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11.互いの好きなところを10個言わないと出られない部屋
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「……これで5回…いや、6回目か」
天蓋つきベッドと扉、そしてホワイトボードしかない殺風景な部屋を見渡しながら俺は小さく息をつく。
ここ数日、俺たちは時間を見つけては例の夢について考察を重ねてきたがどれも予想の域を出ないものだった。
「今回の脱出条件はなんだろうな~」
紺色のパジャマに身を包んだ桜庭がベッドの上で寝返りをうつ。
ちなみに今日の俺は部屋着用のTシャツに短パンというラフな格好だ。
「……なぁ、桜庭」
俺にはひとつずっと気がかりな事があった。
「んー」
「もしこの先、ものすご~く難易度の高いミッションが来たらどうする?」
例えば性的な行為を強要されるとか、そういった類のものだ。
この夢が俺の願望や深層心理を反映しているとしたらいつかそんな要求が来る可能性だってある。
もちろん俺は無理矢理なんて御免だが、問題は『脱出条件をクリアしない限り目が覚めないかもしれない』という点だ。
最悪、桜庭にそういう行為を求めなければならない状況になった場合、彼は一体どんな反応をするのだろう。
「あー、『気絶するまで殴り続けろ』とか?」
桜庭は平然な顔をして物騒な事をさらっと言い放った。
彼の想像する“難易度の高いミッション“はそんな感じらしい。
「怖すぎだろ」
「まぁでも所詮夢だしな。現実の肉体に影響はないんじゃね?」
「だといいけど……。この夢って普通の夢と違うじゃん?」
検証のために、この夢の中でわざと怪我をしてみる勇気は俺にはない。
「てか、そんな起こるかもわからない事で悩んでも仕方ないだろ」
そもそも対策のしようがないのだから考えるだけ無駄だと、桜庭はあっけらかんとして笑った。
確かに彼の言う通りだ。
考えすぎても疲れるだけだし、今はこの夢を楽しむべきだ。
そう自分に言い聞かせながら何気なくホワイトボードの方へ視線を向けると、先ほどまで白紙だったはずのそこに文字が浮かび上がっている事に気づいた。
「あ……」
「ん、やっときたか」
そこにはいつものように角ばった筆跡でこう書かれていた。
【互いの好きなところを10個言わないと出られない部屋】
「……は?」
桜庭は上体を起こして怪しげな表情を浮かべていた。
これまでは『手を繋げ』とか『ハグしろ』といった直接体に触れ合うような指示ばかりだったがこんなパターンもあるのか。
「こりゃまた変な指令が来たな~」
俺は冗談混じりにそう呟きながら桜庭の表情を伺った。
正直、桜庭が俺のどこを好きだと思っているのか非常に気になる。
それと同時に俺も彼の好きなところを言いたくてうずうずしていた。
「……じゃあまずは山吹からな」
「あ、うん」
流れで俺からスタートする事になってしまったが、この手の質問は俺の得意分野だ。
元々他人の長所を見つけるのは苦手じゃないし、桜庭の良いところをいっぱい言ってやりたい。
俺はベッドの上で胡座をかいて座る桜庭と向き合うように正座した。
すると桜庭もつられて姿勢を正す。
「桜庭の好きなとこ、か」
改めて考えてみれば意外と難しいかもしれない。
恋愛対象として見ている部分と同僚としての好きは違う。
頭の中で次々と浮かぶ言葉の中から比較的差し支えのないワードを慎重に選び抜いていく。
「んー、やっぱ真面目で仕事熱心なところかな」
とりあえず無難なところから攻めていくことにした。
桜庭は誠実で頼りがいがある。
一緒に仕事をしていてそれは痛い程よくわかっていた。
俺の言葉を聞いて桜庭はどこか照れくさそうに頬を掻いた。
「あとは……面倒見が良いとこも好きだな。なんだかんだ優しいし責任感も強いし」
