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1話『天然熟女は超マイペース』
留以子が企む
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布巾を洗い終えると帰るだろうと思っていた留以子は、店のカウンター席に座っている。普段はスツールが高くて座りにくいと文句を言うくせに、珍しいこともあるものだ。
目の前にはホットコーヒーのカップを置き、黒光りする波を見つめている。息子の店とはいえ、開店後に飲食するものはきちんと代金を払うつもりらしい。
「ちゃんと正規の価格を請求するんやで。家族割とかいらんからな」
注文するときに、そう言ってきた。
ずるいことをするのは嫌いや。
聡が幼いころから聞かされていた留以子の口癖の一つだ。
息子の店ではコーヒーくらい無料で飲んでもずるくはないと思うのだけれど、堅苦しいほど筋を通すのが留以子だ。
だからこそ、好美の自分都合にしか見えない行動が許せないのかもしれない。
ドアベルが鳴った。
スーツを着た男性が2人、入ってきた。姿勢よく胸を張った男性が壁側にある4人掛けテーブルへと歩き出した。もう一人が、背を丸めて後ろをついていく。そちらは風が吹いたら飛んでいきそうな男子大学生といった雰囲気だ。
聡は銀の丸いトレイに水が入ったコップを2つ乗せ、男性たちのテーブルへ向かう。
スーツの男性2人は商店街に入っているどこかの店に営業に行く前らしい。大学生風の男性は初営業なのか、上司風の男性にレクチャーを受けている。直前の最終確認だろう。
他の客が座っている席から離れた場所を選んだのはそのせいかもしれない。
聡はコップを置き、注文を聞いた。
軽く礼をしてカウンターに戻ろうと振り返ると、留以子がスツールから滑り落ちるように下りていた。
留以子の後姿を目で追う。
彼女は店から出ていった。
ガラス窓越しに見ていると、斜め向かいにある八百屋に行った。野菜を買うつもりなのか、店先を右へ左へ移動している。
聡が見ているガラス窓の近くには年配のご夫婦が座っている。監視していると勘違いされては困る。
聡は視線を外した。ケトルに水を入れ、火にかける。コーヒー豆を容器から出し、2人分の豆を挽き始めた。
視線を窓の方へやると、数人の客がいた八百屋は留以子をのぞいて1人になっていた。その客に畑山が緑色の葉が飛び出したビニール袋を渡し、何かを受け取っている。たぶん野菜の代金だろう。
視線を手元に戻して、コーヒーをドリップする。湿気た粉から心を落ち着かせられるような香ばしい香りが立ち上ってくる。
トレイにコーヒーが入った2つのカップを乗せ、カウンターを出る。自然にみえるように装って、八百屋が見えるガラス窓へと視線を向ける。
客が途絶えて一人になった畑山に留以子が話しかけていた。畑山は野菜を並べ替えながら、受け答えしているようだった。
聡がコーヒーをサラリーマン2人に出し、再びカウンターに戻ったとき、留以子も店に戻ってきた。
ドアを入ってきてすぐ、鼻息が聞こえてきた気がした。
八百屋の畑山と期待に沿った会話ができたのだろうか。その割には眉間にしわが寄っている。
留以子は踏ん張る声を上げながら、スツールに座った。
「なあ、ハルエさんとか文乃さんは、今日は来えへんのか?」
「今日は木曜日か。じゃあ、ランチ食べに来るはずだよ」
「そうか。ほな、私もここで昼、食べよ」
留以子はカウンターテーブルの端に立ててあるランチメニュー表を手に取った。
「それにしても来週水曜まで待たんとあかんって。いらちな私には拷問やな」
自分の独り言が大きいのは母親譲りだな。聡は一人納得した。
いらちっていうのは、短気という意味に近い。何を来週水曜日まで待たないといけないのだろうか。
気になって聞こうとするも、早めのランチを求める人たちが次々と入ってくるのを目にし、接客に力を注がざるを得なくなった。
慌ただしく動き出した聡を、留以子は両腕をカウンターテーブルに乗せて見ていた。
おもむろにスツールごと体を回転させて、店内を見回した。
「忙しそうに動いてるけどな。4人掛け席に多くて2人、下手したら1人、カウンターは1席飛ばしで座ってる。埋まってるように見えるけど、空いてんで」
