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1話『天然熟女は超マイペース』
おっとり夫人の正体
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おっとりした話し方の好美は上品な奥様というのが第一印象で、誰もが好意的に接する。ただ話が長いなと思うことがしばしばあって、買い物中にレジで順番待ちをしている人がいるにもかかわらず、好美と店員が話し込んでいることも少なくない。最初は、好美はマイペースな人なんだと思っていたし、話を切り上げて待っている人に声をかけない店員に、文乃は不満を感じていたらしい。
ところが、美容院で好美と店員の話を耳にすることがあって印象が変わったらしい。
「美容院って、たいてい予約制でしょ。客の髪を切れる人は一部の店員だけで、見習いみたいな人は髪を洗ったり、
パーマそとか染める手伝いをしたりするくらいしかできないから」
息をついた文乃の話に、聡は相槌を打つ代わりに言葉をつないだ。
「客を待たせないでカットしたりパーマしたりできるように、スケジュール組んで予約を取ってるんですよね」
同意を求めるように文乃の顔を見ると、横目で八百屋の方を見てうなずいた。
「ええ。だから前もって、その日はカットするか、パーマもするか、染めるのか決めておくのよね。客側も。たまには、当日予約なしでやってきて、カットをお願いするときもあるけど。それでも予約でいっぱいって断られたら諦めるものよ、普通は」
文乃は最後の言葉に力を入れた後、脱力している。
止まることなく話したからだろうか。いや、そんな程度で疲れる人じゃない。
ゆがんだ表情から察するに、呆れているといったところか。
文乃が水の入ったコップに手を伸ばす。コーヒーが飲み干されているのを見て、聡は腰を少し上げた。
「コーヒー、お代わり入れますね。あ、お代は入りませんから」
立ってカウンターに体を向けた聡のエプロンが引っ張られる。案の定というべきか、文乃がエプロンをつかんでいた。
「もうコーヒーはいいわよ。お水で十分。ありがとうね」
口調や表情から遠慮しているわけではなさそうなのを読み取って、聡は再び椅子に腰を下ろした。
店側が断る正当な理由がある場合、ゴリ押しする客はほぼいない。強引に自分の都合を押しつけてくる人はいることはいるけれど、たいてい声が大きくて、見るからに品がない感じがする人ばかりだ。好美はそういうタイプとは真逆な気がする。
文乃が水を飲むのを待つ。一息つけたらしく、はっと息を吐いた。
「前置きが長くなったけど。好美さんが予約せずに店に来た時に、私、居合わせたのよ。彼女、ゴリ押しするような、文句をつけるようなタイプに見えないから、引き下がって帰ると思ってたのよ。そしたら、違うのっ」
突然、大きくなった語尾に、聡は反射的に体を震わせた。
「店員が予約がいっぱいだって言って断ってるのに、スルーするのよ。丁寧に言いつつも結構はっきりと伝わるように言ってたわよ。なのに、好美さんは、「はい、そうなんですね」って愛想よく返事しながら、勝手に椅子に座っちゃうのよ。たまたま空いてたのね、椅子が」
聡は、向かい側からハルエが自分の閉じた口の前で手を開けたり閉じたりしているのを見た。首を傾げてすぐ、自分の口が開いたままになっていることに気づいた。文字通り、空いた口がふさがらない状態になっていたようだ。
「椅子に座られたら、店側も力ずくで追い出せないですね」
「そうなのよ。で、結局、自分の都合を押し通したってわけ」
文乃は鼻息を荒く吐き、胸の前で腕を組んだ。前かがみだった姿勢をふんぞり返らせた。
引き継ぐように、ハルエが話し出す。
「そんな話を聞いてから、どこかの店で好美さんを見かけたら、観察するようにしたのよ。そしたら、どこでもそんな調子だったわ」
「そんな調子、というと」
「店の人の話はほぼ無視。返事はするけど、実は全く聞いてなくて、自分の都合だけ話し続けるって感じ。で、話している途中で、先に来てるお客さんがいるのに、品物の入ったカゴを店の人に渡したり。好美さんとの世間話を止めて、本当に用事がありそうなお客さんに声をかけようとする店の人の様子を無視して話し続けたり」
ハルエが視線を文乃に向けた。聡もつられて文乃を見ると、彼女は口元を歪ませてこめかみをかいていた。
「おっとりした話し方で上品な人だから、みんな、そんなわがままするとは思わないのよ。だから、丁寧に相手して。何回か繰り返しているうちに、こりゃ厄介なひとなんだなって。今では商店街の大抵の店では有名よ」
