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第2章 スポーツ!!!
2 久遠くんの作る弁当はおいしい。
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久遠くんの作る弁当はおいしい。野菜も肉も取れて、しかもばっちりボリュームもある。一度作ってもらったらすっかりハマって、今は材料費を払って毎日作ってもらってる。ついでに、屋上の静かな空間も、落ち着いていてとてもいい。
「混ぜご飯とか最高っすー」
「ただ混ぜただけだろう」
出汁が利いて、細かく切った人参やシイタケ、鶏肉がちょうどよく混ざった混ぜご飯を掻きこむ。食堂のランチも美味いけれど、やっぱり久遠くんのご飯は別格だ。ああ、しあわせ。
「俺、久遠くんにだったら嫁いでもいいかも……」
「何を言ってるんだお前は」
クールなツッコミも気にならないほど、温かい味だ。食べ終わるのが勿体なくて、ゆっくりと食べる。久遠くんは口数が少ない、こうやってお昼を食べるときも、基本的に俺の話を聞いてくれるだけだ。
「久遠くんはさー」
「ああ」
「体育祭とか、出るの」
「いや、出ない」
「だよねー」
一応、登校日であって出ないといけない日なんだけれど、さすが不良だ。久遠くんは即答した。期待に応えてもらって、俺は顎を引いた。
「その日は、大切な日なんだ」
「大切な日?」
「ああ、ちょっとな……実家に帰る」
「ふうん……」
久遠くんの大切な日って、どんな日だろう。興味が惹かれるが、何か聞ける雰囲気でもなかった。箸を前歯で噛み、相槌を打って、添えられたから揚げに手を伸ばす。揚げるところから手作りのそれは噛むと肉汁がじわりと滲んで、香ばしい。
「うまー」
「本当にうまそうに食うな」
あ、笑った。長い前髪から覗く瞳が柔らかく細められる。久遠くんは、笑うと本当に穏やかだ。なんとなく照れて、俺はそのまま、勢いよく弁当を食べ進めた。
美味い弁当を堪能して久遠くんと別れたあと、のんびりと階段を下りて教室に向かう。天気はとてもよくて、本当はこのまま屋上で昼寝でもしていたかったけれど、そうもしてられない。久遠くんといると癒され過ぎて、たまにそのままとろけてしまいそうな気になる。ぼんやりとした気分のまま、ふらふらと廊下を歩いていると、不意に甲高い声が聞こえた。
「ふざけないでよ!」
おお、なんだ、修羅場?
思わず、背を伸ばして声の発生源を探る。階段下、ちょうど周りから四角になっている部分に、三つの人影があった。一人を追い詰めるように、あとの二人が囲んでいる。不穏な雰囲気だ。
「お前が来てから、椎葉様の様子がおかしいんだ」
「前はバリバリに仕事をこなして、出来る男だったのに!」
「今の椎葉様は、まるで腑抜けている」
おーおー、その通り。
思わず影で頷いてしまう。片方は小柄な男子、もう片方は割と背が高く、すらっとしている。その言い様から、きっと副会長のファンクラブに入っているのだろう。
「そんな、俺は……」
そしてその向こうにいるのは、案の定、おろおろとしている剣菱くんだった。
「金輪際、椎葉様に近づくな」
「そ、それは」
「いやーそれは無理なんじゃないの」
小柄な子が一歩近づいて、低い声で言う。さすがに放っておけなくて、俺も一歩踏み出して声をかける。ハッとして二人が振り向いた。
「椎葉さんは副会長だし、剣菱くんは補佐だし。役員同士、近づかないなんて無理無理ー」
「す、鈴宮……」
俺を呼び捨てしてるってことは、こいつら二年か三年か。うわー後輩相手に恥ずかしい。
「醜い嫉妬は恰好悪いってー」
「お、お前には関係ないだろ」
「そりゃ関係ないけどー」
うん、副会長絡みの修羅場なんて、まったく関係ない。ていうか正直関わりたくない。俺は真面目に、五限目の授業を受けなきゃいけないんだ。――だけど。
「見て見ぬふりは、できないでしょ」
にっこり笑うと、息を呑む音が聞こえる。そう、俺の手には、携帯ことスマートフォン。ばっちり、録音モードにしてある。
「今の会話をさー、椎葉様に聞かれちゃったら、どーする?」
