17 / 20
8月21日 土曜日 『お祭り』(2/2)
しおりを挟む
会場となる神社は徒歩10分程度のところにある。私たちがたどり着いたときには既に大勢の人で賑わっていて、屋台の店主たちが大きな声で人を呼び込んでいた。
「お祭りなんて久しぶりだなぁ」
「そうなの?」
「うん。もう何年もこんな賑やかなところには来てないからねぇ。いろいろとあるんだぁ」
意外。マオはこういう場所が好きそうに見えるのに。だったら、今日はいっぱい楽しまないと。
勢いをつけてマオの手を掴むと、走る。
「依代ちゃん⁉」
「あっちいこう。美味しいリンゴ飴売ってるから、一緒に食べたいな」
「待って待って。早いよぉ」
驚いた様子のマオが面白くて、引っ張る手を強める。こんなにはしゃぎたい気持ちになるのは、きっとマオと一緒だから。
目的の屋台にたどり着く頃には、私もマオも息がすっかり上がっていた。
「おじさん、リンゴ飴とブドウ飴ください」
「はいよ! 二つで400円だよ」
言われるがままに財布から取り出したお金で支払う。後ろでそわそわとしていたマオを振り返り、リンゴ飴を手渡す。
「食べて。美味しいよ」
「あの、依代ちゃん? 僕が払うよ?」
「これくらいは奢らせてよ。あとはマオにお願いするから」
「それならいいけど。どうしたの急に?」
「なんでもない」
楽しんでほしい。ただそれだけのことだけど、面と向かって言うのはなんだか気恥ずかしかった。マオが受け取ったリンゴ飴にかぶりついたのを見て、私もブドウ飴に舌を伸ばした。うん。去年と変わらず美味しいままだ。
人ごみから少し離れ、ベンチでしばらく飴を舐める。去年はこのベンチで一人でリンゴ飴を食べながらぼんやりと過ごしたものだけれど今日はマオがいる。寂しくない。そう思おうと思っても、目の前を通り過ぎる人たち、友達連れや恋人らしき人、親子の姿をつい目で追ってしまっていた。その様子をどう思ったのかマオが顔を覗き込んでくる。
「お母さんと来なくてよかったのぉ?」
「なんか用事があるんだって。仕方ないよ、忙しいから」
「そっかぁ。残念だね」
私よりもずっとずっと寂しそうな声音に、思わず苦笑した。
「なんでマオがそんな顔するの。いいの、マオが一緒に来てくれたから」
「僕で役に立った?」
「うん!」
私のことを気にかけてくれる人がいる。それだけでずっとずっと嬉しい。
マオがリンゴ飴を食べ終わったのを見て、私もあと少し残っていたブドウ飴を強くかじり口の中でガリガリと噛む。さぁ、次は展示を見に行こう。行きたい場所を伝えると、私の手を取ったマオが、人ごみの間をぬうようにして誘導してくれた。
展示、それからスタンプラリー、甘味も食べてあっという間に日が落ちだす。私の後をついてくるマオは、空を見上げた。もう数分もすれば真っ暗になりそうだ。
「あとは花火だっけ?」
「うん。それで今日はお終い」
「なんかあっという間だったねぇ」
「楽しかったね」
「僕も。依代ちゃんとお祭りに来られて楽しかったよぉ」
私の知っている特等席を目指して人ごみから逸れて神社の横道に入っていく。辛うじて足元が見える程度の街灯の中、階段を上がる。しばらく上ると、ベンチがぽつんと置いてある階段中の休憩所がある。ここが私の目的地だった。二人並んで腰かける。視界の高さには何もない場所。視線を下に向けると、木々の間から神社の明かりがぽつぽつと見える。
「ここはのんびりできていいねぇ」
「そうでしょ。あそこで花火が上がるんだけど、ここだとちょうど目の前になるんだよ」
そう言って神社から少し離れた場所を指さす。ここからは見えないけど小さな公園があり、そこで花火をあげているのだと前にお母さんから聞いた。
少しして、いよいよ花火があがりだす。火が泳ぐように空へと上がり、大きな音と一緒にぱっと開く。何発も何発も打ち上げられているのを、じっと見つめた。
「綺麗だねぇ」
マオは花火に負けないよう、声を張り上げて私の耳元で話す。頷きを返し、今度は私が同じようにマオの耳元に口を近づけた。
「今日は楽しかったよ!」
「良かったぁ」
「また一緒にでかけてくれる?」
「今度ねぇ」
三十分余りの花火を満喫して階段を降りる。もう屋台は店じまいをしているところが多かったけれど、そこかしこで立ち止まって話し込んでいるグループもたくさんいた。
家への帰り道。どこか落ち着かない様子のマオに、なんだか胸騒ぎがした。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよぉ」
「でも……」
「大丈夫。さ、帰るよぉ」
そう答えるマオの視線は、私ではなく背後。振り返ってみたけれど、お祭りからの帰ってきたのであろう人しかいない。
手を引かれて家に帰り、私を家へと送り届けたマオはまたいつものようにどこかへと行こうとする。
「マオ!」
なぜか不安に駆られて思わず引き留めた。振り向いたマオはいつもと同じ、100点満点の笑顔。どうしたのぉ? と首を傾げるのもいつもと同じ。
「……ううん、何でもない。また明日ね」
