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1話『天然熟女は超マイペース』
留以子の愚痴を聞く
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パイプ椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。やせ細った体をしているけれど、エネルギーにあふれた体は頑丈にできているらしい。タイル張りの床を老女がダンダンっと踏みしめている。
「今日は地域の公民館でやってる子育て支援活動でサポーター募集してたから、その説明を聞きに行ってきてん」
聡は手に持っていたコーヒー豆の袋を落としそうになる。
この人は子育て支援のサポーターになる気なのか。
母親たちよりも、まだしゃべることもできない赤ん坊と本気でケンカしそうな気がする。
聞きたいこと、言いたいことはあるものの、聡は口に出すのを踏みとどまり、コーヒー豆の袋を開けて、保管容器に移し始める。
留以子は興奮を静めようとしているのか、水を飲んで一息も二息もついている。
道理で、次の言葉がなかなか聞こえてこないわけだ。
「ほんで、担当の人と9時に約束してたんやけどな。9時少し前に行ったら、その人が電話しとって。いうても、すぐ終わるやろって思って待っとったんや。せやのに、9時過ぎても終わらん、というより、担当の人は話を切り上げようとしてるねんけど、相手がずっとしゃべり続けるらしくて、電話を切られへんみたいやってん」
普段から話すのが早いけれど、怒りで興奮気味のせいで、しっかり聞かないと聞き逃してしまうほど早口になっている。
水を飲んで興奮を抑えたんじゃないのかってツッコみたくなるが、その程度で興奮が治まるような気質ではないことは、息子としては重々承知の上だ。
「でな、私を待たせてることが気になってしゃあない担当の人が「9時にお約束の方を待たせているので、後ほど電話します」って言わはったんやけど、相手はしゃべり続けるみたいでな。さすがに強引に電話をぶち切るわけにいかんから。「あの」「だから」って何度も言い続けて、9時10分ごろにやっと電話が終わってん」
その電話の相手が大藤好美ということだろう。
早口でまくし立てる割に、順序だてて話すせいで、何とも言えない苛立ちを誘われる。
聡は黒いエプロンを身に着け、腰の上で紐をリボン結びにする。
「テーブル拭いて、看板、出してくる」
2枚ある布巾のうち1枚を手にして、カウンターの内側から厨房兼控室へ声をかけると、留以子が椅子から立ち上がった。
「そうか。でな」
自分の話をするためについてくるらしい。
手にはカウンターの中のシンクにかけていた、もう1枚布巾を手にしている。
テーブル拭きを手伝ってくれるようだ。
「わかってると思うけど、その電話の相手が好美さんやってん」
留以子は、テーブルの塗装がはげるんじゃないかと心配してしまうほど激しく手を往復させている。
「で、子育て支援の担当の人に言うたんや。「電話、長かったですな」って。ほなな、「おおふじ、あっ、いえ。あの方、のんびりした口調なんですけど、こちらの話を聞かずにとめどなく話されるんですよ。要件が終わってるのに、同じことリピートしたり、急ぎでもない世間話を続けたりされるから、お客さんを待たせてるんでって言っても、はいはいって言って、また話が続くんで、毎回、どうやって話を終わらせようかと頭を悩ませてます」やってさ」
聡は位置がずれていた椅子を整えて、次のテーブルへと移動する。
「その公民館の人、本当なら名前を言ったり、市民に対する愚痴に聞こえるようなことはいわないだろうに、かなり普段から困ってる感じだな」
「そうやねん。表情とか口調から、めっちゃ困ってんやろなって感じやったわ。でも、ほんま、好美さんには一回わからせなあかんな」
テーブルを拭き終えた留以子は布巾ごと手を腰に当てている。前かがみになっていた腰を伸ばしただけでポキッという空耳が聞こえた気がする。
聡は使用済みの布巾を持った手を留以子のほうへ伸ばす。
「シンクのところに置いといて。看板、出してくる」
何をどう好美にわからせるつもりか。地域に顔がきく舅に告げ口でもするつもりか。
それなら、嫁をかばう可能性があるらしいぞ。
30分ほど前、畑山に言われたことを心の中でつぶやく。
看板を出し終えて店に戻ると、留以子が布巾を水で手洗いしながら視線を宙にさまよわせていた。
彼女が脳みそをフル回転しているときの状態だ。
聡は後頭部をかく。
留以子が自分の価値観を押し通そうとして周りともめるのは勘弁してほしい。
