい。ああこわい。
「いやや」
「即答すかー」
「当たり前やろー、だあれが好き好んでんなめんどい仕事するか」
「去年までやってたじゃん」
「去年は去年、今は今やろ。ちゅーか、他の役員はどないしたん」
う、やっぱりそこ、聞いちゃうかー。俺は即答できなくて、ちらりと会長を窺った。会長は、最近いつもそうするように、深いため息を吐く。
「今はほとんど、俺と鈴宮で仕事してます」
「はあ? 椎葉は何やっとるん」
「まあ……自由にやってますね」
「なんやそれ、大丈夫なんか今年の役員はー」
「あは、……駄目かもー」
なんて、正直に洩らすと、さすがに緒方さんの眉が寄る。ちゃらんぽらんに見えて責任感が強い緒方さんは、二年間も会長を務めたカリスマだ。実はこっそり、今の会長も、緒方さんを尊敬しているっていう話を、聞いたことがある。
「どっちにしろ、体育祭が正念場やろな。そこさえ乗り切ったら……次は夏休みか。そん次は文化祭、ダンパ……ま、先は長いけど、きっかり一年で終わりや。きばりやー」
あ、やっぱ無責任かも。爽やかな笑顔で親指を立てる緒方さんに、会長の眉間の皺が一層深くなる。年間行事を思い浮かべて、さらに頭が痛くなったのだろう。俺も痛い。
「何かあったら言うてや、差し入れぐらいは持ってきたる」
「ありがとうございます……」
そんなんいらねえから仕事手伝え、そう思っていそうな顔で会長は頷いた。「ほな帰るわ」と言う緒方さんは、本当にひやかしにきただけらしい。ひらりと手を振って生徒会室を出る緒方さんを、追いかける。せめて見送りくらいはしなくちゃ。
「流クン」
それに気付いた緒方さんが、振り返らずに俺を呼んだ。生徒会室の扉を閉めて、緒方さんの後ろ姿を見る。黄色い生地に大きなハイビスカスが描かれている、紛れもないアロハシャツだ。
「俺が会長んとき、事務仕事なんてほとんどせえへんかったで」
「え」
「他の役員がやった仕事を取りまとめて、一般生徒に報告する。それが会長の仕事やろ。全部一人で抱え込めっちゅーんは酷な話や」
緒方さんの言葉は、さらりと軽いけれど重みがある。二年間、生徒会長の椅子に座っていた人間からの言葉。それを敢えて俺に言うのにも、きっと意味があるんだろう。
「あのまんまやったら、すぐ倒れるで、あいつ」
どきりとした。
確かに最近の会長はげっそりとして、覇気もない。全身から漂う疲労感も半端ない。説得力のある緒方さんの言葉に、不安が増した。
「ど、どうすれば倒れないっすか」
「流クンだけがどうにかすればええって話やないな」
「うう、でも……」
「いっそ、ガラッと変えてもええんちゃうん。……前代未聞やけど」
――このままいくと、解体もあり得るっつーのをよく覚えとけ。
風紀委員長の声が、重なる。解体。もしかしたら、俺も会長も、生徒会役員ではなくなるかもしれない。
「なんかこー、あれっすね」
「なんや」
「客観的に見ると、ほんとヤバい感じがするー」
「せやから、そう言うとるやろ。……何があったんや、一体」
こうなったら、白状するしかない。みんな転入生の魅力にメロメロなんですー、なんて間の抜けた理由を告白すると、緒方さんはぽかんとした後に、また爆笑した。肩が震えるほどに笑ってる。まあ、そうなるよね……。
「うわーしょーもな! 惜しいことしたわ、俺も体験したかったそのおもろい事態」
「面白がんないでくださいー」
「いやおもろいやろ、ちゅうか自分らも止めえや、そんな阿呆なこと」
「止めて聞いてくれるんならいいんすけどねえ……」
目がハートになってるあの人たちに、理論的なツッコミが利くのかどうか、甚だ疑問だ。俺が遠くを見ると、緒方さんが肩を叩いてくれる。
「ま、なるようになるやろ。……支えたってや、あいつのこと」
「緒方さん……」
小さく呟かれた言葉が、緒方さんの本心のようにも思えた。会長は一年の頃から、補佐として生徒会の役員をしていた。緒方さんも、会長のことをよく知っているから、心配しているのは事実なのだろう。
「俺は、俺にできることをするだけっすー」
「流クンを推薦してよかったわー」
「なんすか改まってー」
「自分も、役員になってよかったやろ」
うわ、デジャビュ……、こんなの夢で見た気がする。俺はなんとも言えず、笑って誤魔化した。役員最高! なってよかった! 緒方さんありがとー、なんて、本心から言える日が来るのだろうか……。
五限目の授業を受けて、そのまま生徒会室へ向かった。ガチャリといつも通りドアを開けると、いつもと違う光景が広がっている。がらんと人の数が少ないのは最近は珍しくないけれど、その中央に、見慣れない人影がある。痛んだ金髪センター分け、サングラス、そしてど派手なアロハシャツ――この人は。
「緒方さん!」
「おー流クン。元気やった?」
前会長の、緒方さんだ。ひらりと手を振って、人懐こい笑顔を浮かべてくる。元気な緒方さんとは裏腹に、現会長は、俯いて額を抑えていた。
「おかげさまで色々大変っすー。つーか急にどうしたんすか」
