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10.図書館ではない場所で
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休館日当日、その日は朝から蒸し暑かった。出かけると母親に告げて余分に持たされた水筒に辟易としながら、家の前で向日葵を待つ。数分もしないうちに玄関が開き、行ってきますという言葉を残して、恭佑の元に駆け寄ってきた。
「おはようございます! 良い天気ですね」
「おはよう。ちょっと暑すぎる気もするけど」
「きっと目的地は過ごしやすい気候ですよ。なにせ、山の上ですから」
向日葵は手に持っていた日傘を開き、恭佑の方に傾けた。太陽が遮られて、影が出来たことでほんの少し日差しの厳しさが和らぐ。ほっと息を吐いた恭佑を、向日葵が急かす。
「さ、早く行きましょう。すぐに電車が来てしまいますよ」
最初に向かったのは、徒歩5分のところにある駅。そこから切符を買って電車を乗り継いで向かうのだ。
電車の中は人が大勢乗っていた。半袖姿のユニフォームを着た学生たちもいれば、耳に大きな飾りをつけたテーマパークにこれから向かうのであろう家族連れもいる。そのなかに肩身の狭そうに座って眠りこけるサラリーマンたちが揺られていて、恭佑たちも通路の隙間に立って、その一員になった。
改札を抜けるときから緊張した様子だった向日葵は、電車に乗ってようやくほっと息を吐く。
「私、こうやって学校の行事以外でお友達とお出かけするのは初めてかも知れません」
「初めて? でも遊びに行ったりするだろ?」
「寮なので、長期休み以外は外に出られないんですよ」
「あれ、うちの学校に寮なんてあったっけ?」
「この近くの学校じゃないんです。隣の県にある......」
そういって向日葵が教えてくれたのは、近隣都府県ではお嬢様学校で有名な学校だった。道理で向日葵の立ち居振る舞いが優雅なわけだと、恭佑は納得していた。
「向日葵ちゃんの家も立派だもんなぁ。そりゃ、公立には行かないよな」
「私は地元の学校に通いたかったのですが、両親の方針で」
苦笑いする向日葵の様子からも、大切に育てられていることがよくわかる。
「なので正直、一人で電車に乗るのも不安でした。恭佑さんは図書館でも頼りになりましたが、外でも頼りになりますね」
無意識の告白に、恭佑は向日葵をきちんとエスコートしようと決意した。こんなに自分を信用してくれる人の期待を裏切ったりは出来ない。
向日葵は電車で流れていく見知らぬ町すら物珍しいのか、人混みの隙間から熱心に窓の外を見ている。恭佑は駅に着く毎に、人の流れに合わせて向日葵を窓の近くまで誘導する。ときおり電車が揺れ、吊り革をつかみ損ねる向日葵を支える。風景を見ることに一生懸命になっている向日葵は気づいていなかったが、今までこんなに近い距離で長時間過ごしたことのない恭佑は、ほのかに香る甘い香りに自分を保つのに精一杯だった。
道中、何度か電車を乗り継いで、最後に乗ったのは線路が一本しかないローカル線。無人駅ということもあり、無賃乗車をするわけでもないのにそわそわとする向日葵を促して電車に乗った。駅についてもドアは開かず、手動式。降りるときには電車内で精算をする。その光景に目を白黒させていた向日葵だったが、次第に電車が山の中に入っていくと、イメージしていたものと同じ光景が目の前に現れた。
「ここ、二人が出会った場所ではありませんか?」
駅名を確認した向日葵が、興奮したように勢いよく恭佑を振り返る。見ると、確かに見覚えのある駅名が書かれていた。隣には『いつかの明日に君が来る』の表紙のポスター。舞台となった二人の旅行先は数駅先らしい。
「もう少しですね!」
鞄から本を持ってきていたらしい向日葵は、パラパラとページをめくる。
