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1話『天然熟女は超マイペース』
カフェ・アロン営業中
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商店街が良く見える窓際の席に向かい合って座るシニア女性2人組の話し声が店内に響く。ランチ時を過ぎた今、客はこの2人だ。他の客の様子をうかがう必要はないものの、聡は苦笑いのような表情になる。
カウンターの中で食洗器へグラスや皿を入れていく。
「70歳を超えても、ホント元気だよな。まあ、楽しそうで何より」
食洗器から顔を上げると、シニア女性の一人がこちらを向いている。白髪が一部分だけ紫色になっている。常連客のハルエだ。
「聡くん、今、何か言った?」
呟いただけのつもりが聞こえていたらしく、思わず聡の体は硬直する。
「ひと」
「ありがとねえ。こんなうるさいおばあさんたちに場所を提供してくれて」
独り言ですって言おうとしたのを別のシニア女性に遮られた。
白髪と茶髪のグラデーションにターバンをつけている彼女は同じく常連客の文乃だ。
ハルエが文乃を見て、その顔の前で手をひらひらとさせる。
「大丈夫よぅ。聡くんは私たちが元気でいてくれて喜んでるんだから」
呟きはハルエの耳にしっかり聞こえていたらしい。聡は力が抜けそうになる体をカウンターに手をつくことで支えた。
「ははっ。聞こえてたんですね。母世代のお二人が元気なのは嬉しい限りですよ」
大きくも小さくもない声を出して笑った聡だけれど、シニア2人の腹の底から響かせる笑い声にかき消されてしまった。
ここ、カフェ・アロンは聡が一人で切り盛りしている。亡くなった父親がやっていた古びた喫茶店を改装したこともあり、ハルエや文乃のような父親時代からの常連客や、商店街を利用する人、商店街で商売をしている店主たちが休憩しに来てくれるおかげで、暇を持て余すことはない。
まあ、心が忙しないのは母の留以子が原因なのだけれど。
大阪弁が特徴の留以子は、話す勢いのせいというより、自分の倫理観を押し通そうとする性格のせいで、毎日どこかで小競り合いをしているのだ。商店街の人々をはじめ、長年の知り合いは留以子の性格をよくわかっているから、うまく受け流してくれている。ただ、時折耳にする武勇伝というか、愚痴らしきものが聡の胸をざわつかせる。
いい加減、母の言動に動揺しないで受け流せるようにならないとな。
小さくため息をついて、コーヒーをカップに入れる。
一人で入ってきたサラリーマン風の男性にコーヒーを出してカウンターに戻ろうと、シニア女性2人の席近くを通ると、エプロンの裾を引っ張られたらしく、斜め後ろによろけそうになった。
振り返ると、文乃が聡の黒のエプロンの裾を握っていた。
「留以子さんって、いつもパワフルよね。家でも同じなの」
語尾が上がった。疑問形らしいが、家でも同じだろって断定されているようだ。
聡は向かい合って座る文乃とハルエの横に立つ。
「今は別に暮らしてるんで、家でどうかは今は知りません。でも、僕が子どものころからずっとパワフルでしたよ」
文乃だけでなく、ハルエもしたり顔で大きくうなずいている。
「留以子さん、結婚してからここに住んでるはずなのに、大阪弁が抜けないってすごいわよね。勢いがあるから、周りに影響されないんでしょうね」
ハルエは紅茶が3分の1ほどになったカップを持ち上げて、ハッとしたように聡を見上げてきた。
「わ、悪い意味じゃないわよ。あのパワフルさ、うらやましいわって」
バツが悪そうというよりも、茶目っ気を演じるような表情だ。
聡はハルエに咎めるような視線を向けていた文乃と、ハルエの二人を順番に見る。
「わかってますよ。母は、特にしゃべる勢いがすごいですからね」
あんたたち二人もパワフルな部類に入るよ、という言葉は胸に押しとどめた。
カウンターの中で食洗器へグラスや皿を入れていく。
「70歳を超えても、ホント元気だよな。まあ、楽しそうで何より」
食洗器から顔を上げると、シニア女性の一人がこちらを向いている。白髪が一部分だけ紫色になっている。常連客のハルエだ。
「聡くん、今、何か言った?」
呟いただけのつもりが聞こえていたらしく、思わず聡の体は硬直する。
「ひと」
「ありがとねえ。こんなうるさいおばあさんたちに場所を提供してくれて」
独り言ですって言おうとしたのを別のシニア女性に遮られた。
白髪と茶髪のグラデーションにターバンをつけている彼女は同じく常連客の文乃だ。
ハルエが文乃を見て、その顔の前で手をひらひらとさせる。
「大丈夫よぅ。聡くんは私たちが元気でいてくれて喜んでるんだから」
呟きはハルエの耳にしっかり聞こえていたらしい。聡は力が抜けそうになる体をカウンターに手をつくことで支えた。
「ははっ。聞こえてたんですね。母世代のお二人が元気なのは嬉しい限りですよ」
大きくも小さくもない声を出して笑った聡だけれど、シニア2人の腹の底から響かせる笑い声にかき消されてしまった。
ここ、カフェ・アロンは聡が一人で切り盛りしている。亡くなった父親がやっていた古びた喫茶店を改装したこともあり、ハルエや文乃のような父親時代からの常連客や、商店街を利用する人、商店街で商売をしている店主たちが休憩しに来てくれるおかげで、暇を持て余すことはない。
まあ、心が忙しないのは母の留以子が原因なのだけれど。
大阪弁が特徴の留以子は、話す勢いのせいというより、自分の倫理観を押し通そうとする性格のせいで、毎日どこかで小競り合いをしているのだ。商店街の人々をはじめ、長年の知り合いは留以子の性格をよくわかっているから、うまく受け流してくれている。ただ、時折耳にする武勇伝というか、愚痴らしきものが聡の胸をざわつかせる。
いい加減、母の言動に動揺しないで受け流せるようにならないとな。
小さくため息をついて、コーヒーをカップに入れる。
一人で入ってきたサラリーマン風の男性にコーヒーを出してカウンターに戻ろうと、シニア女性2人の席近くを通ると、エプロンの裾を引っ張られたらしく、斜め後ろによろけそうになった。
振り返ると、文乃が聡の黒のエプロンの裾を握っていた。
「留以子さんって、いつもパワフルよね。家でも同じなの」
語尾が上がった。疑問形らしいが、家でも同じだろって断定されているようだ。
聡は向かい合って座る文乃とハルエの横に立つ。
「今は別に暮らしてるんで、家でどうかは今は知りません。でも、僕が子どものころからずっとパワフルでしたよ」
文乃だけでなく、ハルエもしたり顔で大きくうなずいている。
「留以子さん、結婚してからここに住んでるはずなのに、大阪弁が抜けないってすごいわよね。勢いがあるから、周りに影響されないんでしょうね」
ハルエは紅茶が3分の1ほどになったカップを持ち上げて、ハッとしたように聡を見上げてきた。
「わ、悪い意味じゃないわよ。あのパワフルさ、うらやましいわって」
バツが悪そうというよりも、茶目っ気を演じるような表情だ。
聡はハルエに咎めるような視線を向けていた文乃と、ハルエの二人を順番に見る。
「わかってますよ。母は、特にしゃべる勢いがすごいですからね」
あんたたち二人もパワフルな部類に入るよ、という言葉は胸に押しとどめた。
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