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06.前から隣に 後半
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「あのさ、俺、実は本を読みに来てるわけじゃないんだ」
「え?」
「見てたならわかるだろ。ここは涼しいから時間を潰しに来てただけ」
「確かに過ごしやすいですね」
「だから、俺に本の読み方を教えてくれないか」
驚いたように笑って、少女は頷いた。
「いいですよ」
少女は本に栞を挟んで、恭佑に向き直る。
「本を読みたいんですよね? どんなお話が読みたいですか?」
「どんな……?」
「読んでこんな気持ちになりたいとか、こんな内容の話がみたいとか」
そう言われて、考え込む。何も出てこない。小説と呼べるものは、教科書に載っているようなものしか読んだことがない。
そのまま伝えると、少女は苦笑した。そして恭佑をその場から連れ出して、図書館にある休憩スペースに連れて行った。
ガラス越しに夏の日差しが道路を照らしている様子が見えて、この涼しい環境に思わず感謝する。
二人はソファに隣り合って座った。ちょうど昼時で、恭佑は軽食を手に少女の話を聞いた。
「私のおすすめの本があるんです。あらすじをお話ししますから、読んでみたいと思える本があったら教えてくださいね」
いくつかの話を聞いて恭佑が選んだのは、さっきまで恭佑が持っていた『いつかの明日に君が来る』。
「この本で良いのですか?」
「うん。面白そうだから、このまま読んでみるよ」
二人は連れだって元の席に戻り、恭佑は再び本を開いた。
相変わらず文字を追う速度はゆっくりとしているものの、少女から大まかな話を聞いたこともあり、少しずつ話が頭に入ってくる。
――主人公が旅先である男性に助けられる。別れた後、観光地を巡っているところで再会。旅行が好きということで話が盛り上がった二人は連絡先を交換し、手紙を用いて交友を深めていく。
読み始めた当初は、新しく展開される状況について行けずに戸惑っていた恭佑。だが、少しずつ登場人物の心情を理解できるようになると、気がついたときにはすっかりと本の世界に引きずり込まれていた。
「あの、閉館時間ですよ」
静かだった恭佑の世界に音が戻る。気がつけば窓の外は真っ赤に染まっていて、いつのまにこんなに時間が経っていたのかと驚く。
「随分と集中されていましたね」
「うん」
結構読み進めたのじゃないかと本を見ると、まだ三分の二ほどのページが残っている。ボリュームたっぷりに思えた話も、紙で見ると数ページの出来事なのだと知り、本一冊にどれだけの物語が詰め込まれているのかと楽しみに思えた。
「私は読み終わらなかったので借りて帰りますが、どうされますか? えっと……お名前は……すみません、私名乗っていませんでしたよね」
「そうだった」
本当は名前みたんだけどな、とは言えない。見たけど読めなかったのだから。
「俺は久保恭佑。今日はありがとう」
「私は小日向向日葵です。こちらこそ、改めて本と向き合う良いきっかけになりました。楽しかったです」
にこっと笑う向日葵の笑顔は、その名のイメージの通り、太陽を思い浮かばせるほど明るい。
「久保さんも、本を借りて帰りますか? それとも明日続きを?」
「恭佑って呼んでよ。どうやって借りればいいのかな?」
「もちろんです! 恭佑さん。では私も、向日葵と呼んでください」
「うん、向日葵ちゃん」
呼び捨てにするのも気恥ずかしく、それでも名前を呼んでみると向日葵が顔を赤くして、釣られて恭佑の顔も真っ赤になる。恥ずかしそうにお互いの顔から目をそらす。
「……行こうか」
「……はい」
二人は荷物をまとめた後、図書カード発行のための手続き用の紙が置かれている台に向かう。前を歩いていた恭佑は、向日葵に気づかれないよう深呼吸を繰り返す。
まさかこんなに話せるなんて……しかも、あれこれと教えてくれて。
自分が思っていたよりも急展開な流れに翻弄されながらも、バレないようにしようとあと数分の間に顔の火照りが引くことを祈った。
申込用紙に名前を書き、電話番号、住所を書く。昔から書き慣れた内容に、手が止まることはない。
「あとは、身分証と一緒にこの紙をカウンターの方に渡せばカードを発行してもらえますよ」
「わかった」
教えてもらったとおりに司書に図書カードの発行を依頼すると、閉館時間間際の作業に司書はご機嫌斜めのようだった。だが、態度とは裏腹にてきぱきと作業を終え、恭佑に新しい図書カードと初めて借りた本を手渡してくれた。
図書館を出て、むしっと暑い空気に包まれる。うんざりとする夏の気温だったが、恭佑は少し涼しく感じていた。隣に向日葵がいるせいかもしれない。
「良かったですね」
「うん。これも向日葵ちゃんのおかげだよ」
「お役に立てて良かったです」
満面の笑顔は、素直に向日葵に本が読めないことを打ち明けて良かったと恭佑に思わせた。
「また明日」
「うん」
二人は別れた。昨日とは逆の方向に。恭佑自身は母親からお使いを頼まれていたので別の道に進んだのだが、向日葵が昨日同じ道を帰っていたことを思い出す。
