上 下
2 / 23

02.これから

しおりを挟む
 王都での拠点として使っていた家に戻ると、早速荷物をまとめ始めたナディヤ。私は台所を片付けているロイス兄さんにそれとなく近寄る。

「ロイス兄さん。ナディヤはああいってるけど、どうするの?」
「どうって? エルヴダハムに行くんでしょ? だから今準備してるんだし」

 のんびりとした答えに、きょとんとした表情。何の躊躇いもなく受け入れていることに、私の方がびっくりした。

「まさか本当に行くつもりじゃないよね……? 魔族は私たちを敵だと思ってるんだよ?」

 どう考えても正気じゃない。そんな気持ちは表情にありありと出ているはずだが、ロイス兄さんは困ったように笑うだけ。

「ナディヤが行くって言ってる以上、止めても無駄なのは知ってるだろ? 大丈夫、誰もナディヤには敵わないんだから」

   ロイス兄さんから説得してもらうはずが逆に諭されてしまい、私のほうがおかしいのかと一瞬疑ってしまう。

「そう言ったって、どうやって生きていくの?」

 負けじと反論したところで、背後に人の気配を感じた。

「ちょっと、リラ!」

  突然の大声に肩を震わせたが、どうやら大事にしまい込んでいたお菓子を取りに来ただけらしい。幸い会話は聞かれていなかったようで、片づけをサボっていた私に頬を膨らませて台所の奥へ入っていく。

「早く片付けないと追手が来ちゃうわよ!」

 そう言って忙しなく戻っていった。自分が何をしたかは分かっているらしい。

「すぐ準備するー」

 返事をして、自室に戻ろうと踵を返す。

「リラはここに残りたいの?」

 背中に問いかけられた残念そうな声に、本音を閉じ込めた。笑顔を作って振り向く。

「ううん。私たちはずっと一緒だよ」

 小さいころから互いに支えあってきた唯一の家族なのだから当然のこと。冒険者として今から独立するのも難しいし、と自分の中で言い訳を重ねる。

 自室の片づけは、お気に入りのスケッチブックと絵の具だけを荷物に詰め込むだけで終わった。王に謁見するためのちょっと良い服から、慣れた冒険服に着替える。軽い鞄を持って部屋を出ると、既に二人とも準備が終わっていたらしい。私の姿を見て立ち上がった。

「それじゃ、行くわよ!」

 そう宣言したナディヤの表情は明るくすっきりとしていて、もう怒っているというよりは新天地を楽しみにしている気持ちのほうが大きいようだ。前向きなその姿勢は、つくづく冒険者に向いているんだなと思う瞬間である。

 外に出ると、王城のほうはまだ騒がしかったが、近くまでは来ていないようだった。今のうちに、と足早に町を出る。街道を抜け、国境へと向かう。とはいえそんなに距離が近いわけもなく、何日もかけて旅をする。魔王を倒しに行く時に通った道を、自分たちが逃げるために再び通っているのは不思議な感覚だった。

「ナディヤ、前にこの町に来た時のことを覚えてる?」

 国境に最も近い町で最後の夕食。あの時も、この宿に泊まって三人で食事をした。魔王はどんな相手だろう。私たちで勝てるだろうか。そんな不安をたくさん抱えて、夜を過ごしたんだっけ。

「あの時は、魔王を倒したらしばらくはゆっくりできるって話してたわね。それから、リラは引退して絵を描いてすごしたいんだっけのんびり過ごしたいんでしょ? あたしは冒険者が性にあってるから」
「せっかくの機会が流れちゃったのは残念だけど、二人と冒険者家業するのも嫌いじゃないよ」

 また生活基盤の確保のために、節制生活かと思うと気が重いが、それも大切な二人と一緒なら辛くはない。

「良かった良かった。リラはいい子だね」
「ちょっとロイス兄さん、子供扱いしないでよ」

 ご褒美、と乗せられた肉はありがたくいただきながら、ロイス兄さんをにらみつける。このやりとりはもう何度も繰り返していた。いつまでたっても昔と変わらない態度が、この先の不安を少しばかり打ち消してくれる。それがありがたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

『購入無双』 復讐を誓う底辺冒険者は、やがてこの世界の邪悪なる王になる

チョーカ-
ファンタジー
 底辺冒険者であるジェル・クロウは、ダンジョンの奥地で仲間たちに置き去りにされた。  暗闇の中、意識も薄れていく最中に声が聞こえた。 『力が欲しいか? 欲しいなら供物を捧げよ』  ジェルは最後の力を振り絞り、懐から財布を投げ込みと 『ご利用ありがとうございます。商品をお選びください』  それは、いにしえの魔道具『自動販売機』  推すめされる商品は、伝説の武器やチート能力だった。  力を得た少年は復讐……そして、さらなる闇へ堕ちていく ※本作は一部 Midjourneyにより制作したイラストを挿絵として使用しています。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...