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22.戦後処理
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戦いから一週間がたった。思っていたよりも力を酷使しすぎたようで、私は寝たきりの生活を送っていた。身体が重くて思うように動かせなかったのだ。
「リラ、調子はどう?」
毎日、ナディヤが朝一に食事を持ってきてくれると、その後は町の子供たちがやってくる。みんな、イゾッタさんのところの三兄弟の絵が気に入った子達ばかりで、私はみんなが絵を描いているのを見守るのが日課になっていた。今では自分たちで絵具を作る子もいるのだから、好奇心というのはすごいと関心するばかりだ。賑やかな毎日に、少しずつ心も癒される。
そんな中でも、ふと空いた時間があると考えてしまうことがある。シルヴェさんのことだ。
助けてくれたお礼を言う間もなく去ってしまったシルヴェさんは、前は数日とおかず来てくれていたのにすっかり姿を見せなくなってしまい、子供たちにすら喧嘩したのかと心配される始末だった。それに気になってしまうのだ。私が人間を助けたのは間違っていたのかと。結局、周りに迷惑をかけただけで誰も喜ばなかった。男の言っていた通り、ただの偽善者。私が満足しただけ。本当にこれで良かったのだろうかと。
ナディヤとロイス兄さんはそうじゃないと慰めてくれたけど、素直に受け入れることができないでいた。ただただもどかしい気持ちを持て余す。身の回りの世話をしてくれるナディヤを見ながら、私はぼんやりと毎日を過ごしていた。
そろそろ外に行ったりしたいという欲求が出てきたある日、ナディヤは私にカップを渡しながら言った。
「今日は魔王のところに行ってくるわ。悪いんだけど、リラは待っててね」
「え、私も行きたい」
「だめよ。まだ動けないんだから。褒美をたっぷりもらってくるから楽しみにしててね」
あっさりと却下されるが、実のところ自分の体のことは自分がよくわかっている。まだ満足に出歩くことは難しい。代わりに伝言を頼む。
「シルヴェさんに会ったらお礼を伝えてもらっていい?」
ナディヤは少し考えてから、会ったらね、と頷いた。
二人は出かけていったが、子供たちが来るまでの時間にはまだ随分とある。退屈だ、とベッドに再び横たわる。未だ休息を必要としている私の身体はすんなりと私を眠りに誘った。
顔に何か暖かい物が触れる感覚がして私はまぶたを開いた。一度、二度瞬きを繰り返し、目の前の状況の理解に努める。
「シルヴェさん……」
いるはずのない人物を目の当たりにして驚くと同時に、胸が高鳴った。――会いたかった。
「起こしたか。体の調子はどうだ?」
私の声に気づいたシルヴェさんと視線が合う。無表情の声だけれど、ずっと聞きたかったのはこの声だ。
「大丈夫です」
気遣わしげな視線の中、私は体を起こす。少しずつ疲労はとれているようで、重かった体も随分とましになった。
「今日は魔王にナディヤとロイス兄さんが呼ばれていたかと思ったのですが」
「ああ。来るときに会った。別に俺は用はなかったからな」
何気ない会話を装うが、シルヴェさんはなぜか視線を反らす。どことなく態度も硬く気まずい空気が漂う。
「どうしてここに?」
「一人では寂しいだろう。動けないのならなおさら」
寂しい。これほどその言葉が似合わない人も珍しい。知らず知らずのうちに口元が緩んだ。
「心配、してくれたのですか?」
「当然だ。あれから後処理に追われてなかなか見舞いにも来られずに悪かった」
一気にシルヴェさんの肩の力が抜けたように感じた。少しの間会えなかったことをシルヴェさんも残念に思っていてくれたのなら嬉しい。
「お仕事ですから仕方ありません」
嫌われたわけではなかったと知って、ただ喜びが胸に満ちる。
「詫びに土産をもってきたぞ」
差し出されたのは、隣に持ってきていた黒い小さな箱だった。開けるように促されて開くと、中から出てきたのは真っ白な新しい小皿。何枚も丁寧に重ねられている。シルヴェさんを見ると頷きが返ってくる。
「絵の具をいれるのに使うといい」
「嬉しいです」
見舞いのお土産にしては随分と実用的なものだが、そこにシルヴェさんらしさを感じて頬がゆるむ。何がいいかと考えて、私の趣味を尊重してくれた結果だとわかっていた。
「それと」
シルヴェさんはそう言って、ベッドにある私の足の上に、もうひとつ包みをのせた。軽い。ふわふわと中のものを潰さないようにと配慮してくるまれたそれを開けると、花束が顔を出した。私が絵の具ので使うような色のはっきりした花ではなくて、完全に鑑賞を目的とした花。
「ありがとうございます」
