尚と大地~入社同期の恋物語~

高羽志雨

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3.バレンタインデー(大地)後編

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 自販機の中でコーヒーがドリップされるのを、取り出し口を見つめながら待つ。大地しかいない休憩室の入り口をノックする音が聞こえた。ここはドアがないから、ノックした場所は廊下と仕切っている摺りガラスだろう。
 ドリップされたコーヒーを取り、音がした方を見る。

 尚と同じ部署の1年先輩だった。肩近くまで伸びた髪を耳にかけている。柔らかい雰囲気の女性だ。

「黒崎くん、一人で良かった。これ渡したかったの」

 青と金のストライプ柄の箱だ。
 大地はコーヒーを持つ手に力が入る。

「すみません。俺、受け取れません」

 彼女の目が揺れる。

「ルール知ってる?断る気ならホワイトデーにお返ししなくていいの。だから、今日は受け取って」

 休憩室と廊下を隔てる摺りガラスに彼女以外の人影が映っていることに気づく。体格、姿勢、雰囲気から大地にはそれが誰かわかった。

「さっき聞きました。机に置かれてあった物は返しに行くわけにいかないから、そのルールを使わせてもらいます。でも、こうやって面と向かって渡されるものは、この場でお断りします」

 何か言いたそうな表情をしている。でも、何も言ってこない。
 大地は視線を彼女から摺りガラスに映る影に移動させる。

「俺、誤解されると困る人がいるんです。ただ受け取っただけで、気持ちが揺れ動いてるとか思われたらイヤなんです」

 女性から男性へのイベントだ。誰も何も誤解することはないかもしれない。でも、少しでも妬いてくれたら嬉しい。

 彼女に視線を戻して、瞬きせずに見つめる。
 大地の気持ちが通じたのか、脱力するように肩を落とした彼女は小箱を胸に抱えて自分の部署のほうへと戻っていった。

 入れ替わるように、影が休憩室へと姿を見せる。
 やはり尚だった。

「受け取るくらいしてあげても良かったんじゃないか。勇気を振り絞っただろうに」

 大地はコーヒーを飲む。

「あっつ。まだ熱いわ」

 舌を出して冷ます。

「ほんの少しでも期待させることはしたくない。それ以上に、一ミリでも尚にイヤな思いをさせたくない」

「イヤな思いって、ヤキモチ妬くとか、振られるかもって不安になるとかかよ」

 大地は自販機のボタンを押す。カップが取り出し口に落ち、温かい飲み物が抽出され始める。

「具体的にいうと、そんなとこかな」

 抽出される飲み物を尚が見つめている。

「ヤキモチなんて妬くかよ。妬いてなんかやんない。女性のためのイベントだろ」

 尚の口がとがっているように見えるのは気のせいじゃないと思いたい。

 飲み物の抽出が終わったことを知らせる音が鳴る。
 大地が取り出そうとすると、横から尚の手が伸びてカップを取られてしまった。

「俺のだろ」

 両手で温かいカップを包むようにして持ち、口をつけた。

「うまいな、ココア」

「今だけはホットチョコレートって言うんだよ」

 横目でチラ見した尚はホットチョコレートを飲みながら、大地に背を向けた。

 お尻のポケットに四角く細長い箱が差し込んであるのが見える。
 金色のリボンが箱に巻かれてあるのを見ると、後でそれが自分の手元に来ることを期待してしまう。
 大地は尚の尻を、いや、そこにある箱を見ながら、残っているブラックのコーヒーに口をつけた。
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