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09.反対
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夕方、使った道具の手入れをしていると、玄関が乱暴に叩かれた。
「お客さんみたいね」
窓から外の様子を伺うと、案の定、何人もの魔族。怒っている様子が壁越しに伝わってくる。
「まだ戦っちゃだめだよ」
嬉々としてナイフを手に取ったナディヤにそう釘を刺して玄関を僅かに開ける。
「あの、なん……」
なんの用ですか。と言いきらないうちに、魔族たちは抗議の声をあげた。
「なんでお宅らみたいな人間がエルヴダハムに住んでんだよ!」
「そうだそうだ。ここは魔族の町だぞ! 入ってくるな!」
分かってはいたが、やはり歓迎されていないらしい。突きつけられた現実に、身体が震えた。人間同様、魔族側も人間を好いてはいない。
自分よりもかなり大きな体躯に大声をあげられ、勢いに押される。ただただ浴びせられる罵声に、じっと耐えた。嵐のような文句を遮る度胸は私にはない。黙って罵声が落ち着くのを待った。
「ちょっと、あたしに代わりなさいよ」
ナディヤは待てなかったようで、私が押さえていた玄関を大きく開けた。あまりに堂々とした態度に、一瞬魔族たちの声が止まる。私の身体をぐいと押しのけ、前へ出た。
「文句ならあたしが聞いてあげるわ。聞くだけだけど」
にっこりと見せつけるような笑顔は明らかに魔族を煽っていた。元から熱くなっていた魔族たちは素直に激高する。
「なんだと! 痛い目をみないと分からないらしいな」
「教えてやるよ。魔族ってやつを」
手に手に持った武器を振り上げて威嚇する魔族。
「いいわ。人間ってものを教えてあげようじゃない」
剣など不要。恐れるに足らないといつもの護身用のナイフを構えたナディヤ。あくまでも殺すためではなく力関係をわからせるつもりらしい。
一発触発の空気を感じて、私とロイス兄さんも戦いに備える。静かでぴりぴりとした緊張感が漂っていた。
「覚悟は良いかしら?」
ーーいよいよ始まる。息を飲んだその時、
「何をしている」
聞き覚えのある声が辺りに響いた。魔族の後ろに立っていたその声の持ち主に全員の視線がその人物に集まる。シルヴェさんだ。怒っているのか呆れているのか定かではないが、状況を見て取るとため息をついた。
「一応聞くが、こいつらが何かしたのか?」
シルヴェさんを見てかしこまっている魔族たちへ問いかける。どうやら魔族たちはシルヴェさんには逆らえないようだ。
問われた魔族たちは私たちは何もしていないと答えざるを得ない。
「ならば揉めるな。問題を起こしたなら、俺に相談しに来れば良い」
私たちの味方をするような発言に、シルヴェさんの前だからと遠慮していた魔族たちが小さく不満を漏らす。
「人間は敵なのに、どうして庇うのですか」
「どうしてここに住むんだ。人間には人間の国があるのだから帰ればいい」
さきほども聞いた抗議の数々。文句が一通り出きるまで待ったシルヴェさんは口を開いた。
「意見はわかったが、なぜ追い出す必要がある? 魔王様が許したというのに」
「でもこいつらは人間じゃないですか! 理由なんてそれだけで十分です」
きつく睨みつけられて、私は思わず目をそらす。負の感情をぶつけられるのは苦手だ……。隠れるようにロイス兄さんの蔭へと隠れた。その間も口論のようなものは続いている。いつ終わるんだろう。そわそわと話の行方を見守る。
そして、
「忘れたか? このエルヴダハムがどうやって作られたか」
シルヴェさんがそう言った途端、魔族たちが一斉に気まずそうに下を見た。国の成り立ちに一体何の関係があるのだろう。疑問符を浮かべてシルヴェさんの背中を見つめるが、シルヴェさんがそれに触れることはなかった。
「とにかく。魔王様が住人として迎え入れた。こいつらはここのルールで生きる。そこに人間か魔族かは関係ない。いいな?」
この言葉は多くの魔族の心に響いたらしい。警戒心や嫌悪感等はなくならないものの、敵対心と呼べるものは目に見えてなくなった。
あまりの変化に驚いていると、魔族たちの中から、私たちと同じくらいの身長の魔族が転がるようにして出てくる。さっき、森で助けた魔族の子供だ。魔族の子供は全員の注目を一身に浴びながら、私たちに向かって籠を突き出した。
「人間の人たち、さっきは助けてくれてありがとう! これ、お礼!!」
満面の笑顔。魔族たちがざわめく中、ナディヤが進み出て籠を受け取った。渡された籠からはおいしそうな匂いが漂っている。覗き見ると、肉料理らしい。私たちが食べることを諦めた肉を使った料理。果たして食べられるのかは分からないが、今はその気持ちが嬉しい。
「ありがとう。今度は一緒に森に行ってあげるわ。あなた一人じゃ危ないもの」