何よりもその気持ちが嬉しい。町には花なんて非実用的なものは売っていない。せいぜい薬や料理に使えるような薬草が精一杯だ。この花は紛れもなく、私のためにシルヴェさんが自分でどこかへ出かけて摘んできてくれたのだろう。
「リラ、調子はどう?」
毎日、ナディヤが朝一に食事を持ってきてくれると、その後は町の子供たちがやってくる。みんな、イゾッタさんのところの三兄弟の絵が気に入った子達ばかりで、私はみんなが絵を描いているのを見守るのが日課になっていた。今では自分たちで絵具を作る子もいるのだから、好奇心というのはすごいと関心するばかりだ。賑やかな毎日に、少しずつ心も癒される。
そんな中でも、ふと空いた時間があると考えてしまうことがある。シルヴェさんのことだ。
助けてくれたお礼を言う間もなく去ってしまったシルヴェさんは、前は数日とおかず来てくれていたのにすっかり姿を見せなくなってしまい、子供たちにすら喧嘩したのかと心配される始末だった。それに気になってしまうのだ。私が人間を助けたのは間違っていたのかと。結局、周りに迷惑をかけただけで誰も喜ばなかった。男の言っていた通り、ただの偽善者。私が満足しただけ。本当にこれで良かったのだろうかと。
ナディヤとロイス兄さんはそうじゃないと慰めてくれたけど、素直に受け入れることができないでいた。ただただもどかしい気持ちを持て余す。身の回りの世話をしてくれるナディヤを見ながら、私はぼんやりと毎日を過ごしていた。
そろそろ外に行ったりしたいという欲求が出てきたある日、ナディヤは私にカップを渡しながら言った。
「今日は魔王のところに行ってくるわ。悪いんだけど、リラは待っててね」
「え、私も行きたい」
「だめよ。まだ動けないんだから。褒美をたっぷりもらってくるから楽しみにしててね」
あっさりと却下されるが、実のところ自分の体のことは自分がよくわかっている。まだ満足に出歩くことは難しい。代わりに伝言を頼む。
「シルヴェさんに会ったらお礼を伝えてもらっていい?」
ナディヤは少し考えてから、会ったらね、と頷いた。
二人は出かけていったが、子供たちが来るまでの時間にはまだ随分とある。退屈だ、とベッドに再び横たわる。未だ休息を必要としている私の身体はすんなりと私を眠りに誘った。
顔に何か暖かい物が触れる感覚がして私はまぶたを開いた。一度、二度瞬きを繰り返し、目の前の状況の理解に努める。
「シルヴェさん……」
いるはずのない人物を目の当たりにして驚くと同時に、胸が高鳴った。――会いたかった。
「起こしたか。体の調子はどうだ?」
私の声に気づいたシルヴェさんと視線が合う。無表情の声だけれど、ずっと聞きたかったのはこの声だ。
「大丈夫です」
気遣わしげな視線の中、私は体を起こす。少しずつ疲労はとれているようで、重かった体も随分とましになった。
「今日は魔王にナディヤとロイス兄さんが呼ばれていたかと思ったのですが」
「ああ。来るときに会った。別に俺は用はなかったからな」
何気ない会話を装うが、シルヴェさんはなぜか視線を反らす。どことなく態度も硬く気まずい空気が漂う。
「どうしてここに?」
「一人では寂しいだろう。動けないのならなおさら」
寂しい。これほどその言葉が似合わない人も珍しい。知らず知らずのうちに口元が緩んだ。
「心配、してくれたのですか?」
「当然だ。あれから後処理に追われてなかなか見舞いにも来られずに悪かった」
一気にシルヴェさんの肩の力が抜けたように感じた。少しの間会えなかったことをシルヴェさんも残念に思っていてくれたのなら嬉しい。
「お仕事ですから仕方ありません」
嫌われたわけではなかったと知って、ただ喜びが胸に満ちる。
「詫びに土産をもってきたぞ」
差し出されたのは、隣に持ってきていた黒い小さな箱だった。開けるように促されて開くと、中から出てきたのは真っ白な新しい小皿。何枚も丁寧に重ねられている。シルヴェさんを見ると頷きが返ってくる。
「絵の具をいれるのに使うといい」
「嬉しいです」
見舞いのお土産にしては随分と実用的なものだが、そこにシルヴェさんらしさを感じて頬がゆるむ。何がいいかと考えて、私の趣味を尊重してくれた結果だとわかっていた。
「それと」
シルヴェさんはそう言って、ベッドにある私の足の上に、もうひとつ包みをのせた。軽い。ふわふわと中のものを潰さないようにと配慮してくるまれたそれを開けると、花束が顔を出した。私が絵の具ので使うような色のはっきりした花ではなくて、完全に鑑賞を目的とした花。
「ありがとうございます」
何よりもその気持ちが嬉しい。町には花なんて非実用的なものは売っていない。せいぜい薬や料理に使えるような薬草が精一杯だ。この花は紛れもなく、私のためにシルヴェさんが自分でどこかへ出かけて摘んできてくれたのだろう。
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