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3話『抱え込む竜真』
女子大生2人の感想を聞いて。
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竜真が声のボリュームを落とし、レイをにらんだ。
「人に頼らずに自分でやるから、自分の力になるんだよ」
先ほど言ったことと同じことを繰り返している。そんな竜真を見て、千帆は瞬きをした。
「それってさ、何でも自分でやらないと頑張りを人に認めてもらえないって思ってたりするのかな」
竜真が表情をゆがませる。それは図星だと言っているようだった。レイが呆れたような表情を見せる。
「そうそう、『俺は正しく評価してもらえてない』っていう愚痴もよく聞く」
黄色い歓声が上がった。何事かと女子大生のほうを見ると、ケーキを食べ終えた2人は携帯電話で何かを見ているようだった。千帆の視線に気づいた女子大生が2人そろって首をすくめた。千帆は口角を緩やかに上げて、気にしないでという気持ちを込めて、ゆっくりと首を横に振る。
顔を竜真のほうへと戻す。
「自分で何でもやって頑張ってるのに評価してもらえてないから、人と協力しあう人とか、人に頼る人に憤りを感じてるんだ」
店の外で自転車が急ブレーキをかける高い音がした。重なるように2つのブレーキ音が聞こえたので、ぶつかりかけたのかもしれない。店にいた全員が入り口のほうを見たけれど、それ以降、何の物音も声も聞こえてこなかった。何事もなかったのだろう。
店内は自然と元の会話に戻っていった。
外の大きな音に驚いていた竜真も、話に意識が戻ったのか完全にふてくされている。
「ああ、そうだよ。『よくやってくれてるのはわかるけど、もっと段取り良く仕事しろ』とか『うまく人を使うことを覚えろ』とか言われるんだよ。なんなら、人に仕事を振ってるヤツが評価されてたりするしな」
腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「人に寄りかかってるヤツが評価されるって何なんだよ」
レイが開いた口がふさがらないといった表情だ。
「だから、私が何度も言ってることじゃない。だいたいさ、係長も自分の仕事を竜真に頼んでんでしょ」
竜真はレイを恨めしそうに見た。店内に流れている昭和の歌謡曲は哀愁を感じさせる。少し暗めなメロディが竜真にマッチしている。
千帆は口を鼻に近づけるように持ち上げる。
「ならさ、一回、その評価されてるっていう人の真似してみたらどうなの」
竜真が不服だといわんばかりに口をとがらせる。頑固というより意固地になってるように見えて、千帆はあきれてしまう。
「だって、同じことやってても同じ文句しか出ないじゃない。一度、竜真とは対極にいる人の真似をしてみて、その人の行動の意味とか行動の結果に得られるものとか感じてみたらいいじゃない。それで、やっぱり自分のやり方が正しいって思えば戻せばいいだけでしょ」
女子大生が座る席のほうから物音が聞こえた。2人が席を立ってコートに腕を通している。
千帆は入り口のほうへ行き、レジの前に立つ。ほぼ同じタイミングで女子大生が来た。
「ごちそうさまでした。1軒のお店で2軒のメニューを楽しめるってお得ですね。らぶちの店長さんに、ケーキ美味しかったですって伝えててください」
「今度は、ビターココアに生クリームのケーキを注文してみようかな。楽しみ」
彼女たちはお釣りを受け取りながら、弾んだ声で次に来店した時のメニューを話している。楽しそうな2人の様子に千帆まで顔がほころんだ。
「ありがとうございました」
店内の客はレイと竜真だけになった。温かなだけだった空間はしまりのない緩さも充満させる。
千帆は自分も入れて3人分のココアを作る。試作中のもののひとつで、ホットココアに生クリームを乗せてストロベリーソースをかけた。
