真実は胸に秘める

高羽志雨

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四話『忘れ物を貸し出す中学生』

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 セーラー服のスカートをなびかせて走ってくる。
 保育園からの腐れ縁、和香だ。

「芽依ちゃん。体操服、貸して」

 小学生三年生のころからだろうか。和香は忘れ物をすると、私に借りに来るようになった。今では、自分で持ってくるという行為を放棄しているような気がするのは思い過ごしだろうか。

「いいけど、私、その次の時間が体育なんだ。すぐ返しに来てよ」

「はいはい、クラスの中で一番に着替えてすぐ返しに来るよ」

 似たようなやりとりを続けて、もう7年だ。当然、体操服だけの話ではない。書道道具、家庭科用品など教科書やノート、文房具以外のもの全般だ。

 和香の行動は目に見えている。どうせすぐに返しに来ることなんてない。

 芽衣は自分の机の横に引っ掛けた、体操服が入った巾着袋を見る。これが芽衣のものだ。
 和香に渡しているのは、そもそも和香の体操服。和香があまりにも何度も忘れてくるので、幼馴染であることを利用して、芽衣は和香の母に直接交渉して、あらゆる学用品を預かることにしたのだ。もちろん、体操服以外は自分の家の部屋に置いてあり、補充用として使わせてもらっている。

 予想通りというべきか、和香が体操服を返しに来たのは昼休みだった。

「ごめん、遅くなって。芽衣ちゃん、体操服なくて授業受けれなかったんじゃない?」

 こういうときは何も言わないのが、私の鉄則だ。ただ、ゆっくりと口角を上げて、少し伏し目がちにする。

 廊下側に席がある私に、窓から体操服が入った大きめの巾着袋を押しつけるように渡してきた和香は、視線を私の後ろの方へやり、首を傾けて口角を上げた。愛想を振りまいているのだろう。

 その後ろ姿が隣の隣のクラスに入ったのを見届ける。私は和香が見たであろう、私の背後を振り返った。あわててクラスメイトが顔を背けたように見える。

 さて、彼女たちはどんな思いを持っているのだろうか。1年の時は秋ごろ、2年の時は夏休み前、クラスメイトの女子が遠慮がちに私に話しかけてきた。

「和香に都合よくつかわれて断れないなら、代わりに言ってあげるよ」、と。

 でも、私は断った。

「保育園のころに彼女に大きな借りがあるから、いいの。それに、みんなは和香に貸さないでね。貸したら返ってこないから」

 クラスメイトの表情は、芽衣のも返ってこないでしょと言いたげだったけれど、表情とジェスチャーで大丈夫と返した。それ以降、誰も和香と芽衣のことには触れてこない。

 そんな日々を繰り返して迎えた卒業式の帰り道。
 別々の高校に進学することになった私と和香は、一緒に過ごした中学校生活を名残惜しむように並んで歩く。

 温かさと冷たさが同居する風が舞う。
 私は和香の顔をのぞきこんだ。

「ねえ、高校に入ったら忘れ物しちゃダメよ。もう私は貸せないんだから」

「大丈夫よ。高校は高校で友だちに借りるから」

 得意げな顔で話す和香を見つめて、私は心の中でほくそ笑む。

 誰が貸してくれるというのだろう。同じ中学から和香と同じ高校に行く同級生は、物を借りてもすぐに返しに来ない和香のことを知っているというのに。

 案の定というべきか、高校に通い始めて1ヶ月と経たないうちに和香の噂が風に乗って届いた。

 和香が忘れ物をすると、初めは学校の備品を貸し出していた教師も、共有で使えそうなものは一緒に使ってくれていたクラスメイトもあまりの忘れ物の多さに辟易して、誰も相手にしなくなっているそうだ。そうなっても、教科書とノートなどの文房具以外持っていく習慣のない和香は忘れ物をし続け、しょっちゅうのように親は学校に呼び出されるようになっているらしい。

 新緑がまぶしい葉桜を見上げた。

 私は和香に大きな借りがあった。

 保育園の年少クラスのときのことだ。その日、お腹を壊していたらしい和香がトイレの個室に入る前に大のほうを漏らした。慌ててズボンとパンツを脱いだ和香が、近くにいた私のズボンとパンツを無理やり脱がせて交換させた。おかげで園児の間では私が漏らして、和香が助けたという風に広がった。
 保育士は正しく認識していたけれど、園児たちには一度思い込んだ状況の認識を変えることは難しかったらしい。しばらく保育士のいないところで「お漏らし芽衣」とからかわれた。和香は誤解を解こうとせず、私を庇うことで自分の恥を隠して、自然と私になすりつけていたのだ。

 三歳のころの話とはいえ、濡れ衣を着せられ辱められたことは忘れるわけがない。

 長い期間をかけた復讐がやっと終わった。
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