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エピローグ
母も参加して賑やかに
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試飲会に参加予定の人たちのうち半分以上が集まった。千帆は鍋に牛乳を入れて温め始める。
「今日は2種類をそれぞれ試飲していただこうと思ってるんです。1つはオレンジリキュールが入ったココア。こちらは成人した方とお仕事中じゃない方に味を見ていただいて。もう1つはミントの葉をたっぷり乗せた甘さ抑えめのココアです。ミントの方は、夏になったらアイスにしてもいいかな、と」
メニューを紹介すると、5人から感嘆の声が響く。そろってカウンターの中をのぞこうとしてくるので、千帆は思わず身を引いてしまう。
何かに気づいたように、那月が小さく声を上げた。
「ねえ、お仕事中じゃない人にココアのお酒を飲んでもらうって言ってたけど、お仕事中の人も試飲に来るの?」
もっともな質問だ。平日の15時すぎに仕事をしている人がカフェに入ってくるというのは考えにくいだろう。千帆はココアを準備する手を止めずに、那月を見た。
「はい。常連の営業マンさんが取引先から別の取引先に移動する通り道に、この店があるらしくて、今日も15時半ごろ寄れるっておっしゃってて。次の取引先へ行く前に、ここで甘いものを飲んで気持ちを高めてくださってるんです」
5人がそろって、「へえー」と声を漏らした。年齢も性別も違う5人が同じ反応をするのはおかしくて仕方がない。
「なので、その日によって滞在時間は違うんです。ココアを出したら勢いよく飲み干して出ていく日もあれば、ゆっくり書類を眺めながら飲んでいかれる日もあります」
「なるほどね~。私も営業先がこの近くなら、そうしたいわ」
那月が腹の底から絞り出すようにつぶやいた。千帆は火を止め、カウンターに背を向けて棚からカップを出す。
「あとは隣の『らぶち』の唯人さんと大地さん、いらっしゃったらバイトの方にも飲んでもらうんです。主婦3人組さんが、今日はお稽古ごとの日だそうで来ていただけなかったのは残念でした」
カップを手にして皆の方に向き直ると、角田が千帆に手招きしてきた。瞬きを繰り返しながら、千帆は角田に近づくと、彼は扉のほうを指さした。
「誰か女性の人がのぞいてるんだけど」
千帆は首がもげそうな勢いで振り返る。
予想に反しないというべきか、扉の格子窓からのぞいていたのは母だった。その姿を見て、千帆は大げさなほど肩を上げて下ろし、息を吐いた。
「母です」
皆に聞こえるように言って、カウンターから出て扉を開ける。
「鍵は開いてるんだから、そんなところでのぞいてないで入ってきてよ」
肩をすくめて入ってくる母は紙袋を下げていた。
「ごめん。なんか楽しそうな雰囲気だったから観察してようと思って……」
千帆に続いてカウンターの中に入ってきた母が荷物を置いて、両手を体の前にそろえた。
「千帆の母です。いつも娘がお世話になりまして、ありがとうございます」
深々と頭を下げる母に、角田、那月、優美は立っておじぎをする。女子高生2人は座ったまま頭を下げようとしていたが、大人たちが立ったのを見て、慌てて立ち上がって頭を下げた。
千帆が大人3人にオレンジリキュール入りココアを、女子高生にミントたっぷりココアを出したところで、母が紙袋から焼き菓子を出してきた。
「趣味で焼いたものなんです。ココアと合うんじゃないかなって思って持ってきました。良かったら食べてください」
持ってきたのはレモンケーキだった。母が作るそれはレモン果汁とレモンの皮が入った酸味が効いた爽やかな味をしている。口に残るココアには合うかもしれない。
ただ今日は試飲会だ。ココアを味わってもらって率直な感想がほしい。
「あの、レモンケーキを食べるのはココアを半分以上飲んでからにしてもらえませんか。ココアの味の感想がほしいので……」
レモンケーキにかぶりつきそうになっていた女子高生が口を開いたまま、止まった。袋を開けかけていた優美の手も止まる。
千帆の隣で吹き出し笑いが聞こえた。
「ごめんなさい。私がケーキを出すタイミングを間違えたみたいで。持って帰ってもらっても大丈夫ですからね」
また店内に笑い声が響く。
千帆は母にもオレンジリキュール入りのココアを入れて手渡す。
試飲に来た5人も、それぞれココアを飲んだり、香ったり、スプーンで混ぜてから飲みなおしたり、思い思いに味わい始めた。
ココアの感想が飛び交い始めたとき、ドアベルが軽やかに鳴った。
「遅くなりました。千帆さん、ごめんなさい。今日は時間がなくて飲んだらすぐ出ます」
店に入って第一声、大きな声で叫んだのは取引先へ向かう途中の営業マンだった。角田たちや母に向かって、あいさつ代わりに何度も頭を下げて席についた。千帆はすぐにミントたっぷりココアを営業マンの前に置く。同時に母がレモンケーキを置いたのを見て、千帆はケーキの上に手をかざした。
「この焼き菓子は仕事が終わってから食べてくださいね。今はココアだけで」
営業マンが気を使って焼き菓子に手を出さないよう、ココアの試飲をメインにしてもらうよう、千帆は伝える。
「じゃ、私は『らぶち』にも試飲のココアを持って行ってくるね」
トレイにミントが飾られたココアを乗せると、母がレモンケーキを3つ乗せてきた。苦笑いしつつ、千帆はカウンターから出る。店の扉を開く前に振り返った。
