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【1話】無理に付き合うの止めるっ

滅多に会わないママと会話

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 おしゃべりが止まらない年配の女性の話に相づちを打ちながら、購入されたパンを袋に入れる。代金を受け取って、レシートと袋を渡し、お礼の言葉を口にする。
 それがキッカケになったのか、彼女はおしゃべりを止めて店を出ていった。

 時計を見ると、三時五十分になっている。
 佐奈子は慌ててエプロンを外し、カバンに入れた。

「すみません。お迎えの時間に遅刻するので上がります」

 調理場の掃除をしていた店長の知世が手を止めてこちらを見た。

「今日はカラッとしてるね」

 佐奈子の口が、えっ、という形に開く。それを見た知世は含み笑いをした。

「だって、おしゃべりの長いお客様が帰った後は、たいていため息をつくか、舌打ちをするかしてたのに。今日は何にもないじゃない」

 佐奈子は首をかしげた。

「私、そんなことしてましたっけ」

「無意識だったんだ。けっこうしてたよ」

 知世が手を拭きながら調理場から出てくる。

「なんか気持ちが落ち着いた?」

「そうですね。何度も話を聞いてもらったママたちとの付き合い方が、自分なりに折り合いをつけられましたね」

 佐奈子はカバンを肩にかけて、知世にお辞儀をした。

「お疲れさま」と、手を振ってくれる彼女に見送られ、店を後にする。

 自転車に乗って保育園に向かう。いつもと違うのは時間だ。普段よりも二十分遅い。
 信号待ちの最中に保育園に電話を入れて、遅れることを伝える。

 息を切らして猛スピードで漕ぐ。警察官に見つかったら注意されるんじゃないかと自分で思うほどだった。
 駐輪場に着いて急ブレーキをかける。

 携帯電話で時計を見ると、四時十五分だった。

 前かごからカバンをとり、園の門に向かって歩き出す。

 神社のほうから子どもたちの声が聞こえてきた。そちらに顔を向けると、神社へと続く道にいつものママたちが立って話をしていた。木や社で姿は見えないけれど、子どもたちが神社で遊んでいるのだろう。

 彼女たちの横を通りがかる。

「こんにちは」

 佐奈子が声をかけると、ぱらぱらと声が返ってくる。口ごもるような挨拶の人もいたけれど、それが誰か気になることはなかった。

 彼女たちは佐奈子に挨拶をした後、再びおしゃべりを始める。
 その声を背中で聞きながら、門に向かって歩く。

 一緒に公園で話をしていたときと比べると、物理的にも精神的にも距離を感じるけれど、それは気にならないどころか、佐奈子にとって心地よいものに感じられた。

 園の中に入り、年長クラスの部屋の前に行く。

 そこには普段、お迎えの時間が違って顔を合わすことがないママがいた。たしか最近、初菜からよく名前が出る舞花の母親だ。

 佐奈子の足は一瞬、止まりそうになる。
 話しかけた方がいいのだろうか。何を話せばいいのだろう。いや、もう挨拶だけでいい。

 佐奈子が、「こんにちは」と声をかけると、舞花ママは振り返って会釈してきた。

「こんにちは。はっちゃんも習い事ですか」

 滅多に会わない人間相手に、するっとこういう言葉が出てくる人を尊敬してしまう。

「いいえ。うちは四時迎えなんですよ。今日は少し残業になって遅れてしまって」

 舞花ママがにこやかにうなずいてくれたおかげで、佐奈子の気持ちは軽くなる。

「まいちゃんは習い事ですか」

「ええ、そうなんです。週に1回、体操教室に行ってまして」

 初菜に習い事をさせていないこともあり、つい舞花ママにいろいろと質問してしまう。彼女は嫌がることもなく、佐奈子が聞くことに答えてくれた。それだけでなく、彼女は彼女で子育てて気になっていることを佐奈子に聞いてきた。

 お互いの娘たちが帰る準備をして部屋を出てくるまで、自然と会話は続く。

 初菜と舞花が一緒に部屋を出てきて、女の子らしく、ぺちゃくちゃと話をしながら上靴を脱ぎ、運動靴に履き替えている。

 初菜が靴を履き終えても、舞花はのんびりとしていた。舞花ママが廊下に置かれた、娘の通園バッグを手に取る。

「舞花、体操教室、遅刻するから。さっさと履いて」

 親の思うようなスピードで動いてくれないのは、どこも同じらしい。
 佐奈子は舞花ママを後押ししようと、初菜の手をつなぐ。

「じゃ、まいちゃんに、また明日遊ぼうねってバイバイしよ」

 親の心、子知らず。

 初菜は佐奈子につながれた手を離し、舞花の隣に座っておしゃべりを続けようとする。
 母親同士、目を合わせて苦笑交じりのため息をついた。
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