「新メニューにしようかと思ってて。飲んだ感想をあとで教えて」
レイと竜真の前に差し出し、飲み終えていたココアのカップを退ける。
「新メニュー、いろいろ考えててその中には人に試飲してもらうまでもなく王道の組み合わせだろっていうのもあるんだけど、今度、常連さんたちに試飲してもらおうと思ってるんだ。この店、私一人でやってるからさ、いろんな意見をもらわないと不安で。一人でできることもあるけど、何人もの意見を聞くって必要だなって思ってる」
自分用に入れたココアを一口飲む。ストロベリーソースが甘めで、生クリームも甘い。ココアは甘さを控えているとはいえ、甘いのオンパレードになっている。千帆は思わず顔をしかめた。レイが千帆をみて笑っている。
「甘々だね。私は好きだよ。でも他の人はどうかなって感じ。ソースを酸味の強いものにしたらどうなんだろね」
竜真は試作のココアをじっと見つめている。
「好みは人によって違うし、自分一人で作ってたら自分の好みに偏るよな。ココア」
千帆とレイが目を合
わせて瞬きをし、竜真の顔をのぞきこんだ。2人から同時に見られて、竜真は体を引いた。
「なんだよ」
「いや、なんか急にしおらしくなったなって。ねえ、千帆」
レイの言葉に千帆は大きくうなずく。そんな2人を竜真はにらむように見る。
ふてくされているようにも見える。
「さっきの女子大生が、1軒で2軒分楽しめるって喜んでただろ。この店でスイーツを出してたら、そんな感想はでないもんな。ココアも、自分一人で試作してたら王道や自分好みのメニューはできるけど偏るってことだし。どっちの話も幅は広がらないっていうことだよな」
竜真は試飲として出したココアを一口飲んで、顔をしかめる。
「さっき千帆が言った、人に寄りかかってるヤツの真似、いっぺんしてみるよ」
試飲のココアを飲み終えた3人はそろってコップ一杯の水を飲み干した。
千帆は空になった全員のコップに水を注ぐ。
「これは甘すぎだね。甘いの好きなレイでも水を欲するって駄目だね」
店内に3人の笑い声が響いた。
「人に頼らずに自分でやるから、自分の力になるんだよ」
先ほど言ったことと同じことを繰り返している。そんな竜真を見て、千帆は瞬きをした。
「それってさ、何でも自分でやらないと頑張りを人に認めてもらえないって思ってたりするのかな」
竜真が表情をゆがませる。それは図星だと言っているようだった。レイが呆れたような表情を見せる。
「そうそう、『俺は正しく評価してもらえてない』っていう愚痴もよく聞く」
黄色い歓声が上がった。何事かと女子大生のほうを見ると、ケーキを食べ終えた2人は携帯電話で何かを見ているようだった。千帆の視線に気づいた女子大生が2人そろって首をすくめた。千帆は口角を緩やかに上げて、気にしないでという気持ちを込めて、ゆっくりと首を横に振る。
顔を竜真のほうへと戻す。
「自分で何でもやって頑張ってるのに評価してもらえてないから、人と協力しあう人とか、人に頼る人に憤りを感じてるんだ」
店の外で自転車が急ブレーキをかける高い音がした。重なるように2つのブレーキ音が聞こえたので、ぶつかりかけたのかもしれない。店にいた全員が入り口のほうを見たけれど、それ以降、何の物音も声も聞こえてこなかった。何事もなかったのだろう。
店内は自然と元の会話に戻っていった。
外の大きな音に驚いていた竜真も、話に意識が戻ったのか完全にふてくされている。
「ああ、そうだよ。『よくやってくれてるのはわかるけど、もっと段取り良く仕事しろ』とか『うまく人を使うことを覚えろ』とか言われるんだよ。なんなら、人に仕事を振ってるヤツが評価されてたりするしな」
腕を組んで眉間にシワを寄せた。
「人に寄りかかってるヤツが評価されるって何なんだよ」
レイが開いた口がふさがらないといった表情だ。
