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08.魔物

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 翌日からは、魔王城に続く森の中を散策し始めた。幸いなことに、住んでいる家の住人も森によく入っていたのか、籠やナイフ等が充実しており生活に不自由はなかった。ナディヤとロイス兄さんが木に登って木の実を落とし、私は下でそれらを集める。一通り集め終わると、今度は川の近くに行って周囲に生えた草から、食べられるものを探す。最後に水を汲んで一日が終わる。今日もそんな一日だと思っていた。

 森の中で輪になって昼を食べ、少し休憩。空の青さだけはどこも変わらないんだと懐かしさを感じながらぼーっとしていた。

「ねぇ、何か聞こえない?」

 ナディヤの声もどこか遠くに聞こえるほどの眠気に襲われていた。日向ぼっこには丁度良い天気なのだ。

「何にも聞こえないよぉ」

 ロイス兄さんも間抜けた声を出している。この数日間、思っていた生活とは違うものの、お金稼ぎに追われない思い描いていたのんびりとした暮らしをしているせいで一事が万事この調子だった。

 ナディヤだけはこの平和な暮らしを満喫しながら、本能なのか時折鋭い視線を見せる。
 そして、この時もナディヤの耳は正しかった。やっぱり何か聞こえる、と森の奥へと入っていくナディヤ。仕方ないなと立ち上がり、私とロイス兄さんもあとに続いた。まだ踏み入れたことのない森の奥に近づくにつれ、小さかった声が段々大きくなる。

「……悲鳴?」
「獣の声もするね」

 声の正体に気づくと同時に意識がはっきりとする。私たちはすぐに駆け出す。森の奥は足場も悪く、自由気ままに伸びた枝が進路を塞いでいる。その中を急いで抜け、声の主までたどり着く。

 熊の何倍もあるような生き物に小さな魔族が襲われていた。熊のような生き物は巨大な手で魔族を捕らえようと腕を振り回し、魔族が避けた結果、木にあたって倒木を生み出し続けていた。どうやら威力はすさまじいようだが、その巨体ゆえ動作は非常に遅いようだ。とはいえ、いくら急いで逃げたとしても、相手にとってはたったの一歩で詰められる距離を逃げるのは容易ではない。

「ロイス、サポートしてよね!」

 そう言い残して熊のような生き物の背後にとびかかったナディヤは、ナイフをその肩に突き刺す。刺そうとして、硬さから弾かれた。

「もうっ、これだから嫌なのよ!」

 首だけがゆっくりとナディヤを見、次に腕が迫ってくる。それを視界に捉えて、魔族のほうへ跳んで避けた。

「あんた、大丈夫?」

 逃げることを諦め、頭を腕で覆っていた魔族はその声でナディヤを見て、私たちを見た。

「あの、あの……」

 魔族が言葉に詰まっている間に、熊のような生き物は標的をナディヤに変えたのか、一目散に突撃する。魔族を突き飛ばしたナディヤは、身軽に木の枝に捕まった。

「早く逃げなさいよ。危ないったらないわ」

 そう言って促すが、魔族は腰が抜けているのか動こうとしない。しょうがないわね、と零して地面に降りたナディヤは、魔族の襟腰を掴んで持ち上げる。再び、上の木の枝につかまって勢いをつけると、一緒に私たちのほうに大きく跳ねた。

 受け身を取れなかった魔族が、ぐえっと潰れた声をあげて着地する。どうやら私と同じくらいの身長にどこか幼い顔立ち。どうやら子供のようだ。よほど怖かったのかぐすぐすと泣いている。

「倒せそうかい?」

 土砂を跳ね上げて着地したナディヤにロイス兄さんが尋ねるが、答えは明白だ。

「今は無理ね。刃が通らないもの。ロイスの強化があっても難しいわ」

 こんなのじゃ役に立たないわ、とナイフを腰につけなおした。
 熊のような生き物は再び突進してきて、私と魔族の子供はナディヤに腕を引っ張られて間一髪、救われる。

「それじゃ魔族の彼も怖がっていることだし、僕たちも帰ろうか。追って来られないようにだけはできそうだから」

 一人、別の方向に避けたロイス兄さんが、目の前に石を並べていく。一個、二個、三個……手近にあった合計十二個の石を置き目を閉じて念じる。

 ぴたり。
 と、熊のような生き物の腕がロイス兄さんの前まで来て止まる。何が起こったかわからないといったように拘束されていない身体を前後に揺すり、拘束から逃れようとしているが上手くいかないようで、怒り狂った声で叫ぶ。
 目を開けたロイス兄さんは、申し訳なさそうな視線を投げかけ、拘束した腕を撫でる。その行為に憤って薙ぎ払おうとした腕も、石で作った円の中に入ると静止してしまう。

「ごめんね。君を傷つけるつもりはなかったんだよ」

 通じないと分かっていながらロイス兄さんは語りかけ、少しして行こうかと私たちを促す。

「立てますか?」

 魔族の子供にそう話しかけると、ほっとした表情の頷きが返ってきた。

「町まで送りましょう」

 ロイス兄さんの拘束はいずれ解ける。それまでに私たちは離れておかなければならない。
 私たちは無言のまま町を目指した。

 町が見えてくると、魔族の子供は駆け出した。

「あ、ちょっと」

 引き留めようと声をかけた時にはもうはるか先。子供とはいえ魔族は本当に身体能力が人間とは桁違いだということを思い知らされる。

「ま、無事に帰れたなら良かったじゃない」
「でも大丈夫かな……」
「何が?」

 懸念しているのは、人間がいるということを予想外のタイミングで魔族に知られてしまったことだ。怯えたあの様子では、ほかの魔族たちも人間に対していい感情は抱いていないだろうということは簡単に予想できる。
 私の心配をよそに、ナディヤは心配しても無駄だと割り切っている様子。

「ほっといてもそのうち同じ展開になってたわよ」

 その通りなんだけれど、と理屈では納得しきれない漠然とした不安を抱えて、私たちは家へと帰った。
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