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13.夕日の誓い
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「もうすぐ学校が始まりますね」
あれから数日後の図書館からの帰り道、重い沈黙を破ったのは向日葵が先だった。明日は図書館の休館日。向日葵に会えるのはこれで最後だった。もう会えなくなる。そう思うたびに、恭佑の胸が締め付けられる。
「いつ、寮に戻るの?」
「明後日です」
答える向日葵の声もトーンが低い。
「また冬休みに帰ってくる?」
「もちろんです! でも、それまでは……」
当分は会えない。と再び気落ちした様子の向日葵に、恭佑は何も言えずに押し黙る。
「私のこと、忘れないでくださいね」
「忘れるだなんてそんなこと! こんな楽しい時間を過ごせたのは向日葵ちゃんといる時間が初めてなのに」
「でしたら嬉しいのですが」
よほど落ち込んでいるのか、向日葵の表情は暗いまま。
「手紙!手紙を書くから!」
励まそうと咄嗟に出た言葉に、恭佑自身も驚く。だが、それはとても良いアイディアのように思えた。
「手紙?」
「ケンタとユイが離れてても手紙でずっと繋がっていたように」
首を傾げる向日葵に、きっと物語と同じように恭佑と向日葵との絆を結んでくれると恭佑は続ける。距離や時間に縛られることなく、二人の時間を共有できる。そのことを伝えると、向日葵の表情も一気に明るくなる。
「素敵ですね」
まるで物語のような約束に、予想以上に向日葵は喜んだ。同時に、切れそうだった関係の糸を繋げることが出来たことに恭佑もほっとしていた。
「俺、もっと本を読むから。だからおすすめの本を教えてよ。で、俺も向日葵ちゃんがまだ読んでない面白い本を紹介するから」
「恭佑さんがご自分で見つけて好きになる本がどんなのか、楽しみです」
「実はこの間、入荷予定の新刊案内で気になったのがあって予約してあるんだ」
人気のある作品のようで、借りられる順番が来るのは大分先になりそう、と恭佑は言ったが、向日葵は待つ時間も楽しいものですよと答える。
「そうだ、お渡ししたいものがあったんです」
二人の家と家の間まで来て、向日葵が鞄から小さな封筒を取り出す。半透明の封筒からは、細長い紙と、便箋が入っているのが透けて見えた。
「本を好きになってくださった恭佑さんに、私からの贈り物です」
可愛らしい向日葵の様子に、一体何をくれたのだろうと胸が高鳴る。気が急いて封筒を開こうとすると、向日葵の柔らかな手でやんわりと制止された。
「まだだめです。家に帰って、今日借りた本の続きを読む前に読んでください」
優しい手つきとは裏腹に、絶対にこの場では開かせないという強い意志を感じ、恭佑も逆らわなかった。大切に鞄にしまい込み、向日葵に向き直る。
「ありがとう。今度会うときに、絶対にお礼するから」
向日葵は何も言わずに右の小指を差し出した。意味を悟って、躊躇いなく恭佑も小指を絡める。
「約束、です」
「必ず守るよ」
誓いは夕日に見守られ、太陽が沈みきるとどちらからともなく指をほどいた。もうすぐ夕食の時間だ。帰るのが遅くなればきっと叱られるだろうし、こんなところを見られれば何をやっているのだと呆れられるかもしれない。だが、恭佑はなかなか家に入ることが出来なかった。
ぽつ。ぽつ……。
大粒の水が肩に当たり、二人して空を見上げる。暗くなった空に、いつの間にか雨雲が立ちこめていた。
雨粒が体に当たる間隔がどんどんと短くなる。
「帰ろうか」
恭佑がそう言うと、向日葵も小さく頷き、駆け足で玄関に走って行く。恭佑も同じように、自分の家の軒下に入った。
「またね!」
「また!」
二人は手を振り合って、それから家に入った。
家に入った恭佑は、まだ仕事をしている母親の横を通り抜け、すぐに自室に戻った。鞄から借りた本と、向日葵から受け取った封筒を取り出す。
封のされていない封筒の中に入っていたのは、細い紐のついた栞と手紙だった。栞には黄色の花びらが押し花にされている。恭佑は知らないが、ひまわりの花だった。
手紙には、向日葵らしい丁寧な丸い字で、この夏休みが楽しかったことと、おでかけのお礼に栞を作ったこと。恭佑の好きそうな本のリスト。それから、向日葵の住む学生寮の住所が書かれていて、良かったら本の感想を教えて欲しいと書かれていた。最初から、向日葵も恭佑と手紙をやりとりするつもりだったのかと思うと、恭佑はなんだか嬉しかった。
恭佑は母親の私物入れから便箋を拝借して、さっそくお礼の手紙を書き始める。何度も書いては消し、見直してはこうじゃないと頭を抱える。
きっとケンタも同じ気持ちだったのだろうと、ふとした瞬間に感じ、そのことも手紙に書き加えた。
何度かの邪魔を乗り越えて、やっとのことで手紙を書き終えたのは、二日後の昼のこと。きっと今頃、向日葵も寮に向かっているのだろうと、思いを馳せながらポストに投函した。
どんな返事がくるだろう?