嫌味を言うなら帰ってほしい。
右手で握りこぶしを作り、唇を真一文字に結んだ聡は、自分自身がコメディドラマの一役に感じられた。
目の前にはホットコーヒーのカップを置き、黒光りする波を見つめている。息子の店とはいえ、開店後に飲食するものはきちんと代金を払うつもりらしい。
「ちゃんと正規の価格を請求するんやで。家族割とかいらんからな」
注文するときに、そう言ってきた。
ずるいことをするのは嫌いや。
聡が幼いころから聞かされていた留以子の口癖の一つだ。
息子の店ではコーヒーくらい無料で飲んでもずるくはないと思うのだけれど、堅苦しいほど筋を通すのが留以子だ。
だからこそ、好美の自分都合にしか見えない行動が許せないのかもしれない。
ドアベルが鳴った。
スーツを着た男性が2人、入ってきた。姿勢よく胸を張った男性が壁側にある4人掛けテーブルへと歩き出した。もう一人が、背を丸めて後ろをついていく。そちらは風が吹いたら飛んでいきそうな男子大学生といった雰囲気だ。
聡は銀の丸いトレイに水が入ったコップを2つ乗せ、男性たちのテーブルへ向かう。
スーツの男性2人は商店街に入っているどこかの店に営業に行く前らしい。大学生風の男性は初営業なのか、上司風の男性にレクチャーを受けている。直前の最終確認だろう。
他の客が座っている席から離れた場所を選んだのはそのせいかもしれない。
聡はコップを置き、注文を聞いた。
軽く礼をしてカウンターに戻ろうと振り返ると、留以子がスツールから滑り落ちるように下りていた。
留以子の後姿を目で追う。
彼女は店から出ていった。
ガラス窓越しに見ていると、斜め向かいにある八百屋に行った。野菜を買うつもりなのか、店先を右へ左へ移動している。
聡が見ているガラス窓の近くには年配のご夫婦が座っている。監視していると勘違いされては困る。
聡は視線を外した。ケトルに水を入れ、火にかける。コーヒー豆を容器から出し、2人分の豆を挽き始めた。
視線を窓の方へやると、数人の客がいた八百屋は留以子をのぞいて1人になっていた。その客に畑山が緑色の葉が飛び出したビニール袋を渡し、何かを受け取っている。たぶん野菜の代金だろう。
視線を手元に戻して、コーヒーをドリップする。湿気た粉から心を落ち着かせられるような香ばしい香りが立ち上ってくる。
トレイにコーヒーが入った2つのカップを乗せ、カウンターを出る。自然にみえるように装って、八百屋が見えるガラス窓へと視線を向ける。
客が途絶えて一人になった畑山に留以子が話しかけていた。畑山は野菜を並べ替えながら、受け答えしているようだった。
聡がコーヒーをサラリーマン2人に出し、再びカウンターに戻ったとき、留以子も店に戻ってきた。
ドアを入ってきてすぐ、鼻息が聞こえてきた気がした。
八百屋の畑山と期待に沿った会話ができたのだろうか。その割には眉間にしわが寄っている。
留以子は踏ん張る声を上げながら、スツールに座った。
「なあ、ハルエさんとか文乃さんは、今日は来えへんのか?」
「今日は木曜日か。じゃあ、ランチ食べに来るはずだよ」
「そうか。ほな、私もここで昼、食べよ」
留以子はカウンターテーブルの端に立ててあるランチメニュー表を手に取った。
「それにしても来週水曜まで待たんとあかんって。いらちな私には拷問やな」
自分の独り言が大きいのは母親譲りだな。聡は一人納得した。
いらちっていうのは、短気という意味に近い。何を来週水曜日まで待たないといけないのだろうか。
気になって聞こうとするも、早めのランチを求める人たちが次々と入ってくるのを目にし、接客に力を注がざるを得なくなった。
慌ただしく動き出した聡を、留以子は両腕をカウンターテーブルに乗せて見ていた。
おもむろにスツールごと体を回転させて、店内を見回した。
「忙しそうに動いてるけどな。4人掛け席に多くて2人、下手したら1人、カウンターは1席飛ばしで座ってる。埋まってるように見えるけど、空いてんで」
嫌味を言うなら帰ってほしい。
右手で握りこぶしを作り、唇を真一文字に結んだ聡は、自分自身がコメディドラマの一役に感じられた。
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