同じくらいの高さにある頭に手を伸ばすと、周りの魔族たちは警戒した様子を見せたが、とうの魔族の子供は大人しく撫でられている。
「お名前は?」
「ピーオ!」
元気いっぱいの回答に、ナディヤは目を細めた。見た目はともかく、雰囲気といい元気さといい、弟のように思えて可愛いのだろう。
「そう。あたしはナディヤ。こっちが夫のロイスと、ロイスの妹であたしの友達のリラよ」
「よろしくね」
「よろしくな、ピーオ」
私たちは分かり合える。目の前で成立した友情に、魔族たちはいったんは私たちを受け入れる気持ちになってくれたらしい。それもこれもシルヴェさんの説得のおかげだろう。
「なんか困ったことがあったら、あの一番派手な建物に行くといい。町長の家だ」
と教えてくれる魔族や、窓から勝手に家の中の様子を覗き見た魔族は
「この家、全然家具がないね。いらないのをもってきてあげよう」
と得意げに言った。あごひげをたっぷり蓄えた魔族が、
「仕事に困ったら、ワシのところで雇ってやろう。きっと大きくなれるぞ」
人間はひ弱だからなと高笑いし、別の魔族が呆れたように指摘する。
「人間は魔族ほど大きくならんのだぞ。お前、知らないのか」
「知らないはずなかろう。全く失礼な!」
気心の知れたやり取りが繰り広げられ、私たちのほうも緊張が解けていく。
「聞いて!」
ナディヤはそう言って注目を浴びると、親しみの持てる笑顔を浮かべた。
「あたしたちは冒険者。危険なところを探検するが得意なの。森の奥とか危険なところに行く時は、お供するわよ。それが仕事。報酬はお金かあたしたちに必要なもの。遠慮なく頼ってね」
冒険者とはなんぞと首を傾げる魔族も多かったが、大半はナディヤの説明に興味を持ったようだった。どこまで危険な範囲なら同行してもらえるのかと確認する作業が始まる。
輪の中で相談を受け始めたナディヤのことはロイス兄さんに任せ、私は家の壁にもたれかかって様子を見守っていたシルヴェさんに近寄った。
「あの、ありがとうございました」
なぜお礼を言われるかわからないという表情になったシルヴェさんに、慌ててつけたす。
「皆さんを説得してもらって助かりました」
「大したことはしていない。ここからはお前たち次第だ」
とっかかりは作った。生かせるかは私たち次第だと、シルヴェさんは静かに告げる。
「はい。肝に銘じておきます」
ナディヤの周りは騒がしい。この短時間で、もう魔族に馴染み始めたようだ。
羨ましい気持ち半分、どこか遠くに行くような寂しい気持ち半分で私はその様子を見つめていた。
「お客さんみたいね」
窓から外の様子を伺うと、案の定、何人もの魔族。怒っている様子が壁越しに伝わってくる。
「まだ戦っちゃだめだよ」
嬉々としてナイフを手に取ったナディヤにそう釘を刺して玄関を僅かに開ける。
「あの、なん……」
なんの用ですか。と言いきらないうちに、魔族たちは抗議の声をあげた。
「なんでお宅らみたいな人間がエルヴダハムに住んでんだよ!」
「そうだそうだ。ここは魔族の町だぞ! 入ってくるな!」
分かってはいたが、やはり歓迎されていないらしい。突きつけられた現実に、身体が震えた。人間同様、魔族側も人間を好いてはいない。
自分よりもかなり大きな体躯に大声をあげられ、勢いに押される。ただただ浴びせられる罵声に、じっと耐えた。嵐のような文句を遮る度胸は私にはない。黙って罵声が落ち着くのを待った。
「ちょっと、あたしに代わりなさいよ」
ナディヤは待てなかったようで、私が押さえていた玄関を大きく開けた。あまりに堂々とした態度に、一瞬魔族たちの声が止まる。私の身体をぐいと押しのけ、前へ出た。
「文句ならあたしが聞いてあげるわ。聞くだけだけど」
にっこりと見せつけるような笑顔は明らかに魔族を煽っていた。元から熱くなっていた魔族たちは素直に激高する。
「なんだと! 痛い目をみないと分からないらしいな」
「教えてやるよ。魔族ってやつを」
手に手に持った武器を振り上げて威嚇する魔族。
「いいわ。人間ってものを教えてあげようじゃない」
剣など不要。恐れるに足らないといつもの護身用のナイフを構えたナディヤ。あくまでも殺すためではなく力関係をわからせるつもりらしい。
一発触発の空気を感じて、私とロイス兄さんも戦いに備える。静かでぴりぴりとした緊張感が漂っていた。
「覚悟は良いかしら?」
ーーいよいよ始まる。息を飲んだその時、
「何をしている」
聞き覚えのある声が辺りに響いた。魔族の後ろに立っていたその声の持ち主に全員の視線がその人物に集まる。シルヴェさんだ。怒っているのか呆れているのか定かではないが、状況を見て取るとため息をついた。
「一応聞くが、こいつらが何かしたのか?」
シルヴェさんを見てかしこまっている魔族たちへ問いかける。どうやら魔族たちはシルヴェさんには逆らえないようだ。
問われた魔族たちは私たちは何もしていないと答えざるを得ない。