まだ届いてすらいないというのがわかっていながら、恭佑はドキドキしながら家路につく。
道中、車とすれ違い、あっという小さな声が流れて消えていく。聞き覚えのある声に咄嗟に振り向くと、同じように窓から恭佑のほうを見ている顔があった。
「向日葵ちゃん!」
思わず手を振ると、向日葵も大きく手を振り返す。車はあっという間に遠ざかっていく。
もう当分の間は会えないと思っていた夏休みの最後、向日葵に会えた。それだけで恭佑にとって十分だった。
あれから数日後の図書館からの帰り道、重い沈黙を破ったのは向日葵が先だった。明日は図書館の休館日。向日葵に会えるのはこれで最後だった。もう会えなくなる。そう思うたびに、恭佑の胸が締め付けられる。
「いつ、寮に戻るの?」
「明後日です」
答える向日葵の声もトーンが低い。
「また冬休みに帰ってくる?」
「もちろんです! でも、それまでは……」
当分は会えない。と再び気落ちした様子の向日葵に、恭佑は何も言えずに押し黙る。
「私のこと、忘れないでくださいね」
「忘れるだなんてそんなこと! こんな楽しい時間を過ごせたのは向日葵ちゃんといる時間が初めてなのに」
「でしたら嬉しいのですが」
よほど落ち込んでいるのか、向日葵の表情は暗いまま。
「手紙!手紙を書くから!」
励まそうと咄嗟に出た言葉に、恭佑自身も驚く。だが、それはとても良いアイディアのように思えた。
「手紙?」
「ケンタとユイが離れてても手紙でずっと繋がっていたように」
首を傾げる向日葵に、きっと物語と同じように恭佑と向日葵との絆を結んでくれると恭佑は続ける。距離や時間に縛られることなく、二人の時間を共有できる。そのことを伝えると、向日葵の表情も一気に明るくなる。
「素敵ですね」
まるで物語のような約束に、予想以上に向日葵は喜んだ。同時に、切れそうだった関係の糸を繋げることが出来たことに恭佑もほっとしていた。
「俺、もっと本を読むから。だからおすすめの本を教えてよ。で、俺も向日葵ちゃんがまだ読んでない面白い本を紹介するから」
「恭佑さんがご自分で見つけて好きになる本がどんなのか、楽しみです」
「実はこの間、入荷予定の新刊案内で気になったのがあって予約してあるんだ」
人気のある作品のようで、借りられる順番が来るのは大分先になりそう、と恭佑は言ったが、向日葵は待つ時間も楽しいものですよと答える。
「そうだ、お渡ししたいものがあったんです」
二人の家と家の間まで来て、向日葵が鞄から小さな封筒を取り出す。半透明の封筒からは、細長い紙と、便箋が入っているのが透けて見えた。
「本を好きになってくださった恭佑さんに、私からの贈り物です」
可愛らしい向日葵の様子に、一体何をくれたのだろうと胸が高鳴る。気が急いて封筒を開こうとすると、向日葵の柔らかな手でやんわりと制止された。
「まだだめです。家に帰って、今日借りた本の続きを読む前に読んでください」
優しい手つきとは裏腹に、絶対にこの場では開かせないという強い意志を感じ、恭佑も逆らわなかった。大切に鞄にしまい込み、向日葵に向き直る。
「ありがとう。今度会うときに、絶対にお礼するから」
向日葵は何も言わずに右の小指を差し出した。意味を悟って、躊躇いなく恭佑も小指を絡める。
「約束、です」
「必ず守るよ」
誓いは夕日に見守られ、太陽が沈みきるとどちらからともなく指をほどいた。もうすぐ夕食の時間だ。帰るのが遅くなればきっと叱られるだろうし、こんなところを見られれば何をやっているのだと呆れられるかもしれない。だが、恭佑はなかなか家に入ることが出来なかった。
ぽつ。ぽつ……。
大粒の水が肩に当たり、二人して空を見上げる。暗くなった空に、いつの間にか雨雲が立ちこめていた。
雨粒が体に当たる間隔がどんどんと短くなる。
「帰ろうか」
恭佑がそう言うと、向日葵も小さく頷き、駆け足で玄関に走って行く。恭佑も同じように、自分の家の軒下に入った。
「またね!」
「また!」
二人は手を振り合って、それから家に入った。
家に入った恭佑は、まだ仕事をしている母親の横を通り抜け、すぐに自室に戻った。鞄から借りた本と、向日葵から受け取った封筒を取り出す。
封のされていない封筒の中に入っていたのは、細い紐のついた栞と手紙だった。栞には黄色の花びらが押し花にされている。恭佑は知らないが、ひまわりの花だった。
手紙には、向日葵らしい丁寧な丸い字で、この夏休みが楽しかったことと、おでかけのお礼に栞を作ったこと。恭佑の好きそうな本のリスト。それから、向日葵の住む学生寮の住所が書かれていて、良かったら本の感想を教えて欲しいと書かれていた。最初から、向日葵も恭佑と手紙をやりとりするつもりだったのかと思うと、恭佑はなんだか嬉しかった。
恭佑は母親の私物入れから便箋を拝借して、さっそくお礼の手紙を書き始める。何度も書いては消し、見直してはこうじゃないと頭を抱える。
きっとケンタも同じ気持ちだったのだろうと、ふとした瞬間に感じ、そのことも手紙に書き加えた。
何度かの邪魔を乗り越えて、やっとのことで手紙を書き終えたのは、二日後の昼のこと。きっと今頃、向日葵も寮に向かっているのだろうと、思いを馳せながらポストに投函した。
どんな返事がくるだろう?
まだ届いてすらいないというのがわかっていながら、恭佑はドキドキしながら家路につく。
道中、車とすれ違い、あっという小さな声が流れて消えていく。聞き覚えのある声に咄嗟に振り向くと、同じように窓から恭佑のほうを見ている顔があった。
「向日葵ちゃん!」
思わず手を振ると、向日葵も大きく手を振り返す。車はあっという間に遠ざかっていく。
もう当分の間は会えないと思っていた夏休みの最後、向日葵に会えた。それだけで恭佑にとって十分だった。
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