消極的な会社の辞め方

白水緑

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11.自分にがっかりです。

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 2件目、改めて秋山さんを誘った私は珍しく静かなバーで向かい合っていた。秋山さんが最初に私に相談してからもう半年以上が経っている。これ以上はお手伝いできないと、どう切り出せばよいか悩んでいると、秋山さんが先に口を開く。

 「わたし、辞めさせられるの向いてないのかしら」
 
 しみじみとしたその言葉に、反射的にうなずく。それはこの半年で嫌というほど思い知らされた。 
 
 「それだけ真っ当ということです。諦める気になりました?私もこれ以上のアイデアが出てきません」
 「たくさん考えてくれたのにごめんなさいね。まだあきらめきれないけど、一旦置いておくことにするわ。こんなにわたしが辞めさせられないとは思ってもみなかったもの」
 「日頃の行いがそうさせたんでしょう。良すぎるんですよ」
 「どうしたら悪くなるかしら?」
 「ほら、またそういうことを言うでしょう。しばらくはお預けです」
 「わかったわ。少しだけね」
 「はやくその気持ちが変わることを祈っておきます」
 
 秋山さんがとりあえずとはいえ諦めた。その事実に肩の荷が下りた気がした。ある程度の好意を持っている人を会社から追い出すような真似はもう二度としたくはない。
  
 「新しい子が入ってくるのに、急に主任がいなくなったら困るでしょう」
 
 真面目だ。そんなことを言っているから、辞めさせられることはないんですよ、と思う。
 
 「来期は私も主任ですから、辞められては困ります」
 「じゃあ一緒に辞める?」
 「クビにされたい人をサポートする仕事でもしますか?」
 「全部失敗してるけどね」
 
 そんな冗談がでるくらいには今、ほっとしている。立場が変われば辞めさせられたいという気持ちも、理解できるようになるのだろうか。
 
 「じゃあ会社を辞めたくない人にアドバイスする仕事?」
 「それはきっともうありますよ」
 「残念。じゃあ、会社を辞めないことに乾杯!」
 
 最近はかわしてなかった冗談。
 
 「かんぱーい。ってなんですかそれ」
 「いいじゃない。そんな気分なんだもの」
 「もう酔ってますね?だからお酒はやめましょうって言ったのに」
 「平気平気」
 
 解放されたように笑顔があふれる秋山さんだが、言動がおかしい。今日は二人でどこかホテルで泊まる羽目になりそうだと思いながら、不思議と楽しい気分でグラスを合わせたのだった。
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