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12.出会い(桜庭視点)

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昔から他人と関わる事を煩わしく感じていた俺は、気づけば1人孤立していた。
中学高校とそれは続き社会人になってからも相変わらず友人と呼べる相手は出来なかった。
別にいじめられていたとかそういう訳ではなく、ただ単に自分から壁を作ってしまっただけだということは自覚していた。
だからと言ってそれを不便に感じることもなかったし、何より1人が好きだった俺にとってはむしろ都合の良い環境だと言えよう。
そんな俺の唯一の生きがいは仕事だけだった。
特に目標があるわけでもないが、やり甲斐はある。
学生時代と違って自分の力で金を稼ぐことが出来るというのは純粋に楽しかった。
そしてなにより俺はこの会社が好きだった。
田舎の小さな中小企業で給料だって決して高くは無いが高卒の俺を採用してくれた上にここまで育て上げてくれた恩もある。

もっとこの会社を大きくしたい。
それが今の俺の願いであり、存在意義でもあった。
だが、現実は厳しかった。
うちの会社に入ってくる連中は少々訳ありの人間や熱意のない者ばかりで、俺のように本気で仕事に取り組んでいる者は少数だった。

確かに仕事内容は華やかでは無いけれど職場環境は悪くないと思う。
パワハラなんてもちろん無いし、残業時間も多く無い。休みだって取りやすい。上司との関係も良好だ。

けれど、いつしか俺は「どうせすぐ辞める人間と仲良くなる必要なんてあるのだろうか?」と思うようになっていた。

そんな時に山吹修介と出会った。
都会の大手企業から何故かこんな田舎の小さな会社にやってきた彼は、最初こそ不審がられたが持ち前の明るさとコミュニケーション能力の高さであっという間に会社のムードメーカーになっていた。
「山吹くんって面白いね」
「山吹さんが居ると空気が明るくなる」
「山吹~!今日飲みに連れてってやろうか」
山吹の周りは常に賑やかだった。
上司からも可愛がられ、男女問わず社員に慕われている山吹を見て俺は複雑な心境だった。

確かに表面上は明るくとっつきやすい印象を与える男だが、本心では俺たちのような小さな会社で働く人間を見下しているに違いない。
きっとこいつもいつか居なくなる。

しかし、そんな考えとは裏腹に山吹の仕事ぶりは誠実そのものだった。
上司も山吹を頼りにしていて「ずっとウチの会社に居てくれ」なんて言う始末だ。

この会社に優秀な人材が現れる事をずっと待ち望んでいたはずなのに、いざその日が来るとどうやってあの輪に加わればいいのか分からず俺は戸惑っていた。
最初の挨拶もつい無愛想に返してしまったし、おそらく第一印象は最悪だろう。

業務連絡以外で自分から話しかけるきっかけを掴もうと、遠目から山吹を観察する日々。
意外と字が綺麗なんだなとか、いつも姿勢がいいなとか、昼食はゼリー飲料しか口にしていないようだけれどあんなので足りるのか?とか。
そんなどうでもいいことばかり気になって、気がつくと俺は山吹のことばかり考えるようになっていた。

そんな日々が続いたある日のこと。
当時俺は週末になると、仕事終わりに1人で飲み屋街を徘徊するという習慣があった。
1週間頑張った自分へのご褒美みたいなものだ。
その日はなんとなく肉を食いたい気分だったため、以前から気になっていた評判の良い焼肉屋へ行くことにした。
駅のホームでぼんやり電車を待っていると、ふと視界に見覚えのある男が映り込んだ。

フワフワの髪に細身な体型、遠目から見ても分かる整った顔立ち。
山吹だ。
山吹はぼんやりと遠くを見るような目をしながら乗車位置の先頭に並んだ。
あいつの家こっち方面だったのか、なんて思いながらその後ろ姿を眺めていると、彼の体がゆっくり左右に揺れている事に気付いた。