「ならば揉めるな。問題を起こしたなら、俺に相談しに来れば良い」
私たちの味方をするような発言に、シルヴェさんの前だからと遠慮していた魔族たちが小さく不満を漏らす。
「人間は敵なのに、どうして庇うのですか」
「どうしてここに住むんだ。人間には人間の国があるのだから帰ればいい」
さきほども聞いた抗議の数々。文句が一通り出きるまで待ったシルヴェさんは口を開いた。
「意見はわかったが、なぜ追い出す必要がある? 魔王様が許したというのに」
「でもこいつらは人間じゃないですか! 理由なんてそれだけで十分です」
きつく睨みつけられて、私は思わず目をそらす。負の感情をぶつけられるのは苦手だ……。隠れるようにロイス兄さんの蔭へと隠れた。その間も口論のようなものは続いている。いつ終わるんだろう。そわそわと話の行方を見守る。
そして、
「忘れたか? このエルヴダハムがどうやって作られたか」
シルヴェさんがそう言った途端、魔族たちが一斉に気まずそうに下を見た。国の成り立ちに一体何の関係があるのだろう。疑問符を浮かべてシルヴェさんの背中を見つめるが、シルヴェさんがそれに触れることはなかった。
「とにかく。魔王様が住人として迎え入れた。こいつらはここのルールで生きる。そこに人間か魔族かは関係ない。いいな?」
この言葉は多くの魔族の心に響いたらしい。警戒心や嫌悪感等はなくならないものの、敵対心と呼べるものは目に見えてなくなった。
あまりの変化に驚いていると、魔族たちの中から、私たちと同じくらいの身長の魔族が転がるようにして出てくる。さっき、森で助けた魔族の子供だ。魔族の子供は全員の注目を一身に浴びながら、私たちに向かって籠を突き出した。
「人間の人たち、さっきは助けてくれてありがとう! これ、お礼!!」
満面の笑顔。魔族たちがざわめく中、ナディヤが進み出て籠を受け取った。渡された籠からはおいしそうな匂いが漂っている。覗き見ると、肉料理らしい。私たちが食べることを諦めた肉を使った料理。果たして食べられるのかは分からないが、今はその気持ちが嬉しい。
「ありがとう。今度は一緒に森に行ってあげるわ。あなた一人じゃ危ないもの」
同じくらいの高さにある頭に手を伸ばすと、周りの魔族たちは警戒した様子を見せたが、とうの魔族の子供は大人しく撫でられている。
「お名前は?」
「ピーオ!」
元気いっぱいの回答に、ナディヤは目を細めた。見た目はともかく、雰囲気といい元気さといい、弟のように思えて可愛いのだろう。
「そう。あたしはナディヤ。こっちが夫のロイスと、ロイスの妹であたしの友達のリラよ」
「よろしくね」
「よろしくな、ピーオ」
私たちは分かり合える。目の前で成立した友情に、魔族たちはいったんは私たちを受け入れる気持ちになってくれたらしい。それもこれもシルヴェさんの説得のおかげだろう。
「なんか困ったことがあったら、あの一番派手な建物に行くといい。町長の家だ」
と教えてくれる魔族や、窓から勝手に家の中の様子を覗き見た魔族は
「この家、全然家具がないね。いらないのをもってきてあげよう」
と得意げに言った。あごひげをたっぷり蓄えた魔族が、
「仕事に困ったら、ワシのところで雇ってやろう。きっと大きくなれるぞ」
人間はひ弱だからなと高笑いし、別の魔族が呆れたように指摘する。
「人間は魔族ほど大きくならんのだぞ。お前、知らないのか」
「知らないはずなかろう。全く失礼な!」
気心の知れたやり取りが繰り広げられ、私たちのほうも緊張が解けていく。
「聞いて!」
ナディヤはそう言って注目を浴びると、親しみの持てる笑顔を浮かべた。
「あたしたちは冒険者。危険なところを探検するが得意なの。森の奥とか危険なところに行く時は、お供するわよ。それが仕事。報酬はお金かあたしたちに必要なもの。遠慮なく頼ってね」
冒険者とはなんぞと首を傾げる魔族も多かったが、大半はナディヤの説明に興味を持ったようだった。どこまで危険な範囲なら同行してもらえるのかと確認する作業が始まる。
輪の中で相談を受け始めたナディヤのことはロイス兄さんに任せ、私は家の壁にもたれかかって様子を見守っていたシルヴェさんに近寄った。
「あの、ありがとうございました」
なぜお礼を言われるかわからないという表情になったシルヴェさんに、慌ててつけたす。
「皆さんを説得してもらって助かりました」
「大したことはしていない。ここからはお前たち次第だ」
とっかかりは作った。生かせるかは私たち次第だと、シルヴェさんは静かに告げる。
「はい。肝に銘じておきます」
ナディヤの周りは騒がしい。この短時間で、もう魔族に馴染み始めたようだ。
羨ましい気持ち半分、どこか遠くに行くような寂しい気持ち半分で私はその様子を見つめていた。
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