「お急ぎでしょうから、ココアの感想は後日でいいですよ。次の商談も頑張ってくださいね」
営業マンに声をかけて、千帆は店を出た。
「今日は2種類をそれぞれ試飲していただこうと思ってるんです。1つはオレンジリキュールが入ったココア。こちらは成人した方とお仕事中じゃない方に味を見ていただいて。もう1つはミントの葉をたっぷり乗せた甘さ抑えめのココアです。ミントの方は、夏になったらアイスにしてもいいかな、と」
メニューを紹介すると、5人から感嘆の声が響く。そろってカウンターの中をのぞこうとしてくるので、千帆は思わず身を引いてしまう。
何かに気づいたように、那月が小さく声を上げた。
「ねえ、お仕事中じゃない人にココアのお酒を飲んでもらうって言ってたけど、お仕事中の人も試飲に来るの?」
もっともな質問だ。平日の15時すぎに仕事をしている人がカフェに入ってくるというのは考えにくいだろう。千帆はココアを準備する手を止めずに、那月を見た。
「はい。常連の営業マンさんが取引先から別の取引先に移動する通り道に、この店があるらしくて、今日も15時半ごろ寄れるっておっしゃってて。次の取引先へ行く前に、ここで甘いものを飲んで気持ちを高めてくださってるんです」
5人がそろって、「へえー」と声を漏らした。年齢も性別も違う5人が同じ反応をするのはおかしくて仕方がない。
「なので、その日によって滞在時間は違うんです。ココアを出したら勢いよく飲み干して出ていく日もあれば、ゆっくり書類を眺めながら飲んでいかれる日もあります」
「なるほどね~。私も営業先がこの近くなら、そうしたいわ」
那月が腹の底から絞り出すようにつぶやいた。千帆は火を止め、カウンターに背を向けて棚からカップを出す。
「あとは隣の『らぶち』の唯人さんと大地さん、いらっしゃったらバイトの方にも飲んでもらうんです。主婦3人組さんが、今日はお稽古ごとの日だそうで来ていただけなかったのは残念でした」
カップを手にして皆の方に向き直ると、角田が千帆に手招きしてきた。瞬きを繰り返しながら、千帆は角田に近づくと、彼は扉のほうを指さした。
「誰か女性の人がのぞいてるんだけど」
千帆は首がもげそうな勢いで振り返る。
予想に反しないというべきか、扉の格子窓からのぞいていたのは母だった。その姿を見て、千帆は大げさなほど肩を上げて下ろし、息を吐いた。
「母です」
皆に聞こえるように言って、カウンターから出て扉を開ける。
「鍵は開いてるんだから、そんなところでのぞいてないで入ってきてよ」
肩をすくめて入ってくる母は紙袋を下げていた。
「ごめん。なんか楽しそうな雰囲気だったから観察してようと思って……」
千帆に続いてカウンターの中に入ってきた母が荷物を置いて、両手を体の前にそろえた。
「千帆の母です。いつも娘がお世話になりまして、ありがとうございます」
深々と頭を下げる母に、角田、那月、優美は立っておじぎをする。女子高生2人は座ったまま頭を下げようとしていたが、大人たちが立ったのを見て、慌てて立ち上がって頭を下げた。
千帆が大人3人にオレンジリキュール入りココアを、女子高生にミントたっぷりココアを出したところで、母が紙袋から焼き菓子を出してきた。
「趣味で焼いたものなんです。ココアと合うんじゃないかなって思って持ってきました。良かったら食べてください」
持ってきたのはレモンケーキだった。母が作るそれはレモン果汁とレモンの皮が入った酸味が効いた爽やかな味をしている。口に残るココアには合うかもしれない。
ただ今日は試飲会だ。ココアを味わってもらって率直な感想がほしい。
「あの、レモンケーキを食べるのはココアを半分以上飲んでからにしてもらえませんか。ココアの味の感想がほしいので……」
レモンケーキにかぶりつきそうになっていた女子高生が口を開いたまま、止まった。袋を開けかけていた優美の手も止まる。
千帆の隣で吹き出し笑いが聞こえた。
「ごめんなさい。私がケーキを出すタイミングを間違えたみたいで。持って帰ってもらっても大丈夫ですからね」
また店内に笑い声が響く。
千帆は母にもオレンジリキュール入りのココアを入れて手渡す。
試飲に来た5人も、それぞれココアを飲んだり、香ったり、スプーンで混ぜてから飲みなおしたり、思い思いに味わい始めた。
ココアの感想が飛び交い始めたとき、ドアベルが軽やかに鳴った。
「遅くなりました。千帆さん、ごめんなさい。今日は時間がなくて飲んだらすぐ出ます」
店に入って第一声、大きな声で叫んだのは取引先へ向かう途中の営業マンだった。角田たちや母に向かって、あいさつ代わりに何度も頭を下げて席についた。千帆はすぐにミントたっぷりココアを営業マンの前に置く。同時に母がレモンケーキを置いたのを見て、千帆はケーキの上に手をかざした。
「この焼き菓子は仕事が終わってから食べてくださいね。今はココアだけで」
営業マンが気を使って焼き菓子に手を出さないよう、ココアの試飲をメインにしてもらうよう、千帆は伝える。
「じゃ、私は『らぶち』にも試飲のココアを持って行ってくるね」
トレイにミントが飾られたココアを乗せると、母がレモンケーキを3つ乗せてきた。苦笑いしつつ、千帆はカウンターから出る。店の扉を開く前に振り返った。
「お急ぎでしょうから、ココアの感想は後日でいいですよ。次の商談も頑張ってくださいね」
営業マンに声をかけて、千帆は店を出た。
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