クセつよ母は今日もいく

高羽志雨

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プロローグ

回想〜カフェ開業の経緯

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 当時、会社勤めをしていた聡は、営業先で怒鳴られまくって沈んだ心を浮上させようと好きな場所だった亡き父の喫茶店の前を通りかかった。

 誰もいないだろうから、外観を眺めるだけでいい。そう思っていた聡は店の前まで来て足を止めた。重めの木の扉の横にある窓から中の様子が見えた。

 そこでは、聡が小さいころから知っている中年や年配の男女が入り混じって談笑していた。

 飲み物を出す人がいないためテーブルの上にはペットボトルが置かれているうえ、内装の壁紙は剥げている。そんな状態にもかかわらず、だ。明るい声が外まで聞こえてきそうな気がする。

 店の前に突っ立っていると、すぐ背後に気配を感じた。

「まだ、この店、手放してないねんで」

 振り返った聡の目に入ったのは、母親の留以子のドアップだった。

 半歩、後ろに下がった聡の全身を横目で睨みつけるように見てくる。

「かっこいいスーツ着てるくせに、辛気臭い顔してんねんな」

 留以子は目つきが悪く、ガリガリと言っていいほど細いため、がい骨ににらまれている気分になる。息子の自分でも近くで直視するのは遠慮したい。

「そんな、うっとおしい顔して仕事するくらいやったら、ここで店でも開き―や。聡、軽食っぽい料理とか作れるやん」

 留以子の出身は大阪の南、河内と言われる地域だ。大阪の中でも言葉が強く感じられるほうらしい。文字にするとそれほどでもないのだろうが、話されると早口と70歳を過ぎても張りのある声のせいで、押しつけられ感が強い。

 いや、なぜか偉そうに聞こえる話し方のせいかもしれない。

 聡は、もう一度、店の中を見る。

「そうだな。今から色々と準備したら半年後には営業始められるかな」

「はっ。本気かいな」

 留以子のほうを振り返ると、口元に手をあて、大げさなほど目を見開いている。頬骨が下がって目玉が落ちそうだ。

 ふざけた表情の母親を聡は目を薄くして冷ややかに見る。

「自分が言ったんだろ。俺も思わず乗ったけど」

 自転車のベルが聞こえてきた。人通りがそこそこあるなか、年配の男性が自転車を漕いで、こっちへ向かってきている。ハンドルが小刻みに揺れているし、スピードは中年主婦の歩くスピードよりも遅い。

 聡は留以子の腕をつかんで、二人で少し端に避けた。聡の促しに素直に従った留以子は、好ましくない視線を自転車の男性に向けた。横を通り過ぎるまで、ずっと見つめている。

 いや、にらみつけている。

「ふらふらするんなら、歩いたらええねん。危ないやろ。ってか、そんな避けなあかんほど、邪魔な立ち方してへんで。何、人に注意促してきてんねん」

 70歳の留以子よりは10歳くらいは年上だっただろう。聡も似たようなことは思った。

 それでも、本人には聞こえなかっただろうけど、言いすぎな気がする。

「母さん、足が痛くて歩くのがしんどい。自転車の方がラクっていう人もいるらしいよ」

 テレビだったか、会社か取引先での雑談だったか忘れたけれど、そんなことを聞いた記憶があった。

 留以子は鼻息を荒くした。

「しょーもな。ってか、あんた、ホンマに店やるんか。ええけど、私はお金ださんで。出す金ないしな」

「はいはい。わかってるよ。期待してないし」

「なんや、期待してないって。親をバカにしてんのか」

 お金出さないって言ったの、自分だろ。

 そう言ってやりたい気持ちを聡は抑え込んだ。言ったところで、文句が返ってくるのは目に見えている。

 父親が残した遺産は、それほど多くないものの、税金を払っても、母、姉、自分で分配できるくらいはあった。

 いっさい使わずに貯金してあったのを使って、店を改装し、会社勤めをしながら食品衛生管理者の資格をとり、飲食店経営について自分なりに勉強した。
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