でも、今回に限っては、困っている人を何人も目の当たりにしているせいか、突っ走ってほしい気持ちが勝っているようだ。
片方の口角を持ち上げて、水を出しっぱなしにしている留以子を見た。
「今日は地域の公民館でやってる子育て支援活動でサポーター募集してたから、その説明を聞きに行ってきてん」
聡は手に持っていたコーヒー豆の袋を落としそうになる。
この人は子育て支援のサポーターになる気なのか。
母親たちよりも、まだしゃべることもできない赤ん坊と本気でケンカしそうな気がする。
聞きたいこと、言いたいことはあるものの、聡は口に出すのを踏みとどまり、コーヒー豆の袋を開けて、保管容器に移し始める。
留以子は興奮を静めようとしているのか、水を飲んで一息も二息もついている。
道理で、次の言葉がなかなか聞こえてこないわけだ。
「ほんで、担当の人と9時に約束してたんやけどな。9時少し前に行ったら、その人が電話しとって。いうても、すぐ終わるやろって思って待っとったんや。せやのに、9時過ぎても終わらん、というより、担当の人は話を切り上げようとしてるねんけど、相手がずっとしゃべり続けるらしくて、電話を切られへんみたいやってん」
普段から話すのが早いけれど、怒りで興奮気味のせいで、しっかり聞かないと聞き逃してしまうほど早口になっている。
水を飲んで興奮を抑えたんじゃないのかってツッコみたくなるが、その程度で興奮が治まるような気質ではないことは、息子としては重々承知の上だ。
「でな、私を待たせてることが気になってしゃあない担当の人が「9時にお約束の方を待たせているので、後ほど電話します」って言わはったんやけど、相手はしゃべり続けるみたいでな。さすがに強引に電話をぶち切るわけにいかんから。「あの」「だから」って何度も言い続けて、9時10分ごろにやっと電話が終わってん」
その電話の相手が大藤好美ということだろう。
早口でまくし立てる割に、順序だてて話すせいで、何とも言えない苛立ちを誘われる。
聡は黒いエプロンを身に着け、腰の上で紐をリボン結びにする。
「テーブル拭いて、看板、出してくる」
2枚ある布巾のうち1枚を手にして、カウンターの内側から厨房兼控室へ声をかけると、留以子が椅子から立ち上がった。
「そうか。でな」
自分の話をするためについてくるらしい。
手にはカウンターの中のシンクにかけていた、もう1枚布巾を手にしている。
テーブル拭きを手伝ってくれるようだ。
「わかってると思うけど、その電話の相手が好美さんやってん」
留以子は、テーブルの塗装がはげるんじゃないかと心配してしまうほど激しく手を往復させている。
「で、子育て支援の担当の人に言うたんや。「電話、長かったですな」って。ほなな、「おおふじ、あっ、いえ。あの方、のんびりした口調なんですけど、こちらの話を聞かずにとめどなく話されるんですよ。要件が終わってるのに、同じことリピートしたり、急ぎでもない世間話を続けたりされるから、お客さんを待たせてるんでって言っても、はいはいって言って、また話が続くんで、毎回、どうやって話を終わらせようかと頭を悩ませてます」やってさ」
聡は位置がずれていた椅子を整えて、次のテーブルへと移動する。
「その公民館の人、本当なら名前を言ったり、市民に対する愚痴に聞こえるようなことはいわないだろうに、かなり普段から困ってる感じだな」
「そうやねん。表情とか口調から、めっちゃ困ってんやろなって感じやったわ。でも、ほんま、好美さんには一回わからせなあかんな」
テーブルを拭き終えた留以子は布巾ごと手を腰に当てている。前かがみになっていた腰を伸ばしただけでポキッという空耳が聞こえた気がする。
聡は使用済みの布巾を持った手を留以子のほうへ伸ばす。
「シンクのところに置いといて。看板、出してくる」
何をどう好美にわからせるつもりか。地域に顔がきく舅に告げ口でもするつもりか。
それなら、嫁をかばう可能性があるらしいぞ。
30分ほど前、畑山に言われたことを心の中でつぶやく。
看板を出し終えて店に戻ると、留以子が布巾を水で手洗いしながら視線を宙にさまよわせていた。
彼女が脳みそをフル回転しているときの状態だ。
聡は後頭部をかく。
留以子が自分の価値観を押し通そうとして周りともめるのは勘弁してほしい。
でも、今回に限っては、困っている人を何人も目の当たりにしているせいか、突っ走ってほしい気持ちが勝っているようだ。
片方の口角を持ち上げて、水を出しっぱなしにしている留以子を見た。
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