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8.過去の吐露(1)

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 太陽に暖められた空気がまだ心地よい屋上のコンクリートの上に蓮と大輝が並んであぐらを組んでいる。その背中側で千紗は悠里の隣に横座りをする。

「どうしたら嫉妬されずにすむんだろうね」

 膝の上に置いたお弁当箱から唐揚げを掴んで1個丸ごと口に入れ、首を後ろに回す。
 大輝が蓮の携帯電話をのぞきながら、サンドイッチを口に放り込んでいた。千紗が発した声は大輝には届いていないらしい。

 行き場のない怒りをぶつけるように唐揚げをかみつぶす。
 ストレートの長い黒髪が風になびいて、視界に割り込んできた。その長い髪を手で押さえた悠里がのぞきこむように首をかしげる。

「何かあった」

 悠里の視線がまっすぐ貫いてくる。ごまかしなんて通用しない。そう言っているようだ。
 千紗は二本の箸で玉子焼きを刺した。
 
 休み時間にトイレで相田たち3人に大輝のことで詰め寄られたことを話す。自分は頼まれたからノートを貸しただけで、大輝に積極的にかかわろうとしてないのに、どうしてこうなるのかわからない。

 玉子焼きにかぶりついた。苛立ちが食べ方をがさつにする。
 悠里が千紗の髪に手を伸ばしてきた。

「思い出して怖い?」

 高校1年のとき、髪にガムを塗りつけられたことを言っているんだろう。
 目を細めて千紗の髪を撫でる悠里を見つめ返す。

「怖いんじゃない。ううん、あの人のことは、ずっと怖いと思ってた」

 1年半前、ガムを塗りつけてきた彼女は怒り狂っていたわけじゃなかった。初めは睨んで凄んでいたけれど、髪に触られてたときは怖いくらいに穏やかだった。あれは怒りというより深い悲しみを携えていたように思う。

 目の前に浮かんだ彼女の顔をどこかへ飛ばしたくて、頭を横に振った。

「あのときも、今も誰かを傷つけたくてした行動じゃない。誰かがイヤな思いするかもしれない行動を自分が起こしたわけじゃない」

 床のコンクリートが目に映る。
 前面に出ていた怒りが、自分への憤りに変わっていくようだ。

 苦しさを抑えるように制服のシャツとネクタイをまとめてつかんだ。髪を撫でる手をたどって顔を上げる。
 悠里は悲しそうな目をしている。千紗の目の端に、体をねじってこっちを向いているらしい蓮と大輝の姿が映った。
 
 運動場や校舎の中から響く生徒たちの声が響く。
 大輝が少し横に体を傾けて、千紗の顔を正面から見てきた。

「何か嫌なことでもあったのか」

 千紗は正直に答えた方がいいのか迷って、悠里の顔を見る。彼女は優しい顔でうなずいて、蓮に目線を送った。千紗もつられて視線を移す。蓮は口元に手を当て、少し考えるようなしぐさをした。

「千紗ちゃんが話したくないなら話さなくてもいい。でも、大輝って女子に人気だろ。席前後だし、俺ら一緒に行動することも多いだろうし、知っててもらったほうがいいかも。あんまり詳しい話を俺も知らないから無責任かもしれないけど」

 穏やかな話し方は千紗を安心させた。千紗は息を吸い込む。

 休み時間に相田たちに言われたことから話し出す。そして、高校1年の時、付き合っていた大学生には本命の彼女がいて、その彼女に待ち伏せされて、罵られ、凄まれ、髪にガムを塗りつけられたことを思い出していたと、千紗は他人事のように淡々と言葉にした。
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