「……ふーん。それは自覚なかったわ」
「仕事中いつも落ち着いてるのもカッコいいよな!俺、忙しくなるとすぐ余裕無くなっちゃうから」
「それはただの慣れだな」
あれこれ考えているうちに段々と楽しくなってきた俺はそのままノンストップで喋り続けた。
「それからー……たまに抜けてて不器用なとこもかわい……面白くて好きだな!」
「それ褒めてんのか?」
「自分に厳しくて努力家なとこも尊敬する」
「別に普通だろ」
「1番は自分をしっかり持ってるとこかな。他人の意見に流されない芯の強さが好きだ」
俺が褒めれば褒めるほど、桜庭の顔に熱が集まっていくのが分かった。
眉間に皺を寄せてはいるが満更でもない様子だ。
「あとは」
「ストップ。もう10個言ったろ」
俺の言葉を遮るように桜庭が制止する。
「え、まじ?」
「ちゃんと数えてなかったのかよ。あほ」
桜庭はそう言ってそっぽを向いてしまった。
耳まで真っ赤になっているのが可愛くて思わず笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ次。桜庭の番な」
「…………わかった」
桜庭は少し躊躇いながらもゆっくりと顔を上げた。
その瞳には緊張の色が見える。
「山吹の好きなところ……」
「うん」
「山吹の……」
桜庭は目を泳がせながら必死に頭を働かせているようだった。
俺の好きなところってそんなに考え込まないと出てこないものなのだろうかと少し不安になるが、今は彼の答えを待つしかない。
「……」
「……」
「……」
「……」
向かい合ったまま沈黙が流れる。
「桜庭さん?もしかして何も思いつかないとか言わないよね?」
それは流石の俺でもちょっと傷つくぞ。
「いや、あのさ」
「うん」
「山吹のことは好きなんだけど…俺こういうの言葉にするの苦手で……」
『山吹のことは好きなんだけど』というフレーズが何度も脳内でリピートされる。
「んー、例えばほら、顔がカッコいいとこが好きとか」
俺は助け舟を出すつもりで冗談めかしてそう言った。
だが桜庭は真剣な表情で俺の顔をじっと見ると、ぽつりと呟いた。
「顔は別に」
「ひどい」
「あ、や、そういう意味じゃなくてだな……」
珍しく慌てる桜庭を見て、今度は声を出して笑ってしまった。
「そんな焦らなくても大丈夫だって」
「……うるさいな。じゃあ急かすなよ」
桜庭は照れ隠しなのか軽く俺を睨むと、再び考え込むように黙り込んだ。
そしてしばらくしてから小さく息を吐き、覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見据えた。
「山吹は……明るいよな。しかもすごく話しかけやすい」
「あー、それはよく言われるな」
「よく笑うところも…いいとおもう」
ひとつひとつ確かめるように紡がれていく言葉は、普段の彼からは想像できないほどぎこちなく辿々しいものだった。
それでも、一生懸命想いを伝えようとしてくれていることは痛いほど伝わってくる。
「あとは……そうだな、いつも周りをよく見てる所とか尊敬する」
「うん」
「誰に対しても分け隔て無く接してるのもすごい、と思う。器用だし要領もいいし……」
そこまで言ったところで桜庭は俺に視線を
戻した。
その目は「あといくつだ」と問いかけているように見える。
「あと3つかな」
この部屋を出る為に仕方なく俺の好きなところを言っているだけなのに、どうしようもなく嬉しく思ってしまう自分がいる。
「みっつ……」
桜庭は足を崩してベッドの上に座り直すと腕を組みながら天井を仰いだ。
そしてしばらく考えるような素振りを見せた後、何か思いついたように口を開いた。
「山吹って結構お人好しだよな」
「おひとよし……」
「あと……よく喋るとこ」
「なんか段々適当になってきてない?」
俺のツッコミを無視して桜庭は続けた。