明らかに自分の意思でしているそれとは違う動きだ。
体調でも悪いのだろうか。
なんとなく危うげな雰囲気を感じ取った俺は無意識のうちに彼の側まで歩み寄っていた。

すぐ背後に立っても山吹はこちらを振り向かない。
そろそろ電車が到着する頃合いだし、このまま声をかけずに立ち去るべきか? 
いや、でももし具合が悪いなら放っておけない。


そんな事を考えていると、突然山吹の右足が線路に向かって大きく踏み出された。
「おい!」
考えるよりも先に、俺は咄嵯にその腕を掴んでいた。
そのまま力いっぱい後ろに引くと、山吹は勢いよく尻餅をついた。

次の瞬間、通過列車が轟音を立てて目の前を通り過ぎていった。
しばらく2人で呆然としていたが、山吹がハッとした様子で俺を見上げてきた。
「桜庭、さん……?」

その目は「どうしてここにいるんだ」と言いたげな表情をしていた。
「お前、今何しようとしてた?」

怒りとは少し違う、自分でもよく分からない感情が込み上げてきて思わず語気が強くなる。
山吹は俺の質問には答えず、へらりと笑いながら謝罪の言葉を口にした。
「すみません。ちょっとぼんやりしてたみたいで」
「ぼんやりってお前……死ぬとこだったんだぞ」
「あ、あはは。ごめんなさい」

どうやら故意に飛び込もうとしたわけでは無さそうだが、どこか上の空な山吹の反応に違和感を覚えた俺はとりあえず駅のすぐ外にあるベンチに座らせる事にした。
あのままホームに立たせておくのは危険だと思ったのだ。

山吹は大人しくそれに従い、小さく溜息をつくと「ありがとうございます」と言ってまた笑った。
目の前で人が死にそうになったのは初めての事で正直俺も動揺していた。
もしあの時、少しでも判断が遅れていたら今頃こいつはここに居なかったかもしれない。
そう思うとゾッとする。

食事や睡眠はちゃんと取れているのかと尋ねても、曖昧な返事をされるばかりでやはり様子がおかしい。
なにより以前より痩せたというか、やつれているように見える。

俺よりも10センチ以上背の高い彼の手首は、俺の親指と人差し指で一周できそうな程に細くなっていた。
ここ最近、昼食もゼリー飲料やシリアルバーなど簡単なもので済ませている様子だったし、ろくに寝ていないのか目の下のクマも酷い。
きっと家でも大して食事をしていないのだろう。
金がないのか、食欲がないのかはわからないけれど。

この様子だと、きっと俺があれこれ詮索したところで何も話してはくれないのだろう。
けれど、だからと言ってこのまま帰すのもなんだか不安だ。
明日は休みだし、土日の間に何かあっては後味が悪い。

今の俺にできる事を考えてみた結果、1つの結論に至った。
「飯、食いに行くぞ」

腹が減ってる時と睡眠不足の時はロクな考えが浮かばない。
これは俺が今までの人生で得た教訓の1つだ。
「え?」
案の定、山吹は困惑の表情を浮かべた。
「安心しろ。奢ってやるから」
「……いや、でも……」
「いいから行くぞ」

どうせ俺がいくら「飯を食え」と口で言ったところで、また食事を疎かにするのだろう。
それならいっそ、強制的でもいいから何か口に入れた方がいい。
半ば強引に山吹を連れ出し、駅から歩いて5分ほどのところにある牛丼チェーン店に入った。

閑散とした店内でカウンター席に並んで座る。
牛丼が運ばれて来るまでの間、山吹は終始俯いていた。
やはり食欲が無いのだろうか。
無理矢理連れ出した手前申し訳ない気持ちになったが、ここで帰すわけにもいかない。
やがて注文した品が届くと、山吹はじっと目の前に置かれたどんぶりを見つめたまま動かなかった。