『電車を降りてすぐ、ケンタは見覚えのある後ろ姿を見つけた。ほんの一時とはいえ、初対面であれほど濃密な時間を過ごせた相手を見間違うはずがない。声をかけようとして、すぐに思いとどまる。ケンタは彼女にまた会いたいと思っていたが、彼女がそうとは限らない。鬱蒼とした木々が、なぜかこの場所だけ綺麗に整えられていて、なかなか彼女を隠してくれないことにいらだちを覚えながら、結局、ケンタは声をかけることはせず彼女が視界から消えるのを待った。』
向日葵が開いたページは、二度目の再会の直前、ユイに嫌われることを恐れたケンタが一度はわざと再会を避けたシーン。ちょうど、次の駅での出来事だった。
ガタガタという音と同時に電車はホームに滑り込み、途端に視界が開ける。電車の両脇を覆っていた木が、駅の周りだけ切り抜かれたようになにもなかった。改札を抜けた先にはまた生い茂った木が我が物顔で空を遮っていたが、確かにホームから改札を抜けるまでの空間は、綺麗に遠くまで見通すことができた。
「再会したかった彼女を見送るなんて、切ないですね」
向日葵の身長はお世辞にも高いとは言えない。彼女の視界から、ケンタと同じ風景を見るのは難しいのだろう。その場で何度か飛び跳ねて、どこまでユイを見送ることが出来たのか確かめようとしていた。
「向日葵ちゃん、あそこからならよく見えるかも」
向日葵は華奢で体重も軽そうだったが、流石に子供のように抱き上げるわけにも行かない。場所は少しずれるが、人が乗れる段差を見つけて恭佑は指さした。嬉しそうに走って行く向日葵をおいて、恭佑は改札に向かう。しばらくして振り向くと、恭佑を目で追っていた向日葵が大きく手を振った。恭佑も応えて手を上げる。
「恭佑さん!」
満足したらしい向日葵が駆け寄ってくる。
「どうだった? ケンタと同じ風にしてみて」
そう尋ねた恭佑に、向日葵は側まで来ると、裾をぎゅっと掴んだ。
「とても寂しかったです。恭佑さんは私のこと待っていてくれるってわかっているのに、遠ざかっていく背中を見ると悲しくなってきてしまって」
「なんか、ごめん」
「違うんです! つい、感情移入してしまって」
「俺は向日葵ちゃんを見つけたらちゃんと声をかけるから」
「約束ですよ」
二人は改札を抜けて、聖地に足を踏み入れた。
「おはようございます! 良い天気ですね」
「おはよう。ちょっと暑すぎる気もするけど」
「きっと目的地は過ごしやすい気候ですよ。なにせ、山の上ですから」
向日葵は手に持っていた日傘を開き、恭佑の方に傾けた。太陽が遮られて、影が出来たことでほんの少し日差しの厳しさが和らぐ。ほっと息を吐いた恭佑を、向日葵が急かす。
「さ、早く行きましょう。すぐに電車が来てしまいますよ」
最初に向かったのは、徒歩5分のところにある駅。そこから切符を買って電車を乗り継いで向かうのだ。
電車の中は人が大勢乗っていた。半袖姿のユニフォームを着た学生たちもいれば、耳に大きな飾りをつけたテーマパークにこれから向かうのであろう家族連れもいる。そのなかに肩身の狭そうに座って眠りこけるサラリーマンたちが揺られていて、恭佑たちも通路の隙間に立って、その一員になった。
改札を抜けるときから緊張した様子だった向日葵は、電車に乗ってようやくほっと息を吐く。
「私、こうやって学校の行事以外でお友達とお出かけするのは初めてかも知れません」
「初めて? でも遊びに行ったりするだろ?」
「寮なので、長期休み以外は外に出られないんですよ」
「あれ、うちの学校に寮なんてあったっけ?」
「この近くの学校じゃないんです。隣の県にある......」
そういって向日葵が教えてくれたのは、近隣都府県ではお嬢様学校で有名な学校だった。道理で向日葵の立ち居振る舞いが優雅なわけだと、恭佑は納得していた。
「向日葵ちゃんの家も立派だもんなぁ。そりゃ、公立には行かないよな」
「私は地元の学校に通いたかったのですが、両親の方針で」
苦笑いする向日葵の様子からも、大切に育てられていることがよくわかる。