あれ? 昨日ってこっちだったような……明日聞いてみるか。
「え?」
「見てたならわかるだろ。ここは涼しいから時間を潰しに来てただけ」
「確かに過ごしやすいですね」
「だから、俺に本の読み方を教えてくれないか」
驚いたように笑って、少女は頷いた。
「いいですよ」
少女は本に栞を挟んで、恭佑に向き直る。
「本を読みたいんですよね? どんなお話が読みたいですか?」
「どんな……?」
「読んでこんな気持ちになりたいとか、こんな内容の話がみたいとか」
そう言われて、考え込む。何も出てこない。小説と呼べるものは、教科書に載っているようなものしか読んだことがない。
そのまま伝えると、少女は苦笑した。そして恭佑をその場から連れ出して、図書館にある休憩スペースに連れて行った。
ガラス越しに夏の日差しが道路を照らしている様子が見えて、この涼しい環境に思わず感謝する。
二人はソファに隣り合って座った。ちょうど昼時で、恭佑は軽食を手に少女の話を聞いた。
「私のおすすめの本があるんです。あらすじをお話ししますから、読んでみたいと思える本があったら教えてくださいね」
いくつかの話を聞いて恭佑が選んだのは、さっきまで恭佑が持っていた『いつかの明日に君が来る』。
「この本で良いのですか?」
「うん。面白そうだから、このまま読んでみるよ」
二人は連れだって元の席に戻り、恭佑は再び本を開いた。
相変わらず文字を追う速度はゆっくりとしているものの、少女から大まかな話を聞いたこともあり、少しずつ話が頭に入ってくる。
――主人公が旅先である男性に助けられる。別れた後、観光地を巡っているところで再会。旅行が好きということで話が盛り上がった二人は連絡先を交換し、手紙を用いて交友を深めていく。
読み始めた当初は、新しく展開される状況について行けずに戸惑っていた恭佑。だが、少しずつ登場人物の心情を理解できるようになると、気がついたときにはすっかりと本の世界に引きずり込まれていた。
「あの、閉館時間ですよ」
静かだった恭佑の世界に音が戻る。気がつけば窓の外は真っ赤に染まっていて、いつのまにこんなに時間が経っていたのかと驚く。
「随分と集中されていましたね」
「うん」
結構読み進めたのじゃないかと本を見ると、まだ三分の二ほどのページが残っている。ボリュームたっぷりに思えた話も、紙で見ると数ページの出来事なのだと知り、本一冊にどれだけの物語が詰め込まれているのかと楽しみに思えた。
「私は読み終わらなかったので借りて帰りますが、どうされますか? えっと……お名前は……すみません、私名乗っていませんでしたよね」
「そうだった」
本当は名前みたんだけどな、とは言えない。見たけど読めなかったのだから。
「俺は久保恭佑。今日はありがとう」
「私は小日向向日葵です。こちらこそ、改めて本と向き合う良いきっかけになりました。楽しかったです」
にこっと笑う向日葵の笑顔は、その名のイメージの通り、太陽を思い浮かばせるほど明るい。
「久保さんも、本を借りて帰りますか? それとも明日続きを?」
「恭佑って呼んでよ。どうやって借りればいいのかな?」
「もちろんです! 恭佑さん。では私も、向日葵と呼んでください」
「うん、向日葵ちゃん」
呼び捨てにするのも気恥ずかしく、それでも名前を呼んでみると向日葵が顔を赤くして、釣られて恭佑の顔も真っ赤になる。恥ずかしそうにお互いの顔から目をそらす。
「……行こうか」
「……はい」
二人は荷物をまとめた後、図書カード発行のための手続き用の紙が置かれている台に向かう。前を歩いていた恭佑は、向日葵に気づかれないよう深呼吸を繰り返す。
まさかこんなに話せるなんて……しかも、あれこれと教えてくれて。
自分が思っていたよりも急展開な流れに翻弄されながらも、バレないようにしようとあと数分の間に顔の火照りが引くことを祈った。
申込用紙に名前を書き、電話番号、住所を書く。昔から書き慣れた内容に、手が止まることはない。
「あとは、身分証と一緒にこの紙をカウンターの方に渡せばカードを発行してもらえますよ」
「わかった」
教えてもらったとおりに司書に図書カードの発行を依頼すると、閉館時間間際の作業に司書はご機嫌斜めのようだった。だが、態度とは裏腹にてきぱきと作業を終え、恭佑に新しい図書カードと初めて借りた本を手渡してくれた。
図書館を出て、むしっと暑い空気に包まれる。うんざりとする夏の気温だったが、恭佑は少し涼しく感じていた。隣に向日葵がいるせいかもしれない。
「良かったですね」
「うん。これも向日葵ちゃんのおかげだよ」
「お役に立てて良かったです」
満面の笑顔は、素直に向日葵に本が読めないことを打ち明けて良かったと恭佑に思わせた。
「また明日」
「うん」
二人は別れた。昨日とは逆の方向に。恭佑自身は母親からお使いを頼まれていたので別の道に進んだのだが、向日葵が昨日同じ道を帰っていたことを思い出す。
あれ? 昨日ってこっちだったような……明日聞いてみるか。
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