「いやー、気まぐれで久しぶりに来てみたら、各務がめっちゃ疲れとるやん。ほんまおもろいわ」
「何も面白くありません」
言葉通り面白そうに笑っている緒方さんの声を、低い声が遮る。ああ、会長が不機嫌だ。
「あ、じゃあちょうどいいじゃん。かいちょ……、じゃない、緒方さん、仕事手伝ってってくださいよ」
つい、去年の癖で会長と呼びかけた。ら、今の会長が思い切り睨んでくるから、慌てて言い直す。現会長は、真面目な分、プライドも高いらしい。ああこわい。
「いやや」
「即答すかー」
「当たり前やろー、だあれが好き好んでんなめんどい仕事するか」
「去年までやってたじゃん」
「去年は去年、今は今やろ。ちゅーか、他の役員はどないしたん」
う、やっぱりそこ、聞いちゃうかー。俺は即答できなくて、ちらりと会長を窺った。会長は、最近いつもそうするように、深いため息を吐く。
「今はほとんど、俺と鈴宮で仕事してます」
「はあ? 椎葉は何やっとるん」
「まあ……自由にやってますね」
「なんやそれ、大丈夫なんか今年の役員はー」
「あは、……駄目かもー」
なんて、正直に洩らすと、さすがに緒方さんの眉が寄る。ちゃらんぽらんに見えて責任感が強い緒方さんは、二年間も会長を務めたカリスマだ。実はこっそり、今の会長も、緒方さんを尊敬しているっていう話を、聞いたことがある。
「どっちにしろ、体育祭が正念場やろな。そこさえ乗り切ったら……次は夏休みか。そん次は文化祭、ダンパ……ま、先は長いけど、きっかり一年で終わりや。きばりやー」
あ、やっぱ無責任かも。爽やかな笑顔で親指を立てる緒方さんに、会長の眉間の皺が一層深くなる。年間行事を思い浮かべて、さらに頭が痛くなったのだろう。俺も痛い。
「何かあったら言うてや、差し入れぐらいは持ってきたる」
「ありがとうございます……」
そんなんいらねえから仕事手伝え、そう思っていそうな顔で会長は頷いた。「ほな帰るわ」と言う緒方さんは、本当にひやかしにきただけらしい。ひらりと手を振って生徒会室を出る緒方さんを、追いかける。せめて見送りくらいはしなくちゃ。
「流クン」
それに気付いた緒方さんが、振り返らずに俺を呼んだ。生徒会室の扉を閉めて、緒方さんの後ろ姿を見る。黄色い生地に大きなハイビスカスが描かれている、紛れもないアロハシャツだ。
「俺が会長んとき、事務仕事なんてほとんどせえへんかったで」
「え」
「他の役員がやった仕事を取りまとめて、一般生徒に報告する。それが会長の仕事やろ。全部一人で抱え込めっちゅーんは酷な話や」
緒方さんの言葉は、さらりと軽いけれど重みがある。二年間、生徒会長の椅子に座っていた人間からの言葉。それを敢えて俺に言うのにも、きっと意味があるんだろう。
「あのまんまやったら、すぐ倒れるで、あいつ」
どきりとした。
確かに最近の会長はげっそりとして、覇気もない。全身から漂う疲労感も半端ない。説得力のある緒方さんの言葉に、不安が増した。
「ど、どうすれば倒れないっすか」
「流クンだけがどうにかすればええって話やないな」
「うう、でも……」
「いっそ、ガラッと変えてもええんちゃうん。……前代未聞やけど」
――このままいくと、解体もあり得るっつーのをよく覚えとけ。
風紀委員長の声が、重なる。解体。もしかしたら、俺も会長も、生徒会役員ではなくなるかもしれない。
「なんかこー、あれっすね」
「なんや」
「客観的に見ると、ほんとヤバい感じがするー」
「せやから、そう言うとるやろ。……何があったんや、一体」
こうなったら、白状するしかない。みんな転入生の魅力にメロメロなんですー、なんて間の抜けた理由を告白すると、緒方さんはぽかんとした後に、また爆笑した。肩が震えるほどに笑ってる。まあ、そうなるよね……。
「うわーしょーもな! 惜しいことしたわ、俺も体験したかったそのおもろい事態」
「面白がんないでくださいー」
「いやおもろいやろ、ちゅうか自分らも止めえや、そんな阿呆なこと」
「止めて聞いてくれるんならいいんすけどねえ……」
目がハートになってるあの人たちに、理論的なツッコミが利くのかどうか、甚だ疑問だ。俺が遠くを見ると、緒方さんが肩を叩いてくれる。
「ま、なるようになるやろ。……支えたってや、あいつのこと」
「緒方さん……」
小さく呟かれた言葉が、緒方さんの本心のようにも思えた。会長は一年の頃から、補佐として生徒会の役員をしていた。緒方さんも、会長のことをよく知っているから、心配しているのは事実なのだろう。
「俺は、俺にできることをするだけっすー」
「流クンを推薦してよかったわー」
「なんすか改まってー」
「自分も、役員になってよかったやろ」
うわ、デジャビュ……、こんなの夢で見た気がする。俺はなんとも言えず、笑って誤魔化した。役員最高! なってよかった! 緒方さんありがとー、なんて、本心から言える日が来るのだろうか……。
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