「なので正直、一人で電車に乗るのも不安でした。恭佑さんは図書館でも頼りになりましたが、外でも頼りになりますね」
無意識の告白に、恭佑は向日葵をきちんとエスコートしようと決意した。こんなに自分を信用してくれる人の期待を裏切ったりは出来ない。
向日葵は電車で流れていく見知らぬ町すら物珍しいのか、人混みの隙間から熱心に窓の外を見ている。恭佑は駅に着く毎に、人の流れに合わせて向日葵を窓の近くまで誘導する。ときおり電車が揺れ、吊り革をつかみ損ねる向日葵を支える。風景を見ることに一生懸命になっている向日葵は気づいていなかったが、今までこんなに近い距離で長時間過ごしたことのない恭佑は、ほのかに香る甘い香りに自分を保つのに精一杯だった。
道中、何度か電車を乗り継いで、最後に乗ったのは線路が一本しかないローカル線。無人駅ということもあり、無賃乗車をするわけでもないのにそわそわとする向日葵を促して電車に乗った。駅についてもドアは開かず、手動式。降りるときには電車内で精算をする。その光景に目を白黒させていた向日葵だったが、次第に電車が山の中に入っていくと、イメージしていたものと同じ光景が目の前に現れた。
「ここ、二人が出会った場所ではありませんか?」
駅名を確認した向日葵が、興奮したように勢いよく恭佑を振り返る。見ると、確かに見覚えのある駅名が書かれていた。隣には『いつかの明日に君が来る』の表紙のポスター。舞台となった二人の旅行先は数駅先らしい。
「もう少しですね!」
鞄から本を持ってきていたらしい向日葵は、パラパラとページをめくる。
『電車を降りてすぐ、ケンタは見覚えのある後ろ姿を見つけた。ほんの一時とはいえ、初対面であれほど濃密な時間を過ごせた相手を見間違うはずがない。声をかけようとして、すぐに思いとどまる。ケンタは彼女にまた会いたいと思っていたが、彼女がそうとは限らない。鬱蒼とした木々が、なぜかこの場所だけ綺麗に整えられていて、なかなか彼女を隠してくれないことにいらだちを覚えながら、結局、ケンタは声をかけることはせず彼女が視界から消えるのを待った。』
向日葵が開いたページは、二度目の再会の直前、ユイに嫌われることを恐れたケンタが一度はわざと再会を避けたシーン。ちょうど、次の駅での出来事だった。
ガタガタという音と同時に電車はホームに滑り込み、途端に視界が開ける。電車の両脇を覆っていた木が、駅の周りだけ切り抜かれたようになにもなかった。改札を抜けた先にはまた生い茂った木が我が物顔で空を遮っていたが、確かにホームから改札を抜けるまでの空間は、綺麗に遠くまで見通すことができた。
「再会したかった彼女を見送るなんて、切ないですね」
向日葵の身長はお世辞にも高いとは言えない。彼女の視界から、ケンタと同じ風景を見るのは難しいのだろう。その場で何度か飛び跳ねて、どこまでユイを見送ることが出来たのか確かめようとしていた。
「向日葵ちゃん、あそこからならよく見えるかも」
向日葵は華奢で体重も軽そうだったが、流石に子供のように抱き上げるわけにも行かない。場所は少しずれるが、人が乗れる段差を見つけて恭佑は指さした。嬉しそうに走って行く向日葵をおいて、恭佑は改札に向かう。しばらくして振り向くと、恭佑を目で追っていた向日葵が大きく手を振った。恭佑も応えて手を上げる。
「恭佑さん!」
満足したらしい向日葵が駆け寄ってくる。
「どうだった? ケンタと同じ風にしてみて」
そう尋ねた恭佑に、向日葵は側まで来ると、裾をぎゅっと掴んだ。
「とても寂しかったです。恭佑さんは私のこと待っていてくれるってわかっているのに、遠ざかっていく背中を見ると悲しくなってきてしまって」
「なんか、ごめん」
「違うんです! つい、感情移入してしまって」
「俺は向日葵ちゃんを見つけたらちゃんと声をかけるから」
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