「うん。じゃあね」
別れ際、私の頭を撫でてマオは去っていった。
「お祭りなんて久しぶりだなぁ」
「そうなの?」
「うん。もう何年もこんな賑やかなところには来てないからねぇ。いろいろとあるんだぁ」
意外。マオはこういう場所が好きそうに見えるのに。だったら、今日はいっぱい楽しまないと。
勢いをつけてマオの手を掴むと、走る。
「依代ちゃん⁉」
「あっちいこう。美味しいリンゴ飴売ってるから、一緒に食べたいな」
「待って待って。早いよぉ」
驚いた様子のマオが面白くて、引っ張る手を強める。こんなにはしゃぎたい気持ちになるのは、きっとマオと一緒だから。
目的の屋台にたどり着く頃には、私もマオも息がすっかり上がっていた。
「おじさん、リンゴ飴とブドウ飴ください」
「はいよ! 二つで400円だよ」
言われるがままに財布から取り出したお金で支払う。後ろでそわそわとしていたマオを振り返り、リンゴ飴を手渡す。
「食べて。美味しいよ」
「あの、依代ちゃん? 僕が払うよ?」
「これくらいは奢らせてよ。あとはマオにお願いするから」
「それならいいけど。どうしたの急に?」
「なんでもない」
楽しんでほしい。ただそれだけのことだけど、面と向かって言うのはなんだか気恥ずかしかった。マオが受け取ったリンゴ飴にかぶりついたのを見て、私もブドウ飴に舌を伸ばした。うん。去年と変わらず美味しいままだ。
人ごみから少し離れ、ベンチでしばらく飴を舐める。去年はこのベンチで一人でリンゴ飴を食べながらぼんやりと過ごしたものだけれど今日はマオがいる。寂しくない。そう思おうと思っても、目の前を通り過ぎる人たち、友達連れや恋人らしき人、親子の姿をつい目で追ってしまっていた。その様子をどう思ったのかマオが顔を覗き込んでくる。
「お母さんと来なくてよかったのぉ?」
「なんか用事があるんだって。仕方ないよ、忙しいから」
「そっかぁ。残念だね」
私よりもずっとずっと寂しそうな声音に、思わず苦笑した。
「なんでマオがそんな顔するの。いいの、マオが一緒に来てくれたから」
「僕で役に立った?」
「うん!」
私のことを気にかけてくれる人がいる。それだけでずっとずっと嬉しい。
マオがリンゴ飴を食べ終わったのを見て、私もあと少し残っていたブドウ飴を強くかじり口の中でガリガリと噛む。さぁ、次は展示を見に行こう。行きたい場所を伝えると、私の手を取ったマオが、人ごみの間をぬうようにして誘導してくれた。
展示、それからスタンプラリー、甘味も食べてあっという間に日が落ちだす。私の後をついてくるマオは、空を見上げた。もう数分もすれば真っ暗になりそうだ。
「あとは花火だっけ?」
「うん。それで今日はお終い」
「なんかあっという間だったねぇ」
「楽しかったね」
「僕も。依代ちゃんとお祭りに来られて楽しかったよぉ」
私の知っている特等席を目指して人ごみから逸れて神社の横道に入っていく。辛うじて足元が見える程度の街灯の中、階段を上がる。しばらく上ると、ベンチがぽつんと置いてある階段中の休憩所がある。ここが私の目的地だった。二人並んで腰かける。視界の高さには何もない場所。視線を下に向けると、木々の間から神社の明かりがぽつぽつと見える。
「ここはのんびりできていいねぇ」
「そうでしょ。あそこで花火が上がるんだけど、ここだとちょうど目の前になるんだよ」
そう言って神社から少し離れた場所を指さす。ここからは見えないけど小さな公園があり、そこで花火をあげているのだと前にお母さんから聞いた。
少しして、いよいよ花火があがりだす。火が泳ぐように空へと上がり、大きな音と一緒にぱっと開く。何発も何発も打ち上げられているのを、じっと見つめた。
「綺麗だねぇ」
マオは花火に負けないよう、声を張り上げて私の耳元で話す。頷きを返し、今度は私が同じようにマオの耳元に口を近づけた。
「今日は楽しかったよ!」
「良かったぁ」
「また一緒にでかけてくれる?」
「今度ねぇ」
三十分余りの花火を満喫して階段を降りる。もう屋台は店じまいをしているところが多かったけれど、そこかしこで立ち止まって話し込んでいるグループもたくさんいた。
家への帰り道。どこか落ち着かない様子のマオに、なんだか胸騒ぎがした。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよぉ」
「でも……」
「大丈夫。さ、帰るよぉ」
そう答えるマオの視線は、私ではなく背後。振り返ってみたけれど、お祭りからの帰ってきたのであろう人しかいない。
手を引かれて家に帰り、私を家へと送り届けたマオはまたいつものようにどこかへと行こうとする。
「マオ!」
なぜか不安に駆られて思わず引き留めた。振り向いたマオはいつもと同じ、100点満点の笑顔。どうしたのぉ? と首を傾げるのもいつもと同じ。
「……ううん、何でもない。また明日ね」
「うん。じゃあね」
別れ際、私の頭を撫でてマオは去っていった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる