報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。

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21.私の戦い

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 シルヴェさんの連れてきた戦力は大きく、少しずつ戦況が変わり始めたのがわかる。戦線が上がり、怪我人が減る。もう私の治療の範囲も不要らしいと判断して、力を使うのを止める。残されたのは地面に転がった治しきれなかった怪我人たち。
 まだ戦おうと立ち上がろうとするのを見て、その前に治療をしなければと気が急いた。

「……っ」

 視界がぐるぐるとして、よろめいたところを支えられる。危ないところだった。

「大丈夫ですか? そんな状態で動かれては」
「平気、です。あそこへ……怪我人を治さないと」
「ちょっと怪我しているだけですから、あなたが力を使わなくても」
「怪我していると……辛いでしょう」

 ふらつく身体を無理やりに進めていると、止められないと思ったのか、一人に抱きかかえられて怪我人の側へと連れて行ってもらえた。

「怪我人しかいないので、もう守ってもらわなくて大丈夫です。シルヴェさんの応援に行ってください」
「そうはいきません。怪我人の中には人間も混じっていますから、万が一のことはあっては」
「私も人間です。怪我を直した相手にそんなことはしませんよ」
「……わかりました。では、我々は少し離れた怪我人をこちらにお連れしましょう。これ以上歩くのはお辛いでしょうから」
「ありがとうございます」

 我儘をかなえてくれた二人に感謝して、私は再度気合を入れ直す。
 地面に座り込み、魔族人間問わず、一人一人怪我を治していく。苦しい表情をしていた人たちが少しずつ穏やかになっていくのを見て、私の気持ちも落ち着く。怪我を直しても疲れが取れるわけではない。ぐったりと地面に転がっているままの人も多い。

「もう少しで戦いが終わると思いますから、待っててくださいね」

 治療しながらそう声をかけ続ける。
 地面に転がっているのは魔族だけではない。治療をしようと手をかざしたところで、別の魔族を運んできた魔族が苦い顔をする。

「人間はやめたほうが……」

 敵を治療するなんて、ということなのだろうということはわかる。でも

「私も人間なんです」

 仕事だから戦っただけに過ぎない人なのだから怪我は辛いだろうと、そう思った。

「う……」
「大丈夫ですか?」

 小さく身じろぎした人に声をかける。もう大丈夫だと安心してほしい。けれど、男は私を見て驚いてから睨みつけた。

「お前、魔族の味方をしていた……? なんで、人間が……」

 その勢いにたじろぎながらも治療を続ける。今はただ気が立っているだけだと思った。

「もう戦いは終わりましたから」

 この人はもう終わり。次に待っているのは魔族だ。身体ごと振り返ったその時、目の前を黒いものが横切った。

「あっ……」

 気づいたときには、背中に衝撃を感じた。馬乗りになっているのはさっきまで倒れていたはずの人間の男で。

「この……裏切り者が!」

 憎しみのこもった視線に身体が硬直する。

「魔族を助けてたやつが、今更偽善者ぶって治療して神様にでもなったつもりか?」
「ち、ちがいます」
「だったらなんだよ。恩でも売ろうっていうのかよ。犯罪者のくせに!」

 周りで魔族の人たちが戸惑っているのが見える。男は笑って私の首に手をかけた。

「動けばこいつは殺す。そうすればお前らも不死身じゃなくなるんだからな」

 そういいながらじわじわと締める力は強くなる。

「やめ、て……」
「お前は黙ってろ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている様子を見て、私は恐怖と同時に戸惑っていた。私は助けてはいけなかったのだろうか。薄れゆく意識の中で、それだけが気がかりだった。

「何をしている」

 その声と同時に、首元の圧迫感は消え失せて、身体の上にのっていた重さも転がっていく。少し離れたところで鈍い音がぶつかる音がした。

「大丈夫か」

 その声に一気に安堵する。

「こほっ……シルヴェさん……」

 腕を掴んで引き上げられると、怪我がないかと一周くるりと回らせられる。そのあと、近くの木の根元に座らせられた。

「まったく、こいつらに守らせたというのに、無理をさせた上に、こんな危険な目に合わせるなんて。何をやっているんだか」

 側に立っていた魔族を責めるような視線に、私は手を伸ばしてシルヴェさんの視線を自分に向ける。

「お二人は悪くないんです。私が無理を言って」
「だからそれも含めての監視だったというのに……」

 呆れた視線の中に冷たいものを感じて、怒っていることが伝わってくる。私を見ているはずなのに、一向に視線を合わせようとしないのが、その怒りの深さを表していた。

「まぁいい。もうそろそろ二人も戻ってくる。撤退だ」

 興味を失ったようにシルヴェさんは連れてきた兵士たちを指示して、残っていた怪我人たちを運んでいく。

「シルヴェさん……」

 私の声も届かないらしい。

「リラさん、お守りできず申し訳ございませんでした」
「シルヴェ様には事情をお伝えしておきますから、今日はゆっくりとお休みください」

 気遣わし気な二人ももう行かなくてはならないと、そう言葉を残してシルヴェさんの後を追った。私は一人、森に取り残された。

 ――これで良かったのだと思う。見た限り死者はほぼいないようで、怪我人もほとんどを治療した。シルヴェさんは怒っていたけれど、私は私にできるだけの最善を尽くして人を守った。それだけは、譲れない。

 真上にある太陽を眺め、ナディヤとロイス兄さんが戻ってくるのを待つ。今日はもう、帰ったら寝よう。そう考えているうちに、そばを吹き抜ける風が心地よくて眠ってしまった。疲労感もあり、泥のように眠る。結局、戻ってきたシルヴェさんに家まで運ばれたことにも、私が気づくことはなかった。
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