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20.意思

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 決着の日は突然訪れた。オラニ王国から大量の兵が侵略してきたと報告が入ったのは早朝で、前の晩、ナディヤの誕生日を祝った私たちはいつもより寝る時間が遅かったにも関わらず一瞬で目が覚めた。魔王城には別の知らせが走っているらしいが、距離の関係からまだ時間がかかることが予想された。一足先に服を着替えて森へと駆けつける。森の中の少し開けた場所で、すでに両者は激しくぶつかり合っており、混戦状態で怪我人もたくさんいた。このまま戦いが長引けば、十分に人数を揃えてきたオラニ王国のほうが有利だ。どうすれば。瞬時しているうちにナディヤが先に動き出した。

「あたしが遊撃するから、みんなを回復してあげて」

 そう言い残して森の奥へと入っていく。侵略を指揮する人物を探したほうが早いと判断したのだろう。ロイス兄さんもその後に続く。

「ロイス兄さん、ナディヤをよろしくね」
「任せて」

 二人が気になるものの、私は私の戦いをしなくてはならない。戦えなくとも、戦いに参加することはできるのだ。
 その場にしゃがみこみ、地面に両手をつく。イメージするのは大きな半円の膜。エルヴダハムの人たちを覆うような大きな半円を想像する。

『怪我なんてしない。傷なんてつかない』

 そう意識を集中する。強く強く願った。その意志の強さが、大きな治療範囲を実現させる。エルヴダハムの人を守るように膜が現れ、その中にいた人たちの傷が塞がっていき、また新たな傷も先ほどまでは出血を伴うものだったものが、軽微なかすり傷で済まされる。

「おお、これはすごい」
「噂の治癒ってのはこれか」

 緑色に発行する私の存在はすぐに知れ渡る。エルヴダハムの魔族たちは傷を負いにくくなり、その傷もすぐ塞がることから士気が高まったらしい。一度は倒れていた魔族たちが、力強い声をあげて、再び戦いに身を投じていく。
 時を同じくして、私の存在に気づいたオラニ王国側から何人かが私へ刃を向けるが、すぐに魔族に囲まれるようにして守られる。

「お嬢ちゃん、ここは守ってやるからしっかりあいつらを回復してやってくれ」

 初対面にも関わらず、エルヴダハムの一員として認められた気がして、そんな場合じゃないとわかっていても嬉しかった。

「……はい!」

 周囲の支えもあり、エルヴダハム側の損害は非常に軽かった。人数は少なく疲れは溜まるものの、士気は高く怪我もしない。当然恐れも少なく、次々人間を撃破していく。だがそれでもオラニ王国側の人数は減らない。むしろ増えているようにすら思えた。

「私のことは大丈夫なので、加勢してきてください」

 混戦も極まり、私を襲おうとする人間もしばらく来ていなかった。忘れ去られた存在になれたのなら、周りを守ってくれている人たちも戦いに加わったほうがいいだろう。そう思って促すと、襲われなさそうだという認識は同じだったようでみんな前線へと戻っていった。
 私は一人で、集中し続けた。この戦いが終わるまで、絶対にみんなを治療し続ける。それが私なりの戦い方で、私たちを受け入れてくれたエルヴダハムへの恩返しだ。

「……、……っ……」

 今まで使ったことのない魔力を使い続けて、集中力が段々と失われていく。唯一、怪我をしないことで魔族の士気が下がらないことだけが救いだった。
 戦況は拮抗しているものの、決して圧されてはいない。なにかきっかけさえあれば、一気に状況は変わるだろうが、それは一向に訪れなかった。
 じりじりとした長い緊張感は、僅かに気を散らし始めナディヤとロイス兄さんは今頃どうしているだろうか。時折声が聞こえることから、無事であることは察することができるが、それ以上の情報はもたらされない。

「お嬢さん、まだいけるか?」

 一旦引いてきた魔族に問われ、無言で頷いた。戦う人がいる限り、私も力の限りを尽くそう。

「よし、行ってくる」

 気合を入れ直した魔族を見送って、目を閉じた。深呼吸をして集中する。外界からの雑音を遮断すれば、視界が消えたことで、一層力が高まるのを感じた。

「危ない!」

 緊迫した声と同時に、誰かが私の前で剣を弾き飛ばした音が耳に入った。目を開くと、シルヴェさんが目の前に立っている。その前には複数人の人間。いつのまにか囲まれていたらしい。

「シルヴェさん……」

 姿をみてほっとする間もなく、視界の端で切り結ぶ姿に緩みかけた力を込める。

「こんなところで一人でいるんじゃない! おい、誰か」

 シルヴェさんの声に合わせて、連れてきたのであろう魔王城の兵士が二人、私の側にくる。

「リラ、もういい。後は俺が片をつける」
「ダメです。私も、力になりたい、んです」
「もう限界だろう。真っ青だ」
「いいえ、やめません……」

 真っ直ぐにシルヴェさんを見上げると、それ以上は何も言わずに苦々しい表情で立ち上がる。

「こいつを守ってろ」

 護衛の二人にそう言い捨てると、シルヴェさんは私を一瞥することなく戦場の中へと消えていった。怒らせてしまっただろうか。不安で心が揺れる。落ち込んでいても、気力だけで力だけは使い続ける。シルヴェさんをがっかりさせてしまったとしても、これが私ができる唯一のことだから。
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