尚と大地~入社同期の恋物語~

高羽志雨

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1.ここにいる(尚)中編

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 尚は大地に目を向けてしまう。
 ぶつかった視線をすぐにそらした。
 変に思われたかもしれない。頬のあたりに、大地の視線を感じる。彼は軽く息を吐いた。

「ま、いいように使われてるだけだろうな。それに会社っていう場所で出す性格はある程度、線を引いてるっていうか。彼女には、もっと素の気質が出るっていうか」

 テーブルの向かいに人が座ったのが、尚の目の端に映った。明日香だった。大地の肩に乗せていた手を離す。
 明日香は、同期の女性の中でも、さっぱりとした性格で、男女ともに好かれている、いや社内でもモテていると評判の女性だ。その彼女がテーブルに両腕を乗せて、ピンクに染まった頬をこれ以上ないだろうというくらい持ち上げている。

「大地くん、彼女と別れたんだ」

 頬がピンク色なのは酔っているせいだけではないらしい。
尚はチューハイのジョッキを持ち上げる。
 テーブルに置いたまま飲みかけたけれど、さっき大地に言われたことを思い出したせいだ。それに、明日香の前でみっともない飲み方はしたくない。
 ジョッキから舐めるように、ちびちびと飲み始めた。二人の会話に入ることもしたくない。
 横目で大地を見ると、彼は眉間にシワを寄せていた。
 イヤそうなのは明らかなはずだけれど、明日香は気にしていないようだ。何かを詫びるかのように、自分の顔の前で両手を振る。

「ずっと聞いてたわけじゃないよ。これまでの彼女って甘え上手な人が多いってところから」

 大地は小さくため息をついて、尚の方に向いていた体をテーブルに向ける。

「ああ、彼女とは別れた。振られた。だから何だ」

 いかにも面倒そうな返事だ。
 明日香は口元を少し歪ませたものの、笑みを作る。

「じゃあさ、私と付き合わない。恋人として。私も彼と別れたばかりで暇してんだよね。それに、今までの彼女みたいに甘え上手なタイプじゃないし、おかん気質だって出さずに済むかもよ」

 明日香はえくぼを作って首をかしげた。
 さっぱりした性格をしているくせに、時折かわいらしい仕草をする彼女がモテるのはわかるような気がする。尚だって、大地がいなければ、明日香に女性として興味を持ったかもしれない。
 大地はすぐに返事しない。ジョッキを傾けながら、横目で彼を見る。
 目が冷ややかだ。

「そうかもしれない。でも、今は恋人はいらない。しばらくプライベートで女性と関わろうとも思わない」

 全ての感情を押し殺したような表情と声だった。
 明日香は完全に脈なしと判断したらしく、口を尖らせて席を立つ。踵を返すように壁際で盛り上がっている集団のほうへ歩いていった。
 尚は、チューハイがほとんど減っていないジョッキをテーブルに置いた。

「良かったのか。明日香って、社内でも人気高いんだぞ。今までの彼女とちょっとタイプ違うし、彼女の言うように、おかん気質も抑えられるかもしれないぞ」

 大地は少し後ろに下がって壁にもたれた。両ひざを立て、そこに両方の腕を投げ出すように乗せた。

「いや、すでに、あんまり酒飲ませない方がいいなって口に出そうになったわ。ただの同期でもそうなんだ。恋人になったら口うるさくなるのは目に見えてる」

 尚は体をひねって、斜め後ろにいる大地をみる。

「そっか」

 自分の口角が上がりそうになる。それを誤魔化したくて、視線を床に落とした。
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