「だから、私が何度も言ってることじゃない。だいたいさ、係長も自分の仕事を竜真に頼んでんでしょ」
竜真はレイを恨めしそうに見た。店内に流れている昭和の歌謡曲は哀愁を感じさせる。少し暗めなメロディが竜真にマッチしている。
千帆は口を鼻に近づけるように持ち上げる。
「ならさ、一回、その評価されてるっていう人の真似してみたらどうなの」
竜真が不服だといわんばかりに口をとがらせる。頑固というより意固地になってるように見えて、千帆はあきれてしまう。
「だって、同じことやってても同じ文句しか出ないじゃない。一度、竜真とは対極にいる人の真似をしてみて、その人の行動の意味とか行動の結果に得られるものとか感じてみたらいいじゃない。それで、やっぱり自分のやり方が正しいって思えば戻せばいいだけでしょ」
女子大生が座る席のほうから物音が聞こえた。2人が席を立ってコートに腕を通している。
千帆は入り口のほうへ行き、レジの前に立つ。ほぼ同じタイミングで女子大生が来た。
「ごちそうさまでした。1軒のお店で2軒のメニューを楽しめるってお得ですね。らぶちの店長さんに、ケーキ美味しかったですって伝えててください」
「今度は、ビターココアに生クリームのケーキを注文してみようかな。楽しみ」
彼女たちはお釣りを受け取りながら、弾んだ声で次に来店した時のメニューを話している。楽しそうな2人の様子に千帆まで顔がほころんだ。
「ありがとうございました」
店内の客はレイと竜真だけになった。温かなだけだった空間はしまりのない緩さも充満させる。
千帆は自分も入れて3人分のココアを作る。試作中のもののひとつで、ホットココアに生クリームを乗せてストロベリーソースをかけた。
「新メニューにしようかと思ってて。飲んだ感想をあとで教えて」
レイと竜真の前に差し出し、飲み終えていたココアのカップを退ける。
「新メニュー、いろいろ考えててその中には人に試飲してもらうまでもなく王道の組み合わせだろっていうのもあるんだけど、今度、常連さんたちに試飲してもらおうと思ってるんだ。この店、私一人でやってるからさ、いろんな意見をもらわないと不安で。一人でできることもあるけど、何人もの意見を聞くって必要だなって思ってる」
自分用に入れたココアを一口飲む。ストロベリーソースが甘めで、生クリームも甘い。ココアは甘さを控えているとはいえ、甘いのオンパレードになっている。千帆は思わず顔をしかめた。レイが千帆をみて笑っている。
「甘々だね。私は好きだよ。でも他の人はどうかなって感じ。ソースを酸味の強いものにしたらどうなんだろね」
竜真は試作のココアをじっと見つめている。
「好みは人によって違うし、自分一人で作ってたら自分の好みに偏るよな。ココア」
千帆とレイが目を合
わせて瞬きをし、竜真の顔をのぞきこんだ。2人から同時に見られて、竜真は体を引いた。
「なんだよ」
「いや、なんか急にしおらしくなったなって。ねえ、千帆」
レイの言葉に千帆は大きくうなずく。そんな2人を竜真はにらむように見る。
ふてくされているようにも見える。
「さっきの女子大生が、1軒で2軒分楽しめるって喜んでただろ。この店でスイーツを出してたら、そんな感想はでないもんな。ココアも、自分一人で試作してたら王道や自分好みのメニューはできるけど偏るってことだし。どっちの話も幅は広がらないっていうことだよな」
竜真は試飲として出したココアを一口飲んで、顔をしかめる。
「さっき千帆が言った、人に寄りかかってるヤツの真似、いっぺんしてみるよ」
試飲のココアを飲み終えた3人はそろってコップ一杯の水を飲み干した。
千帆は空になった全員のコップに水を注ぐ。
「これは甘すぎだね。甘いの好きなレイでも水を欲するって駄目だね」
店内に3人の笑い声が響いた。
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