「もしかしてどっか悪いのか?」
「……いえ、体は健康です」
体“は”ということは精神の方はどうなんだろう。
そんな疑問を抱きつつも俺は自分の牛丼をかき込んだ。
相変わらず俯いたままの山吹に「ゆっくりでいい」と声をかけてやると、彼は小さく頷いたあとしばらくしてからやっと割り箸を手に取った。

「……うま」

ぽつりと呟かれた言葉に、俺は安堵の表情を浮かべる。
「だろ?腹減ってる時はやっぱ牛丼だよな~」
山吹は黙々と口を動かしながら、こくりと小さく首肯した。
その瞳はかすかに潤んでいるように見える。

まだ問題が解決したわけではないが、栄養のあるものを食わせる事ができて一安心だ。
俺は山吹が食べる様子を見守りつつ、自分の分の牛丼を平らげた。

「腹減ってる時と睡眠不足の時はロクな事考えねーからな。とりあえずメシはちゃんと食え。あと今日は8時間以上寝る事」

とにかく今は元気になってくれればそれでいい。
「……何も聞かないんですか」

ずっと黙りこくっていた山吹が不意に口を開く。
さほど親しくもない相手にあれこれ詮索されるのも苦痛だろうから、と俺は素直に自分の考えを告げた。
こういう時、どんな対応をするのが正解なのか俺にはよく分からない。

その後、二言三言会話を交わしたが、予想通り、俺に悩みを打ち明けるつもりはないようだ。
それでも最初よりは幾分か顔色が良くなったように思える。

食事を終えた俺たちは来た道を引き返すようにして駅へ向かった。
山吹の口数も少しずつ増えてきている。
この様子なら1人で帰しても大丈夫そうだ。
「今日のこと、別に誰かに言ったりしないしないから。まぁあんまり思い詰めんなって感じだけど……気を付けて帰れよ」

駅の改札が近づくにつれ、解散の空気を感じ取った俺は努めて明るい口調でそう伝えた。
「じゃ、お疲れ」
「ありがとうございます」

本日何度目かのその台詞は、心なしか穏やかな声音だった。
「あの、このお礼は必ずします」
「お礼ねぇ」
別にそんな大それたことはしていないのだけれど。
もう少し、彼と距離を縮めることができたら安心して悩み事を相談してくれるようになるのだろうか。
ふいにそんなことを思った。
「じゃあその敬語止めてくれないか」
「へ?」
山吹は目を丸くする。
「歳、同じなんだし。タメでいいじゃん」
「あ、あ~……」
山吹は一瞬考えるような仕草を見せた後「そういうことなら」と了承してくれた。
ほんの少しだけ、彼に歩み寄れた気がして嬉しかった。

その日を境に山吹は事あるごとに俺に絡んでくるようになった。
想像以上に懐かれてしまい、少し鬱陶しいと感じることもあったが、山吹と話す時間はいつしか心地の良いものへと変化していった。

ぎこちなかった会話も回数を重ねるごとに自然なものへと変化していき、3年も経った今ではお互い軽口を叩き合える程度の仲にまでなっていた。
山吹との日々は初めての連続でとても新鮮だった。
今まで職場の人間と2人きりで飲みに行くことなんて一度もなかったし、仕事以外の話だってほとんどした事がなかった。
だから山吹と一緒に居ると、新しい発見ばかりで毎日がとても楽しかったのだ。

けれど、それと同時に不安も募っていく。
山吹ほどの優秀な人材がこんな小さな会社にいつまでも留まり続けてくれるのか?
彼がいなくなれば、俺の人生はまたあの退屈な毎日に戻ってしまう。

だからこそ、俺は山吹に心を許しきってしまわないよう常に自分に言い聞かせていた。
これ以上絆されたら、最後に困るのは俺自身だ。
ただ、山吹がなにか困った時に相談できる1つの場所として俺の存在があるのならそれでいい。
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