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4話『逃げてきた唯人』

唯人の行動に自分を重ねる

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 千帆は窓がある扉のほうを見る。歩く人の姿も近くにあるはずの建物も舞う雪に覆われてほとんど見えない。景色と同じように心も何かに覆われたようでもやっている。

「真木さん、それって、その方に言われたんですか。絆されただけだとか、真木さんに遠慮して見合いを断るんだとか」

 少し口調が強くなる。唯人は力の入らない顔を横に振った。

「いえ、言われてないです。本当のことを言うと、彼には恋人として僕を親に紹介したいって言われていました」

 唯人の黒目がグレーに見えてくる。

「でも、怖かったんです。僕は自分の親に拒否されてしまったから」

 千帆は3切れ目のサンドイッチを口に入れ、スツールから腰を上げた。業務用冷蔵庫から牛乳を出し、鍋に入れて火をつける。唯人は吸いつくように千帆の動きを見ていた。

「親にはゲイだとカミングアウトしたわけじゃなくて、たまたま知られました。高校生の時に付き合っていた彼と腕を組んで歩いているところを見られたんです」

 唯人は両手で額を抑えてうつむく。そのせいで表情が見えなくなる。

「その後は思い出したくもない修羅場でした。当然、彼とは別れさせられましたし、精神科医のもとへ行かされました。同性を好きになるのは何か精神的な病気だと思ったようです。で、親から逃げるように、家から遠い大学に進学して一人暮らしを始めました。親とも疎遠です。それから誰にもゲイだとばれないように生きようと思いました」

 両肩が揺れた。漏れた声から察するに、自嘲したのかもしれない。

「でも、彼を好きになって告白してしまいましたけど。だから、彼の親がどんな人か知らないけれど、会って否定されたら僕は立ち直れないと思ったんです」

 吐き捨てるような唯人の声が2人しかいない店内に響き渡った。
 唯人は2杯目のホットココアを口にする。

「こんな大雪の日にすみませんでした。僕の一方的な身の上話を聞いてもらって」

 かろうじて千帆の耳に届く声でつぶやいた。普段のように他に客がいれば聞こえなかっただろう。ココアのカップをカウンターに置いて、唯人が千帆を見た。表情が緩んだように見えた。

「今まで誰にも話せなかったんです。この街に来て知り合いもいないし、誰にでも話せるような内容でもないし。でも、一人で抱えてるのがしんどくて、吐き出したくなって。千帆さんならまっすぐ聞いてくれそうな気がしたから」

 千帆は張りぼてのようになっていた表情を緩ませた。顔の筋肉が緩んで、力が抜ける。

「こんな雪の日で良かったです。開店休業状態でしたからね」

 大げさに肩をすくめた。席を立った唯人がジーパンのポケットから財布を取り出したのを見て、顔の前で両手を振った。

「お代はなしで。私は鯖サンドいただきましたし」

 唯人がうなずいて財布をポケットにしまった。少し顔を赤らめている。

「何の脈絡もなく、お恥ずかしい話を聞かせてしまって。でも、おかげでスッキリしました」

 千帆はどんな表情をするのが正解か迷う。

「私はただ聞いただけです。何か言えれば良いのかもしれませんが」

 カウンターに手をついて立つ唯人が小さく首を振る。

「正解なんてないでしょうし、アドバイスされても僕は受け付けないですよ。ただ話したことで、僕にとってはこれが正解だったんだって思えます」

 唯人は雪が風に舞い散る外へと出ていった。
 千帆は唯人が飲んだココアのカップをシンクへ置き、カウンターにアルコールスプレーを吹き付けた。

「一方的に別れを告げるなんて、本当に正解だったのかな」

 白く靄った外を見ながら、独り言をつぶやく。

「私も似たようなもんか」

 千帆に会社に就職するという安定した仕事について欲しかった父とは平行線のままだ。母は、千帆が店を出すことに表立って反対はしなかったけど、生活していけるのか不安に思っているとは言われた。
 実績のない状態で説得できるわけもなく、両親ときちんと話し合いすることを避けた。カフェでアルバイトを始める前に家を出てから約2年が経つ。今でも連絡はまったく取っていない。今、自分一人の生活は成り立たせてられているものの、この小さな店を見て父親が納得するとは思えない。

 外は雪が止み、歩く人の姿で風の強さが感じられた。
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