尚と大地~入社同期の恋物語~

高羽志雨

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1.ここにいた(大地)後編

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 尚は体を後ろにひねったまま、床を見つめている。
 仲の良い同い年の男を、かわいいと思うのは変なのだろうか。
 なぜか胸が高鳴る。
 大地は尚の腕をつかんで引っ張り、自分の隣に座らせた。

「しばらく恋人はいらないけどさ。でも、付き合うなら、おかん気質を存分に出しても受け入れてくれる人がいいなって思う」

 体育座りをした尚は両ひざを抱えて体を小さくし、大地の足の先の床を見つめている。

「俺さ、同期の中で、っていうか。社内で俺が一番、大地にかまわれてるんじゃないかって思うんだ。今日はまだ何も言われてないけど、よく注意されるし、世話やかれるし」

 ジョッキを持って飲め、と言ったはずだが、カウントに入っていないのだろうか。大地は吹き出しそうになる。
 尚は膝を抱えた腕に自分の顔を乗せた。後頭部の柔らかそうな髪が揺れる。

「同じ部署の先輩からも、口うるさいって思わないのかよって言われることもあるくらいなんだ。でも、大地にかまわれるの嫌いじゃなくて」

 階段の近くに立った同期が、厨房へつながる電話で飲み物の注文をしているのが目に入る。
 周りと少し距離があるせいか、大地は尚と自分の2人だけが別世界にいるような感覚になった。

「そういえば、尚だけは嫌がらないな。恋人や家族ばりに口うるさくなってるはずだけど」

「うん。でも、俺、嫌なことが一つだけあるんだ」

 顔を上げた尚が壁に体を預け、大地を見た。

「彼女ができた、とか。彼女に振られた、とか。そんな話、大地の口から聞くの嫌なんだよ」

 顔はこちらへ向けたまま、尚は視線だけを下に向ける。

「俺が、俺だけが大地のおかん気質を受け入れてること、気づけよ」

 そう言ってすぐ、尚は立ち上がり、同じ長テーブルのはす向かいでしっぽりと話し込んでいる同期の男たちのほうへ行った。
 大地は、その後ろ姿をアルコールのせいか虚ろになった目で見つめた。自然と開いた口が、状況を飲み込めていない脳みそを表しているかのようだ。

―自分のおかん気質を受け入れてくれる人がいい―

 さっき尚に向かって、そう言った。もしかしたら、自分もわかっていたのじゃないだろうか。
 尚が話に加わった同期の男たちは話し込んでいたシリアスな雰囲気をどこかへやり、尚にお猪口を持たせて、あふれんばかりに日本酒を注いでいる。
 ぼーっと見ていると、尚が振り返って眉を八の字にした。 口は動かさないものの、じっと大地を見つめる目は何かを訴えてきているように見える。
 大地は軽やかなため息をついた。

「おい、尚にそれ以上飲ませんな。代わりに俺が日本酒もらってやるよ」

 立ち上がったときに、緩んだ頬はアルコールのせいだということにしておく。

(了)
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