報酬を踏み倒されたので、この国に用はありません。

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02.これから

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 王都での拠点として使っていた家に戻ると、早速荷物をまとめ始めたナディヤ。私は台所を片付けているロイス兄さんにそれとなく近寄る。

「ロイス兄さん。ナディヤはああいってるけど、どうするの?」
「どうって? エルヴダハムに行くんでしょ? だから今準備してるんだし」

 のんびりとした答えに、きょとんとした表情。何の躊躇いもなく受け入れていることに、私の方がびっくりした。

「まさか本当に行くつもりじゃないよね……? 魔族は私たちを敵だと思ってるんだよ?」

 どう考えても正気じゃない。そんな気持ちは表情にありありと出ているはずだが、ロイス兄さんは困ったように笑うだけ。

「ナディヤが行くって言ってる以上、止めても無駄なのは知ってるだろ? 大丈夫、誰もナディヤには敵わないんだから」

   ロイス兄さんから説得してもらうはずが逆に諭されてしまい、私のほうがおかしいのかと一瞬疑ってしまう。

「そう言ったって、どうやって生きていくの?」

 負けじと反論したところで、背後に人の気配を感じた。

「ちょっと、リラ!」

  突然の大声に肩を震わせたが、どうやら大事にしまい込んでいたお菓子を取りに来ただけらしい。幸い会話は聞かれていなかったようで、片づけをサボっていた私に頬を膨らませて台所の奥へ入っていく。

「早く片付けないと追手が来ちゃうわよ!」

 そう言って忙しなく戻っていった。自分が何をしたかは分かっているらしい。

「すぐ準備するー」

 返事をして、自室に戻ろうと踵を返す。

「リラはここに残りたいの?」

 背中に問いかけられた残念そうな声に、本音を閉じ込めた。笑顔を作って振り向く。

「ううん。私たちはずっと一緒だよ」

 小さいころから互いに支えあってきた唯一の家族なのだから当然のこと。冒険者として今から独立するのも難しいし、と自分の中で言い訳を重ねる。

 自室の片づけは、お気に入りのスケッチブックと絵の具だけを荷物に詰め込むだけで終わった。王に謁見するためのちょっと良い服から、慣れた冒険服に着替える。軽い鞄を持って部屋を出ると、既に二人とも準備が終わっていたらしい。私の姿を見て立ち上がった。

「それじゃ、行くわよ!」

 そう宣言したナディヤの表情は明るくすっきりとしていて、もう怒っているというよりは新天地を楽しみにしている気持ちのほうが大きいようだ。前向きなその姿勢は、つくづく冒険者に向いているんだなと思う瞬間である。

 外に出ると、王城のほうはまだ騒がしかったが、近くまでは来ていないようだった。今のうちに、と足早に町を出る。街道を抜け、国境へと向かう。とはいえそんなに距離が近いわけもなく、何日もかけて旅をする。魔王を倒しに行く時に通った道を、自分たちが逃げるために再び通っているのは不思議な感覚だった。

「ナディヤ、前にこの町に来た時のことを覚えてる?」

 国境に最も近い町で最後の夕食。あの時も、この宿に泊まって三人で食事をした。魔王はどんな相手だろう。私たちで勝てるだろうか。そんな不安をたくさん抱えて、夜を過ごしたんだっけ。

「あの時は、魔王を倒したらしばらくはゆっくりできるって話してたわね。それから、リラは引退して絵を描いてすごしたいんだっけのんびり過ごしたいんでしょ? あたしは冒険者が性にあってるから」
「せっかくの機会が流れちゃったのは残念だけど、二人と冒険者家業するのも嫌いじゃないよ」

 また生活基盤の確保のために、節制生活かと思うと気が重いが、それも大切な二人と一緒なら辛くはない。

「良かった良かった。リラはいい子だね」
「ちょっとロイス兄さん、子供扱いしないでよ」

 ご褒美、と乗せられた肉はありがたくいただきながら、ロイス兄さんをにらみつける。このやりとりはもう何度も繰り返していた。いつまでたっても昔と変わらない態度が、この先の不安を少しばかり打ち消してくれる。それがありがたかった。
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