「うまくあしらってるっていうか、完全に好美さんの話をスルーして順番を守らせる店も出てきてるけどね。それは私たちよりも年上の、好美さんの親世代の人ね、今のところ」
表情はもちろん、全身から呆れたという感情を発する文乃とハルエを交互に見つつ、聡はアロンに来たときの好美の様子を思い出そうとした。
ところが、美容院で好美と店員の話を耳にすることがあって印象が変わったらしい。
「美容院って、たいてい予約制でしょ。客の髪を切れる人は一部の店員だけで、見習いみたいな人は髪を洗ったり、
パーマそとか染める手伝いをしたりするくらいしかできないから」
息をついた文乃の話に、聡は相槌を打つ代わりに言葉をつないだ。
「客を待たせないでカットしたりパーマしたりできるように、スケジュール組んで予約を取ってるんですよね」
同意を求めるように文乃の顔を見ると、横目で八百屋の方を見てうなずいた。
「ええ。だから前もって、その日はカットするか、パーマもするか、染めるのか決めておくのよね。客側も。たまには、当日予約なしでやってきて、カットをお願いするときもあるけど。それでも予約でいっぱいって断られたら諦めるものよ、普通は」
文乃は最後の言葉に力を入れた後、脱力している。
止まることなく話したからだろうか。いや、そんな程度で疲れる人じゃない。
ゆがんだ表情から察するに、呆れているといったところか。
文乃が水の入ったコップに手を伸ばす。コーヒーが飲み干されているのを見て、聡は腰を少し上げた。
「コーヒー、お代わり入れますね。あ、お代は入りませんから」
立ってカウンターに体を向けた聡のエプロンが引っ張られる。案の定というべきか、文乃がエプロンをつかんでいた。
「もうコーヒーはいいわよ。お水で十分。ありがとうね」
口調や表情から遠慮しているわけではなさそうなのを読み取って、聡は再び椅子に腰を下ろした。
店側が断る正当な理由がある場合、ゴリ押しする客はほぼいない。強引に自分の都合を押しつけてくる人はいることはいるけれど、たいてい声が大きくて、見るからに品がない感じがする人ばかりだ。好美はそういうタイプとは真逆な気がする。
文乃が水を飲むのを待つ。一息つけたらしく、はっと息を吐いた。
「前置きが長くなったけど。好美さんが予約せずに店に来た時に、私、居合わせたのよ。彼女、ゴリ押しするような、文句をつけるようなタイプに見えないから、引き下がって帰ると思ってたのよ。そしたら、違うのっ」
突然、大きくなった語尾に、聡は反射的に体を震わせた。
「店員が予約がいっぱいだって言って断ってるのに、スルーするのよ。丁寧に言いつつも結構はっきりと伝わるように言ってたわよ。なのに、好美さんは、「はい、そうなんですね」って愛想よく返事しながら、勝手に椅子に座っちゃうのよ。たまたま空いてたのね、椅子が」
聡は、向かい側からハルエが自分の閉じた口の前で手を開けたり閉じたりしているのを見た。首を傾げてすぐ、自分の口が開いたままになっていることに気づいた。文字通り、空いた口がふさがらない状態になっていたようだ。
「椅子に座られたら、店側も力ずくで追い出せないですね」
「そうなのよ。で、結局、自分の都合を押し通したってわけ」
文乃は鼻息を荒く吐き、胸の前で腕を組んだ。前かがみだった姿勢をふんぞり返らせた。
引き継ぐように、ハルエが話し出す。
「そんな話を聞いてから、どこかの店で好美さんを見かけたら、観察するようにしたのよ。そしたら、どこでもそんな調子だったわ」
「そんな調子、というと」
「店の人の話はほぼ無視。返事はするけど、実は全く聞いてなくて、自分の都合だけ話し続けるって感じ。で、話している途中で、先に来てるお客さんがいるのに、品物の入ったカゴを店の人に渡したり。好美さんとの世間話を止めて、本当に用事がありそうなお客さんに声をかけようとする店の人の様子を無視して話し続けたり」
ハルエが視線を文乃に向けた。聡もつられて文乃を見ると、彼女は口元を歪ませてこめかみをかいていた。
「おっとりした話し方で上品な人だから、みんな、そんなわがままするとは思わないのよ。だから、丁寧に相手して。何回か繰り返しているうちに、こりゃ厄介なひとなんだなって。今では商店街の大抵の店では有名よ」
「うまくあしらってるっていうか、完全に好美さんの話をスルーして順番を守らせる店も出てきてるけどね。それは私たちよりも年上の、好美さんの親世代の人ね、今のところ」
表情はもちろん、全身から呆れたという感情を発する文乃とハルエを交互に見つつ、聡はアロンに来たときの好美の様子を思い出そうとした。
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