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【1話】無理に付き合うの止めるっ
ママだって成長する
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佐奈子は大根をもう一つ口に入れ、それはさっさと飲み込んだ。
「で、今日の帰りもね。四時迎えのママたちとは距離ができたなって感じたんだけど。たまたま、いつもよりも早く迎えに来てた舞ちゃんのママと話したのよ」
透也は黙って聞いているせいか、彼の皿や椀は残り少なくなっている。
「舞ちゃんって、最近、はっちゃんが仲良くしてる子だよね」
「うん、そう。でね、会話って何したらいいんだろうって悩んで」
佐奈子はお茶を飲んで一息ついた。
「ええい、挨拶だけでいいやって、吹っ切ったの」
透也が最後に残った味噌汁を飲み干した。
「ん?なのに、話できたんだ」
おしゃべりしていると、次々に箸が動かない。佐奈子はやっと、ぶりを口に入れた。
元はかなり脂が乗っていたんだろう、と想像する。煮込んでいるのにパサついていない。
「ん、そうなのよ。舞花ママが『習い事ですか』って話しかけてきてくれて。『舞ちゃん、習い事ですか』って返したら、そこから話が続いたの」
ぶりを飲み込む。
口に物を入れたまま話すなんて、娘の前で行儀が悪いことをしている自覚はある。でも、話したいし、食べたいし、今日は勘弁してもらおう。
「で、帰りは、舞ちゃんも習い事に行かなきゃならないから、あっさりバイバイ」
佐奈子はその時のことを思い出すように、初菜を見る。彼女は今、たった一口のほうれん草と格闘していた。イヤそうな表情をしながら、箸で持ち上げたまま、なかなか口に入れようとしない。
この話が終わっても、まだほうれん草をにらんでいたら注意しよう。
佐奈子は、ほうれん草のお浸しを口に入れる。
「あー、私、こういう付き合いで今は十分だなって実感した。お互い子育てで気になってることとかを話して、情報交換しあって。後はあっさりバイバイ。単なる世間話とかは元々そんなに得意じゃないから、こういうのがいいなって」
味噌汁を飲む。喉から食道、胃と入っていき、全身が温まる感じがする。
「やっと自分がどう人と付き合いたいかがわかったみたい。おかげで気分スッキリ。いろいろ聞いてもらって、ありがとうね」
透也は全て食べ終え、佐奈子に向かって満足そうな笑みを見せた。そして、初菜を励まし始める。どうやら、ほうれん草を食べさせようとしているらしい。
この間ずっと、初菜はほうれん草をにらんでいたようだ。
佐奈子は頬を緩めながら、食事が始まってから時々しか動いていなかった箸を進める。
ほうれん草のお浸しは、当然、砂はきれいに洗われているけれど、よく見ると根の赤い部分が残っている。
向かいに座る透也が両腕をテーブルに乗せ、少し前かがみになる。
「赤いところは栄養があるんだって。ミネラルだったかな。あんまり詳しく調べてないけど」
肩をすくめて笑う。
「そうそう、味噌汁の出汁はキノコだけだと味薄くて。昆布入れた。でね」
心から嬉しいことがあったとばかりに、顔中シワだらけにする。
「ぶりは出世魚でしょ。しかも一番大きい、最終形って言っていいと思うんだけど」
何がそんなに面白いのか。
佐奈子は不審に思ってしまい、眉間にシワが寄る。
そんな表情に気づいていないのか、気づいても何にも思わないのか、透也は変わらず嬉しそうだ。
「さっちゃん、成長したね。さっぱりしてる割に、人の顔色をうかがって一人で悶々としてること多いけどさ。今回ちょっと色々あったおかげで、自分の中での線引き覚えたもんね。えらい、えらい」
そう言って、ぶりを口に入れる佐奈子の頭を撫でてくる。
佐奈子は透也を上目遣いににらんだ。
「それはっ、その通りだけどっ。子ども扱いしなくていいでしょっっ」
言い捨てて、ぶりが入っている口に大根と白いご飯を詰め込んだ。咀嚼する口元が緩みそうになるのを懸命にこらえる。
透也の隣に座る初菜が口を動かしながら、両親を交互に見てきた。
口に入っているのは、たぶん、ほうれん草だろう。いつまで噛んでいるつもりだろう。
「まま、えらいの」
透也を見上げて聞いている。
彼が、「そうだよ」と返すと、初菜はイスの上に立って嬉しそうに佐奈子に手を伸ばしてきた。
「まま、えらい、えらい」
食事中に立つなんて本当なら注意するところだ。でも、佐奈子は緩む頬を見られないように少しうつむき加減になりつつ、黙って撫でられておくことにした。
透也も菩薩のような微笑みで見守っている。
