終わりの時を君と

白水緑

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「ねぇ、あの人誰だろう?」

小学校の修学旅行で和葉は大阪を訪れた。数人のクラスメイトとグループ活動をして宿へ帰る道での出来事。偶然、大阪の海水浴場で夕陽を見ていた和葉の一言に、ほかの子たちも反応し、すぐにその人物の周りに群がった。その人物は全身黒尽くめの男で浜辺に倒れていた。水浸しではあったが溺れた様子はなく、まるで浜辺と知らずに眠りについてしまったかのよう。

「どうしよう」
「どうしよう」
「救急車呼ばなきゃ」
「でも、この人寝てるだけだよ」
「別の場所に移動させないと、この人溺れて死んじゃう」
「私たちに運べるかなぁ」
「あ、あそこの人に手伝って貰おうよ」
「うん」

偶然近くにいたサーフィンをしていた青年に声をかけ、和葉たちはその男をベンチへと運んだ。青年は男に異常がないか調べていたが、大丈夫だとわかるとさっさと海へと戻ってしまった。眠り込んでいる男と共に残された和葉たちの意見は二つに分かれた。大半がこのまま男を置いて宿に戻るべきというもの。集合時間が迫っていたのも大きかったかもしれない。和葉ともう一人だけが、男を連れ帰ろうと言った。

「だって、このまま放っとくなんて出来ないよ」
「知らない人についてっちゃダメって言われてるもん」
「付いてってないってば。このまま死んじゃったら嫌じゃん」
「大丈夫だって。そんなに言うなら警察に通報すればいいと思うんだけど」
「そうそ、どうせ何もできないし」
「うんうん、そしたらあたしたちがどっか言った後、どうしたかなんて心配しなくてもいいよ」

女子特有の強い口調で反論する時間も与えられずに言われ、更には時間を過ぎても帰って来ない和葉たちを探しにきた教師にも。

「先生がちゃんと連絡しといてやるから。な、お前は賢いんだから分かってくれるだろ」


そう諭されて、もう一人は頷く。大人に対して不信感を抱いていた和葉は、なかなか頷くことが出来なかった。それでも、イラつき始めた教師と、冷えていく友人の視線には逆らえず、男が目覚めることを祈って粘ってみたが、願いは届かなかった。涙を堪えて、小さく同意すれば、その途端、元に戻る空気。友人たちは優しい声で和葉を慰めた。

夜、和葉は夢を見た。自分が見捨ててしまった男についての夢を。男は胸を押さえて苦しんでいた。和葉の声は届かなかった。飛び起きた和葉は居ても立っても居られなくて、ぐっすりと眠っているクラスメイトたちの間を抜け部屋を出た。和葉が廊下を歩いていると、通りがかった部屋から声が聞こえてきた。既に消灯時間は過ぎていたが、その部屋には明かりが灯っていた。おそらく教師の部屋だろうと直ぐに離れようとした和葉だったが、漏れ聞こえた内容に足が止まった。

「それで、その後、どうされたんですか」
「どうもこうも我々には関係のない人間ですからね」
「まさか放ってきたんですか」
「まさかということもないでしょう。ごく普通のことですよ。今野はなんだか粘ってましたがね、ああいうのは放っとくに限るんですよ。ははは」
「そうでしょうね、あの子は……ちょっと変わったところがありますから」

気がつけば、涙を流していた。それ以上聞きたくなくて、走って部屋に戻った。裏切られた。和葉の中でその思いだけがぐるぐると渦巻いていた。そして、あの男に悪いことをしたという気持ちでいっぱいだった。どうして教師のいうことを信じたのか。あれだけうっとおしそうに、面倒そうに言っていたのに。あんなにあからさまだったのに見抜けなかった自分が悔しい。布団の中で膝を抱え一人すすり泣く。過ぎた時間は戻らない。理解していても後悔せずにはいられなかった。あの男はどうなったのだろう。夢のように苦しんでいたら……。そう思うと苦しく、子供で何の力もないために、目の前にいる人を助けられなかった。非力さを思い知り、どれほど強く想っても誰も理解してくれない。平気で人を騙す。本人の意思など無いものとされてしまう。そんな現実を知ってしまったのだった。大人になって考えると、教師の対応は普遍的だった。もし今当時と逆の立場になったのなら、幼き頃の自分が望んだ対応ができるのだろうか。
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