消極的な会社の辞め方

白水緑

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03.次はお金を使っちゃおう。

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 週末、秋山さんをご飯に誘ってみると、まるで救世主を見るような視線を向けられたが、私の提案した今回の失敗をするという方針では失敗といえる。とりあえず今回の感想を聞いてみると、

「失敗したらわたしが責任取るって言ったらみんなやる気を出しちゃって。実はわたしのこと嫌いなんじゃないかしら」
「その割に嬉しそうですよ秋山さん」
「辞めさせられそうな要因があるなら嬉しいわ。でも嫌われているならそれは困るわね……」
「それは我儘です」

 少しも困っているようには見えないけれど。とにかく、失敗を増やす作戦は続けるにしても別の案が必要なんじゃないだろうか。今回は食事に誘う前にちゃんと考えてきていた。

「これはちょっと前のとは系統が違うんですけど、今って筆記用具とかノートとかって自分で買ってきている人が多いじゃないですか?そういうのを全部経費で落とすっていうのはどうでしょうか?」
「えっと、細かい人になればいいのかな?」
「まぁそうですね。これくらいいっかって人が多くて精算していないんだとおもいますけど、一部署だけでも経費精算したらそれなりの経費になると思うので、それを先導した人ってことで上司の覚えを悪くしようという作戦です」
「悪くなるかな?」
「自信はありませんが……。秋山さんの退職には効果があってもなくても、たぶん経費で落としたいと思っている人はいるはずなので、そういう人は喜んでくれるかもしれません」
「そう。それならいいわね。一石二鳥?」
 
 前回はちょっと慌てて考えすぎて完全に秋山さん寄りの考えになってしまったが、冷静に考えて私は秋山さんに辞めてほしいわけではないのだ。今回はさして効果があるとは私自身も思っていないが、少しでも何かをしているという気分になってもらえれば、というずるい考えで提案してみた。ふと辞めたいと思いついたのなら、ふとそんな気持ちもなくなるかもしれないし。せっかくだから私も上司に提案してみようか。
 
 翌日、さっそく朝礼が終わったタイミングで主任を捕まえて聞いてみる。ちょうど月末で清算しなくてはならない日だから、いいタイミングだろう。
 
 「主任、今月ノートとファイルを買い足したのであとで清算書持っていきますね」
 
 みんなに聞こえるよう声も少し大きめで。目論見通り、自分の席に戻っていくメンバーの足が止まった。主任は驚いてから渋い顔になる。
 
 「何?……わかった、今日中だぞ」
 「レシートいります?」
 「ああ」
 
 いつも軽薄な態度の主任の顔がしかめっ面になっている。吹き出しそうになるのをこらえながら席に戻ると、隣から肩を叩かれる。去年入社した葉月さんがうずうずとした顔で、私にレシートを見せてくれた。
 
「あたしも経費精算したいです!」
「一緒に提出しに行く?」
「はい!」
 
 すると会話が聞こえていたらしい周りの席のメンバーたちも、次々にあれもこれもと言い出した。思っていたよりも今回の提案は需要があったのかもしれないと、自己満足に浸る。昼休み前、ぞろぞろと提出しに行くと、朝よりも数段渋い顔を向けられたが全員無事受け取ってもらえた。これで何か変わるだろうか。営業チームのほうをみると、秋山さんは清算書を受け取る立場なので忙しそうに書類と向き合っていたが、どこか楽しそうにも見えていた。
 
 その後、何か必要になるたびに購入しては清算書を提出しに行くうちに、会社で使うものならなんでも経費でいいのか、などと議論が持ち上がりついに翌月、全社員にプリントが配られた。朝礼で、めんどくさそうにそのプリントを掴んだ主任は、
 
 「あー、先日経費で精算した物品についてだが、来月からは会社で先に購入するからそこから使うように」
 
 と、ざっくりと説明して今回の件は終わりとなった。それ以外で購入する際は事前相談が必要らしい。きちんと文具が用意されたことで、私もほかのメンバーたちも万々歳。ただし、秋山さんはそうではないようで、配られたプリントを見て溜息をついていた。思った以上に期待させていたのだろうか。お詫びにお昼はプリンを差し入れることにした。
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