「く、くそ! いつの間に……」
うわーすげえ悪役っぽい。感動すら覚える勢いだ。
「もーこんなダサい真似、しないほうがいーよ。ねー」
「お、おい、行くぞ」
「う、うん」
剣菱くんに笑いかけると、二人組は顔を見合わせて、逃げ出した。後ろ姿が滑稽だ。副会長も大変だなあ、なんてぼんやりとしていると、くいと服の袖が引っ張られる。後ろを見れば、剣菱くんがもじもじとしていた。
「何、どーしたの」
「あ、あの、……ありがとうございました」
「ああいや、別に」
緩く首を横に振って、携帯をポケットにしまう。
「ほんとは録音とかしてなかったしー。ハッタリハッタリ、しかしダサかったねあいつら」
「そ、そうなんですか? でも、なんで……」
「ん?」
「なんで、助けてくれたんですか」
剣菱くんは、気まずそうに目を逸らす。長い睫毛が、影を作っていた。俺は何度か瞬いて、その旋毛を見下ろす。
「なんでって」
「だって、俺はいつも、鈴宮さんに迷惑をかけて……」
「いや、迷惑っつーか」
確かに迷惑だけどお、なんてのは、やっぱり言えるはずもない。
「さっきも言ったでしょ、……見て見ぬふりはできないって」
「鈴宮さんって……」
剣菱くんは、少し驚いたように洩らして、笑った。ふわりと笑う顔はまさに花のように可憐で、ああ副会長はきっとこういうところに惹かれたのかな、と、棘ばかりの薔薇のようなあの人のことを思い出した。
「とにかく、ありがとうございました」
「いーえー。気を付けてね、たぶん色々、大変だから」
剣菱くんは、有名人だ。生徒会入りが決まった時も、敏腕の新聞部部長が号外として新聞を発行し、速報された。既に剣菱くんもファンがいるようで、そういった面々が狂喜乱舞していたのを覚えている。生徒会になれば、露出も増える。ネタや写真を堂々と入手できるのに喜んでいたんだろう。そういう面も含めて忠告すると、剣菱くんは、笑って頷いた。こうして見ると、素直ないい子だ。
久遠くんの作る弁当はおいしい。野菜も肉も取れて、しかもばっちりボリュームもある。一度作ってもらったらすっかりハマって、今は材料費を払って毎日作ってもらってる。ついでに、屋上の静かな空間も、落ち着いていてとてもいい。
「混ぜご飯とか最高っすー」
「ただ混ぜただけだろう」
出汁が利いて、細かく切った人参やシイタケ、鶏肉がちょうどよく混ざった混ぜご飯を掻きこむ。食堂のランチも美味いけれど、やっぱり久遠くんのご飯は別格だ。ああ、しあわせ。
「俺、久遠くんにだったら嫁いでもいいかも……」
「何を言ってるんだお前は」
クールなツッコミも気にならないほど、温かい味だ。食べ終わるのが勿体なくて、ゆっくりと食べる。久遠くんは口数が少ない、こうやってお昼を食べるときも、基本的に俺の話を聞いてくれるだけだ。
「久遠くんはさー」
「ああ」
「体育祭とか、出るの」
「いや、出ない」
「だよねー」
一応、登校日であって出ないといけない日なんだけれど、さすが不良だ。久遠くんは即答した。期待に応えてもらって、俺は顎を引いた。
「その日は、大切な日なんだ」
「大切な日?」
「ああ、ちょっとな……実家に帰る」
「ふうん……」
久遠くんの大切な日って、どんな日だろう。興味が惹かれるが、何か聞ける雰囲気でもなかった。箸を前歯で噛み、相槌を打って、添えられたから揚げに手を伸ばす。揚げるところから手作りのそれは噛むと肉汁がじわりと滲んで、香ばしい。
「うまー」
「本当にうまそうに食うな」
あ、笑った。長い前髪から覗く瞳が柔らかく細められる。久遠くんは、笑うと本当に穏やかだ。なんとなく照れて、俺はそのまま、勢いよく弁当を食べ進めた。
美味い弁当を堪能して久遠くんと別れたあと、のんびりと階段を下りて教室に向かう。天気はとてもよくて、本当はこのまま屋上で昼寝でもしていたかったけれど、そうもしてられない。久遠くんといると癒され過ぎて、たまにそのままとろけてしまいそうな気になる。ぼんやりとした気分のまま、ふらふらと廊下を歩いていると、不意に甲高い声が聞こえた。
「ふざけないでよ!」
おお、なんだ、修羅場?