初菜が撫でることに満足して座った後、佐奈子は再び、ぶりと大根を口に入れた。
これでもかというほど、味がしみていた。
(1話・了)
「で、今日の帰りもね。四時迎えのママたちとは距離ができたなって感じたんだけど。たまたま、いつもよりも早く迎えに来てた舞ちゃんのママと話したのよ」
透也は黙って聞いているせいか、彼の皿や椀は残り少なくなっている。
「舞ちゃんって、最近、はっちゃんが仲良くしてる子だよね」
「うん、そう。でね、会話って何したらいいんだろうって悩んで」
佐奈子はお茶を飲んで一息ついた。
「ええい、挨拶だけでいいやって、吹っ切ったの」
透也が最後に残った味噌汁を飲み干した。
「ん?なのに、話できたんだ」
おしゃべりしていると、次々に箸が動かない。佐奈子はやっと、ぶりを口に入れた。
元はかなり脂が乗っていたんだろう、と想像する。煮込んでいるのにパサついていない。
「ん、そうなのよ。舞花ママが『習い事ですか』って話しかけてきてくれて。『舞ちゃん、習い事ですか』って返したら、そこから話が続いたの」
ぶりを飲み込む。
口に物を入れたまま話すなんて、娘の前で行儀が悪いことをしている自覚はある。でも、話したいし、食べたいし、今日は勘弁してもらおう。
「で、帰りは、舞ちゃんも習い事に行かなきゃならないから、あっさりバイバイ」
佐奈子はその時のことを思い出すように、初菜を見る。彼女は今、たった一口のほうれん草と格闘していた。イヤそうな表情をしながら、箸で持ち上げたまま、なかなか口に入れようとしない。
この話が終わっても、まだほうれん草をにらんでいたら注意しよう。
佐奈子は、ほうれん草のお浸しを口に入れる。
「あー、私、こういう付き合いで今は十分だなって実感した。お互い子育てで気になってることとかを話して、情報交換しあって。後はあっさりバイバイ。単なる世間話とかは元々そんなに得意じゃないから、こういうのがいいなって」
味噌汁を飲む。喉から食道、胃と入っていき、全身が温まる感じがする。
「やっと自分がどう人と付き合いたいかがわかったみたい。おかげで気分スッキリ。いろいろ聞いてもらって、ありがとうね」
透也は全て食べ終え、佐奈子に向かって満足そうな笑みを見せた。そして、初菜を励まし始める。どうやら、ほうれん草を食べさせようとしているらしい。
この間ずっと、初菜はほうれん草をにらんでいたようだ。
佐奈子は頬を緩めながら、食事が始まってから時々しか動いていなかった箸を進める。
ほうれん草のお浸しは、当然、砂はきれいに洗われているけれど、よく見ると根の赤い部分が残っている。
向かいに座る透也が両腕をテーブルに乗せ、少し前かがみになる。
「赤いところは栄養があるんだって。ミネラルだったかな。あんまり詳しく調べてないけど」
肩をすくめて笑う。
「そうそう、味噌汁の出汁はキノコだけだと味薄くて。昆布入れた。でね」
心から嬉しいことがあったとばかりに、顔中シワだらけにする。
「ぶりは出世魚でしょ。しかも一番大きい、最終形って言っていいと思うんだけど」
何がそんなに面白いのか。
佐奈子は不審に思ってしまい、眉間にシワが寄る。
そんな表情に気づいていないのか、気づいても何にも思わないのか、透也は変わらず嬉しそうだ。
「さっちゃん、成長したね。さっぱりしてる割に、人の顔色をうかがって一人で悶々としてること多いけどさ。今回ちょっと色々あったおかげで、自分の中での線引き覚えたもんね。えらい、えらい」
そう言って、ぶりを口に入れる佐奈子の頭を撫でてくる。
佐奈子は透也を上目遣いににらんだ。
「それはっ、その通りだけどっ。子ども扱いしなくていいでしょっっ」
言い捨てて、ぶりが入っている口に大根と白いご飯を詰め込んだ。咀嚼する口元が緩みそうになるのを懸命にこらえる。
透也の隣に座る初菜が口を動かしながら、両親を交互に見てきた。
口に入っているのは、たぶん、ほうれん草だろう。いつまで噛んでいるつもりだろう。
「まま、えらいの」
透也を見上げて聞いている。
彼が、「そうだよ」と返すと、初菜はイスの上に立って嬉しそうに佐奈子に手を伸ばしてきた。
「まま、えらい、えらい」
食事中に立つなんて本当なら注意するところだ。でも、佐奈子は緩む頬を見られないように少しうつむき加減になりつつ、黙って撫でられておくことにした。
透也も菩薩のような微笑みで見守っている。
初菜が撫でることに満足して座った後、佐奈子は再び、ぶりと大根を口に入れた。
これでもかというほど、味がしみていた。
(1話・了)
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