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24.飲み会(桜庭視点)

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『キスをしないと出られない部屋』で山吹と口づけを交わしてからも俺たちの関係は変わらなかった。
もうキス一つで騒ぐような年齢でもないし、何よりあれは夢だ。

男同士にも関わらず不快感を感じなかったのは相手が山吹だったからだろう。
整った容姿と清潔感溢れる佇まい、そして優しい笑顔。
そんな男が相手なら、きっと誰だって悪い気はしないと思う。

そして、『告白しないと出られない部屋』で出現したミネラルウォーター。
あれはおそらく、酔った俺が意図せず念じて出現させたものだ。
ということはつまり、『出られない部屋』は本当に俺の夢ということになる。
正確には地蔵の力によるもの、か。

それに気付いてからもなお『例の夢を終わらせられるかもしれない唯一の方法』をまだ山吹に伝えられないでいる。
理由は単純。
あまりにも突拍子もない話すぎて、信じてもらえるか不安だからだ。
恋愛成就のお地蔵様?
夢を介して結ばれる?
告白をしたら記憶が消える?

なにより、同性である山吹が夢の相手に選ばれた理由がいまだに分からない。
いつかは全てを伝えなければとは思っているが、なかなかタイミングを掴めずにいた。

「おーい、桜庭。聞こえてる?」
ふと我に返ると、目の前には空のビールジョッキを両手に持った山吹が立っていた。
今日は会社の飲み会で居酒屋に来ていたことを思い出す。
「ああ、悪い。なんだっけ」
「次何飲む?まとめて頼むけど」
「あー……じゃあ生で」
「了解。すみませーん!生ビール3つとウーロン茶2つお願いします」
山吹は空のジョッキをテーブルの端に運びながら店員に注文する。
そして俺から少し離れた席に腰を下ろした。

酒は好きだが、職場の飲み会は正直苦手だ。
けれど、“あの2人”がこの会社に入社してからは飲み会も悪くないと思うようになった。
気配り上手で社交性の高い山吹と、愛嬌たっぷりで場を明るくするのが上手な桃瀬。
今日も例に漏れず桃瀬の天然ボケに山吹が突っこみを入れて和やかなムードを醸しつつ会は進む。

俺はいつものように2人のそんな様子を少し離れた席から観察していた。
グラスが空いている奴がいれば、すぐに気付いておかわりを頼んでやり、会話に混ざれていない奴にはさりげなく話題を振り、注文した料理が届けば取り分ける。
その流れるような気遣いを彼らはごく自然に行ってのけていたのだ。

しかも終始やわらかな笑顔をキープしたまま。
とてもじゃないが、俺には出来やしないな、と思った。
俺は昔から愛想が良い方じゃないし、むしろ口が悪いだの怖いだの悪い印象を持たれやすいタイプだったと思う。

じゃあ直せという話だが、それが出来れば苦労しない。
時間が経過して染みついた頑固な汚れが落ちないのと同じ感覚だった。
ただ、職場では一応『そういうキャラ』として受け入れられているらしく、別に無理に取り繕う必要がないのはありがたかった。

とはいえやはり、キラキラした笑顔を振りまく山吹と桃瀬を見て、少しだけ羨ましさを覚えたのも事実だ。
容姿も性格も立ち振る舞いも、全てがお似合いの2人。
きっとお互い好き合っていて、いつかは付き合ったりするんだろうな、なんて思いながらその2人から目を逸らすことができなかった。

婆さんから地蔵の話を聞かされてからというもの、俺はどこか調子を崩し続けている。
具体的になにがと説明することはできないけれど。

酒も回り、ほどよくみんな酔いつぶれだした頃。
俺は休憩がてらトイレへ立った。
「ふー……」
店内の熱気に当てられ、酔いからくる眠気を冷まそうと洗面所に立ち寄り手を洗いながら一息つく。
二次会はカラオケだとか誰かが話していたっけ、とぼんやり考えつつも俺は鏡の前で自分の表情を見つめた。