思わず、背を伸ばして声の発生源を探る。階段下、ちょうど周りから四角になっている部分に、三つの人影があった。一人を追い詰めるように、あとの二人が囲んでいる。不穏な雰囲気だ。
「お前が来てから、椎葉様の様子がおかしいんだ」
「前はバリバリに仕事をこなして、出来る男だったのに!」
「今の椎葉様は、まるで腑抜けている」
おーおー、その通り。
思わず影で頷いてしまう。片方は小柄な男子、もう片方は割と背が高く、すらっとしている。その言い様から、きっと副会長のファンクラブに入っているのだろう。
「そんな、俺は……」
そしてその向こうにいるのは、案の定、おろおろとしている剣菱くんだった。
「金輪際、椎葉様に近づくな」
「そ、それは」
「いやーそれは無理なんじゃないの」
小柄な子が一歩近づいて、低い声で言う。さすがに放っておけなくて、俺も一歩踏み出して声をかける。ハッとして二人が振り向いた。
「椎葉さんは副会長だし、剣菱くんは補佐だし。役員同士、近づかないなんて無理無理ー」
「す、鈴宮……」
俺を呼び捨てしてるってことは、こいつら二年か三年か。うわー後輩相手に恥ずかしい。
「醜い嫉妬は恰好悪いってー」
「お、お前には関係ないだろ」
「そりゃ関係ないけどー」
うん、副会長絡みの修羅場なんて、まったく関係ない。ていうか正直関わりたくない。俺は真面目に、五限目の授業を受けなきゃいけないんだ。――だけど。
「見て見ぬふりは、できないでしょ」
にっこり笑うと、息を呑む音が聞こえる。そう、俺の手には、携帯ことスマートフォン。ばっちり、録音モードにしてある。
「今の会話をさー、椎葉様に聞かれちゃったら、どーする?」
「く、くそ! いつの間に……」
うわーすげえ悪役っぽい。感動すら覚える勢いだ。
「もーこんなダサい真似、しないほうがいーよ。ねー」
「お、おい、行くぞ」
「う、うん」
剣菱くんに笑いかけると、二人組は顔を見合わせて、逃げ出した。後ろ姿が滑稽だ。副会長も大変だなあ、なんてぼんやりとしていると、くいと服の袖が引っ張られる。後ろを見れば、剣菱くんがもじもじとしていた。
「何、どーしたの」
「あ、あの、……ありがとうございました」
「ああいや、別に」
緩く首を横に振って、携帯をポケットにしまう。
「ほんとは録音とかしてなかったしー。ハッタリハッタリ、しかしダサかったねあいつら」
「そ、そうなんですか? でも、なんで……」
「ん?」
「なんで、助けてくれたんですか」
剣菱くんは、気まずそうに目を逸らす。長い睫毛が、影を作っていた。俺は何度か瞬いて、その旋毛を見下ろす。
「なんでって」
「だって、俺はいつも、鈴宮さんに迷惑をかけて……」
「いや、迷惑っつーか」
確かに迷惑だけどお、なんてのは、やっぱり言えるはずもない。
「さっきも言ったでしょ、……見て見ぬふりはできないって」
「鈴宮さんって……」
剣菱くんは、少し驚いたように洩らして、笑った。ふわりと笑う顔はまさに花のように可憐で、ああ副会長はきっとこういうところに惹かれたのかな、と、棘ばかりの薔薇のようなあの人のことを思い出した。
「とにかく、ありがとうございました」
「いーえー。気を付けてね、たぶん色々、大変だから」
剣菱くんは、有名人だ。生徒会入りが決まった時も、敏腕の新聞部部長が号外として新聞を発行し、速報された。既に剣菱くんもファンがいるようで、そういった面々が狂喜乱舞していたのを覚えている。生徒会になれば、露出も増える。ネタや写真を堂々と入手できるのに喜んでいたんだろう。そういう面も含めて忠告すると、剣菱くんは、笑って頷いた。こうして見ると、素直ないい子だ。
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