クセつよ母は今日もいく

高羽志雨

文字の大きさ
上 下
7 / 20
1話『天然熟女は超マイペース』

おっとり夫人の正体 

しおりを挟む
 おっとりした話し方の好美は上品な奥様というのが第一印象で、誰もが好意的に接する。ただ話が長いなと思うことがしばしばあって、買い物中にレジで順番待ちをしている人がいるにもかかわらず、好美と店員が話し込んでいることも少なくない。最初は、好美はマイペースな人なんだと思っていたし、話を切り上げて待っている人に声をかけない店員に、文乃は不満を感じていたらしい。

 ところが、美容院で好美と店員の話を耳にすることがあって印象が変わったらしい。

「美容院って、たいてい予約制でしょ。客の髪を切れる人は一部の店員だけで、見習いみたいな人は髪を洗ったり、
パーマそとか染める手伝いをしたりするくらいしかできないから」

 息をついた文乃の話に、聡は相槌を打つ代わりに言葉をつないだ。

「客を待たせないでカットしたりパーマしたりできるように、スケジュール組んで予約を取ってるんですよね」

 同意を求めるように文乃の顔を見ると、横目で八百屋の方を見てうなずいた。

「ええ。だから前もって、その日はカットするか、パーマもするか、染めるのか決めておくのよね。客側も。たまには、当日予約なしでやってきて、カットをお願いするときもあるけど。それでも予約でいっぱいって断られたら諦めるものよ、普通は」

 文乃は最後の言葉に力を入れた後、脱力している。

 止まることなく話したからだろうか。いや、そんな程度で疲れる人じゃない。
 ゆがんだ表情から察するに、呆れているといったところか。

 文乃が水の入ったコップに手を伸ばす。コーヒーが飲み干されているのを見て、聡は腰を少し上げた。

「コーヒー、お代わり入れますね。あ、お代は入りませんから」

 立ってカウンターに体を向けた聡のエプロンが引っ張られる。案の定というべきか、文乃がエプロンをつかんでいた。

「もうコーヒーはいいわよ。お水で十分。ありがとうね」

 口調や表情から遠慮しているわけではなさそうなのを読み取って、聡は再び椅子に腰を下ろした。

 店側が断る正当な理由がある場合、ゴリ押しする客はほぼいない。強引に自分の都合を押しつけてくる人はいることはいるけれど、たいてい声が大きくて、見るからに品がない感じがする人ばかりだ。好美はそういうタイプとは真逆な気がする。

 文乃が水を飲むのを待つ。一息つけたらしく、はっと息を吐いた。

「前置きが長くなったけど。好美さんが予約せずに店に来た時に、私、居合わせたのよ。彼女、ゴリ押しするような、文句をつけるようなタイプに見えないから、引き下がって帰ると思ってたのよ。そしたら、違うのっ」

 突然、大きくなった語尾に、聡は反射的に体を震わせた。

「店員が予約がいっぱいだって言って断ってるのに、スルーするのよ。丁寧に言いつつも結構はっきりと伝わるように言ってたわよ。なのに、好美さんは、「はい、そうなんですね」って愛想よく返事しながら、勝手に椅子に座っちゃうのよ。たまたま空いてたのね、椅子が」

 聡は、向かい側からハルエが自分の閉じた口の前で手を開けたり閉じたりしているのを見た。首を傾げてすぐ、自分の口が開いたままになっていることに気づいた。文字通り、空いた口がふさがらない状態になっていたようだ。

「椅子に座られたら、店側も力ずくで追い出せないですね」

「そうなのよ。で、結局、自分の都合を押し通したってわけ」

 文乃は鼻息を荒く吐き、胸の前で腕を組んだ。前かがみだった姿勢をふんぞり返らせた。
 引き継ぐように、ハルエが話し出す。

「そんな話を聞いてから、どこかの店で好美さんを見かけたら、観察するようにしたのよ。そしたら、どこでもそんな調子だったわ」

「そんな調子、というと」

「店の人の話はほぼ無視。返事はするけど、実は全く聞いてなくて、自分の都合だけ話し続けるって感じ。で、話している途中で、先に来てるお客さんがいるのに、品物の入ったカゴを店の人に渡したり。好美さんとの世間話を止めて、本当に用事がありそうなお客さんに声をかけようとする店の人の様子を無視して話し続けたり」

 ハルエが視線を文乃に向けた。聡もつられて文乃を見ると、彼女は口元を歪ませてこめかみをかいていた。

「おっとりした話し方で上品な人だから、みんな、そんなわがままするとは思わないのよ。だから、丁寧に相手して。何回か繰り返しているうちに、こりゃ厄介なひとなんだなって。今では商店街の大抵の店では有名よ」

「うまくあしらってるっていうか、完全に好美さんの話をスルーして順番を守らせる店も出てきてるけどね。それは私たちよりも年上の、好美さんの親世代の人ね、今のところ」

 表情はもちろん、全身から呆れたという感情を発する文乃とハルエを交互に見つつ、聡はアロンに来たときの好美の様子を思い出そうとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉讃歌

星空
ライト文芸
彼の遺した形見のバイクで、鎌倉へツーリングに出かけた夏月(なつき)。 彼のことを吹っ切るつもりが、ふたりの軌跡をたどれば思い出に翻弄されるばかり。海岸に佇む夏月に、バイクに興味を示した結人(ゆいと)が声をかける。

恋の味ってどんなの?

麻木香豆
ライト文芸
百田藍里は転校先で幼馴染の清太郎と再会したのだがタイミングが悪かった。 なぜなら母親が連れてきた恋人で料理上手で面倒見良い、時雨に恋をしたからだ。 そっけないけど彼女を見守る清太郎と優しくて面倒見の良いけど母の恋人である時雨の間で揺れ動く藍里。 時雨や、清太郎もそれぞれ何か悩みがあるようで? しかし彼女は両親の面前DVにより心の傷を負っていた。 そんな彼女はどちらに頼ればいいのか揺れ動く。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

サイケデリック!ブルース!オルタナティブ!パンク!!

大西啓太
ライト文芸
日常生活全般の中で自然と生み出された詩集。

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

処理中です...