口元はへの字、目つきもやや険しい気がする。
この顔を見慣れた俺ですらそう感じるのだから、他の奴からしたら間違いなく威圧的に見えるだろう。

そんなことを考えながら、来た道を戻ろうと廊下を歩く。
「えーっと、確かこっちだっけ」
アルコールの回った脳味噌は使い物にならなくなっていたが、記憶を頼りになんとか元いた部屋への道筋を思い出す。

「あ、そうだ。ここだここ」
見覚えのあるポスターを見つけ、俺はほっと胸を撫で下ろした。
この廊下を曲がって二つ目の部屋だ。
そう思い一歩踏み出そうとして、ピタリと足が止まった。

「由美ちゃんって結構お酒強いんだね」
「ふふ、そういう山吹さんもすごいじゃないですか~」
曲がり角の先から、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。
声の主は山吹、そして桃瀬だった。

なんとなく今飛び出して行くのは良くない気がしたので、ひとまず壁に身を寄せることにした。
向こうの声が近づいて来ないということは、廊下で立ち話でもしているのだろうか。

部屋の中からはグラスのぶつかる音や野太い笑い声、手を叩く音なんかがひっきりなしに響いて、2人の会話は聞き取りづらい。
別に盗み聞きするつもりは微塵もなかった。
ただ、せっかく2人きりで話しているのに俺なんかのせいで会話が途絶えてしまうのはあまりにも申し訳ない気がしたのだ。

頭の中で言い訳じみた言葉がつらつらと流れるけれど、足の裏が床に張りついたように動かない。

「……山吹さんって優しいですよね」

不意に桃瀬のそんな言葉が耳に飛び込んできた。
「あはは、どうしたの急に」
「さっきだって、私がビールのグラス倒しちゃった時、すぐ店員さんに拭くもの貰いに行ってくれてたじゃないですか」

俺がトイレに行っている間にそんな出来事があったのか。
ドジっ子キャラというか、普段から鈍臭い桃瀬のことだからきっとみんな笑ってくれたんだろう。
そんな様子が容易に想像出来た。

「山吹さん、仕事中もいつも優しいですよね。私がミスしても『大丈夫だよ』って励ましてくれたり……体調悪い時だってすぐ気付いてくれたし……」
「別にそれくらい普通だと思うけどなぁ」

山吹の声からは少し照れ臭そうな様子が窺えた。
出て行くタイミングを完全に逃してしまったが、これはなかなかにいい場面に立ち合わせてもらえたな、と口元が緩みそうになったその時。

「……あの、それで私。前から山吹さんのこといいなーって思ってて」
唐突に桃瀬が放った言葉に俺の心臓は大きく跳ねた。
「あ、ありがと。俺も由美ちゃんみたいな後輩がいてくれて助かるって思ってるんだよ。由美ちゃんっていつも周りを明るくしてくれてるし……」

これはもしかしなくても告白現場というやつだろうか。
恋愛経験のない俺ですら桃瀬から感じる甘い空気がなんとなくわかった気がした。

「山吹さんにそんなふうに思って頂けて嬉しいです」
盗み聞きしている背徳感が更に心臓の動きを激しくさせる。
「あの、山吹さん」
「うん?」
「もし、嫌じゃなければ、その……」

このまま盗み聞きするのはあまりにも趣味が悪い。
そう思った俺は慌てて元きた廊下を戻ることにした。
この通路を通らなければ部屋には戻れないが、この際致し方ない。

その後しばらくトイレで時間を潰してから宴会場に戻った頃にはすでにお開きムードが漂い始めていた。
酔っ払い達により混沌とした空間と化していたお陰で、俺が長時間離席していたことは不自然には思われずに済んだようだ。

しかし山吹だけは俺の不在を気にかけていたらしく「具合でも悪いのか?」なんて言ってきたので、少し罪悪感を覚えた。
他の誰も俺の不在に気付かなかったのに、本当によく周りを見ている男だ。

告白現場を盗み聞きしてしまったことは黙っていよう。
どうせそのうち山吹本人の口から報告なり受けることになるだろうし。
そんなことを考えていた俺の考えはすぐに裏切られることとなる。
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