先輩、恋人ごっこからはじめませんか。

小熊井つん

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後輩と初めてのクリスマスイブ-前編-

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それから数日間は特に変わったこともなく過ぎていき、気付けばクリスマスイブを迎えていた。
今年のクリスマスイブは土曜という事もあり、どこもかしこも人混みで溢れている。
しかも大寒波の影響で大雪警報が出ているため、電車は遅延し道路は渋滞しとにかく街中は人でごった返していた。
こんな日に限って休日出勤とは本当についていない。
そんな事を考えながら俺は後輩の柊と共に帰路に着いていた。

「うわ、すごい人ですね」
猛吹雪と慣れない積雪で足元がおぼつかない中、やっと辿り着いた駅は帰宅困難者であふれかえっていた。
この大雪で交通機関に影響が出る事は覚悟していたが、まさかここまでとは。
タクシー乗り場にも長蛇の列が出来ており、俺たちは途方に暮れていた。

時刻は21時。
終電まではまだ時間があるが、このままここにいても状況が変わるとは思えない。
どこかで時間を潰そうにも周辺の店は軒並み満席状態だろう。
柊はスマホで運行状況を確認しているようだが芳しくないようで小さくため息をついている。

「先輩は帰れそうですか?」
「ああ。歩いて帰れる距離だからなんとかなるけど……お前は?」
「俺は徒歩だと多分1時間以上かかるかな。まぁなんとかなりますよ」
「1時間!?」

仕事帰りで疲れ切っている上にこんな猛吹雪の中を1時間以上歩くなんて正気じゃない。
俺の心配を察したのか柊は苦笑しながら言った。
「大丈夫ですって。最悪ネットカフェにでも泊まるんで」

そうは言ってもここで俺だけ帰るというのも気が引ける話だ。
俺は少し考え込んでから思い切って柊に声をかけた。
「……あのさ、もし迷惑じゃなければだけど俺の家来るか?」
「えっ……良いんですか」

ぱちぱちと目を瞬かせる柊に俺は続けた。
「ああ。どうせ明日は休みだし」
「是非お願いします」
食い気味に返事をする後輩に若干気圧されつつ俺は自宅への道案内を始めた。



「お邪魔しまーす」
駅から20分程歩いたところにある小さなマンションの一室が俺の自宅だ。
扉を開けて部屋に入ると、外よりは幾分かマシな気温にホッとする。
そういえば職場の人間をこの部屋に招くのは初めてのことだった。
「散らかってて悪いけど適当にくつろいでくれ」
「はい。ありがとうございます」
玄関先で靴を脱ぎながら俺は柊の方を見た。
服についた雪は部屋に入る前に払い落としたようだが、髪には白い結晶がくっついたままだ。
「柊、ちょっと」
「はい?」
不思議そうな顔をしながら首を傾げた彼の頭に手を伸ばし、そのままぽんぽんと雪を払い落とす。
「雪ついてた」
「……あ、りがとう……ございます」
柊は突然のことに驚いたのか珍しく戸惑った様子を見せていた。

「何だよその顔」
「いえ、あの」
「ん?」
「撫でてもらえるのかと……思っ…てしまい、まして」
消え入りそうな声で呟く柊の耳は真っ赤に染まっていた。
そう言えば、こいつが俺に惚れたきっかけも頭を撫でた事だったと思い出す。

「あほ。んなことするわけないだろ」
「そうですよね……」
「ほら早く上がれ。寒いだろ」
どこか残念そうな表情を浮かべる後輩を置いて俺はリビングへと向かった。


それから俺たちは冷え切った体を温めるために順番で風呂に入る事にした。
俺が先に風呂に入っている間、柊はマンションの一階に設置されているコンビニへ買い出しに行ってくると言って出かけていった。

宿泊用の歯ブラシや下着を買うついでに2人分の晩飯を調達するためらしい。
うちの冷蔵庫の中には缶ビールとミネラルウォーターくらいしか入っていないと知った時の柊の顔と言ったらなかった。
俺が普段どんな食生活をしているのか想像がついたのだろう。

「ふぅ、いい湯だった」
パジャマ代わりにしているスウェットを着てリビングへ向かうと、そこはパーティ会場になっていた。
テーブルの上にはチキンやグラタン、パスタ、サラダなどが並んでいる。
「あ、ただいまです。最近のコンビニってすごいんですね~色々あって迷っちゃいました」
「こんなに買ってきたのか」
「どうせならクリスマス気分を味わいたいじゃないですか。ケーキもありますよ」
暖かな部屋でやっと食事にありつける安堵感からか、彼の笑顔が妙に眩しく見えた。



柊が風呂に入っている間手持ち無沙汰になった俺は暇つぶしにSNSのチェックを始めることにした。
先に食事を始めて良いとは言われたが、やはり待ってしまうのが人間の性だろう。

「ふーん…」
タイムラインはクリスマスを楽しむ人達の写真でいっぱいだった。
しばらく無心でスクロールしていると、見慣れたアイコンが目に止まった。
『メリークリスマス』
テーブルに並べられた美味しそうな料理の写真と共に添えられた短い文章。
それは3時間前の鹿目の投稿だった。
写真の雰囲気からして、場所は間違いなく鹿目の部屋だろう。
色とりどりの野菜が盛り付けられた鮮やかなサラダとコーンスープ、そして分厚いステーキ。
高そうなワイン。
それが全て2人分。
俺たちのコンビニディナーとは大違いで思わず苦笑してしまった。

そして写真の奥、左端にほんの少しだけ誰かの手が写り込んでいる事に気付く。
細い指先にはピンク色のネイルが施されており、すぐにそれが女性の物である事が分かった。
「……奥さん、か」
思わず独り言が漏れる。
結婚しているのだから、大切な日を大切な人と過ごすのは至極当然の事だ。
そこはずっと俺が座っていた場所なのに、なんて思う方がおかしい。

だが、こうして実際にパートナーの存在を見せつけられるとどうしようもなく胸が苦しくなる。
これから先、鹿目に家族が増えていけば俺と過ごす時間はどんどん減っていくだろう。
彼と2人で特別な日を迎える事はもうきっと二度と無いんだろうと思うと、言いようのない寂しさに襲われた。
それと同時にそんな幼稚な感情を抱いてしまう自分に嫌気がさした。
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