上 下
17 / 17
【1話】無理に付き合うの止めるっ

ママだって成長する

しおりを挟む
 佐奈子は大根をもう一つ口に入れ、それはさっさと飲み込んだ。

「で、今日の帰りもね。四時迎えのママたちとは距離ができたなって感じたんだけど。たまたま、いつもよりも早く迎えに来てた舞ちゃんのママと話したのよ」

 透也は黙って聞いているせいか、彼の皿や椀は残り少なくなっている。

「舞ちゃんって、最近、はっちゃんが仲良くしてる子だよね」

「うん、そう。でね、会話って何したらいいんだろうって悩んで」

 佐奈子はお茶を飲んで一息ついた。

「ええい、挨拶だけでいいやって、吹っ切ったの」

 透也が最後に残った味噌汁を飲み干した。

「ん?なのに、話できたんだ」

 おしゃべりしていると、次々に箸が動かない。佐奈子はやっと、ぶりを口に入れた。
 元はかなり脂が乗っていたんだろう、と想像する。煮込んでいるのにパサついていない。

「ん、そうなのよ。舞花ママが『習い事ですか』って話しかけてきてくれて。『舞ちゃん、習い事ですか』って返したら、そこから話が続いたの」

 ぶりを飲み込む。

 口に物を入れたまま話すなんて、娘の前で行儀が悪いことをしている自覚はある。でも、話したいし、食べたいし、今日は勘弁してもらおう。

「で、帰りは、舞ちゃんも習い事に行かなきゃならないから、あっさりバイバイ」

 佐奈子はその時のことを思い出すように、初菜を見る。彼女は今、たった一口のほうれん草と格闘していた。イヤそうな表情をしながら、箸で持ち上げたまま、なかなか口に入れようとしない。
 この話が終わっても、まだほうれん草をにらんでいたら注意しよう。

 佐奈子は、ほうれん草のお浸しを口に入れる。

「あー、私、こういう付き合いで今は十分だなって実感した。お互い子育てで気になってることとかを話して、情報交換しあって。後はあっさりバイバイ。単なる世間話とかは元々そんなに得意じゃないから、こういうのがいいなって」

 味噌汁を飲む。喉から食道、胃と入っていき、全身が温まる感じがする。

「やっと自分がどう人と付き合いたいかがわかったみたい。おかげで気分スッキリ。いろいろ聞いてもらって、ありがとうね」

 透也は全て食べ終え、佐奈子に向かって満足そうな笑みを見せた。そして、初菜を励まし始める。どうやら、ほうれん草を食べさせようとしているらしい。
 この間ずっと、初菜はほうれん草をにらんでいたようだ。

 佐奈子は頬を緩めながら、食事が始まってから時々しか動いていなかった箸を進める。

 ほうれん草のお浸しは、当然、砂はきれいに洗われているけれど、よく見ると根の赤い部分が残っている。
 向かいに座る透也が両腕をテーブルに乗せ、少し前かがみになる。

「赤いところは栄養があるんだって。ミネラルだったかな。あんまり詳しく調べてないけど」

 肩をすくめて笑う。

「そうそう、味噌汁の出汁はキノコだけだと味薄くて。昆布入れた。でね」

 心から嬉しいことがあったとばかりに、顔中シワだらけにする。

「ぶりは出世魚でしょ。しかも一番大きい、最終形って言っていいと思うんだけど」

 何がそんなに面白いのか。
 佐奈子は不審に思ってしまい、眉間にシワが寄る。

 そんな表情に気づいていないのか、気づいても何にも思わないのか、透也は変わらず嬉しそうだ。

「さっちゃん、成長したね。さっぱりしてる割に、人の顔色をうかがって一人で悶々としてること多いけどさ。今回ちょっと色々あったおかげで、自分の中での線引き覚えたもんね。えらい、えらい」

 そう言って、ぶりを口に入れる佐奈子の頭を撫でてくる。
 佐奈子は透也を上目遣いににらんだ。

「それはっ、その通りだけどっ。子ども扱いしなくていいでしょっっ」

 言い捨てて、ぶりが入っている口に大根と白いご飯を詰め込んだ。咀嚼する口元が緩みそうになるのを懸命にこらえる。
 透也の隣に座る初菜が口を動かしながら、両親を交互に見てきた。
 口に入っているのは、たぶん、ほうれん草だろう。いつまで噛んでいるつもりだろう。

「まま、えらいの」

 透也を見上げて聞いている。

 彼が、「そうだよ」と返すと、初菜はイスの上に立って嬉しそうに佐奈子に手を伸ばしてきた。

「まま、えらい、えらい」

 食事中に立つなんて本当なら注意するところだ。でも、佐奈子は緩む頬を見られないように少しうつむき加減になりつつ、黙って撫でられておくことにした。

 透也も菩薩のような微笑みで見守っている。
 初菜が撫でることに満足して座った後、佐奈子は再び、ぶりと大根を口に入れた。

 これでもかというほど、味がしみていた。


(1話・了)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

忘れていた初恋の結末

東雲さき
ライト文芸
思い出すことのなかった初恋の人の現在を知った私の話。

処理中です...