「いや。山吹と話してると楽しい。話題選びも相手が不快に思わないようなものを意識してるだろ」
「そう……かなぁ」
自分ではあまり意識していないが、他人から見た俺はそんな風に映っているらしい。
「山吹が居るだけで場の空気が柔らかくなるっていうか……落ち着くっていうか……」
「落ち着く」
まさか桜庭にこんなことを言われる日が来るなんて思ってもいなかった。
ミッションクリアのためとはいえ、何だかくすぐったい気持ちになる。
「つまり、何が言いたいかというとだな」
桜庭は顔を上げると、意を決したように口を開いた。
なんだか告白される直前のような雰囲気に思わず心臓が高鳴る。
「山吹はうちの会社にとって必要不可欠な存在だと思う」
「……うん?」
「だから、これからも一緒に頑張ってくれ」
「お、おお」
あれ、これはどういう流れだろう。
好きなところを聞かせてもらえると思っていたのに、いつのまにか俺の仕事ぶりについての話になってしまった。
そんなことを考えていると扉の方からガチャリと鍵の開く音が響いた。
「……開いた?」
反射的に扉の方を見た桜庭は安堵の表情を浮かべていた。
夢の終わりが近づいている。
「あー、今回のは難易度高かったなぁ」
名残惜しさが拭えない俺とは対照的に、桜庭は既にいつも通りの調子を取り戻しつつあった。
「お前のお陰で助かったよ」
少し照れ臭そうな顔をしながら礼を言う桜庭の顔を見ていると「もう少しだけ2人でここに居たい」という感情が胸の奥底で燻っていく。
「じゃあ、また会社でな」
俺はそんな気持ちを封じ込めるよう努めて明るく振る舞った。
「ああ。またな」
桜庭は小さく手を振ると、そのまま振り返ることなくドアノブに手をかけた。
“山吹はうちの会社にとって必要不可欠な存在だと思う”
桜庭にとって、俺の価値は「いかに会社に利益をもたらすか」ということに集約されているのかもしれない。
そう思うと少し寂しい気がしたが、恋愛を諦めた俺にとってその考えは決して悪いものではなかった。
むしろ、変に望みがない方が気兼ねなく片想いできるというものだ。
俺は桜庭の背中が見えなくなるまで、ずっとその後ろ姿を見つめ続けていた。
天蓋つきベッドと扉、そしてホワイトボードしかない殺風景な部屋を見渡しながら俺は小さく息をつく。
ここ数日、俺たちは時間を見つけては例の夢について考察を重ねてきたがどれも予想の域を出ないものだった。
「今回の脱出条件はなんだろうな~」
紺色のパジャマに身を包んだ桜庭がベッドの上で寝返りをうつ。
ちなみに今日の俺は部屋着用のTシャツに短パンというラフな格好だ。
「……なぁ、桜庭」
俺にはひとつずっと気がかりな事があった。
「んー」
「もしこの先、ものすご~く難易度の高いミッションが来たらどうする?」
例えば性的な行為を強要されるとか、そういった類のものだ。
この夢が俺の願望や深層心理を反映しているとしたらいつかそんな要求が来る可能性だってある。
もちろん俺は無理矢理なんて御免だが、問題は『脱出条件をクリアしない限り目が覚めないかもしれない』という点だ。
最悪、桜庭にそういう行為を求めなければならない状況になった場合、彼は一体どんな反応をするのだろう。
「あー、『気絶するまで殴り続けろ』とか?」
桜庭は平然な顔をして物騒な事をさらっと言い放った。
彼の想像する“難易度の高いミッション“はそんな感じらしい。
「怖すぎだろ」
「まぁでも所詮夢だしな。現実の肉体に影響はないんじゃね?」
「だといいけど……。この夢って普通の夢と違うじゃん?」
検証のために、この夢の中でわざと怪我をしてみる勇気は俺にはない。
「てか、そんな起こるかもわからない事で悩んでも仕方ないだろ」
そもそも対策のしようがないのだから考えるだけ無駄だと、桜庭はあっけらかんとして笑った。
確かに彼の言う通りだ。
考えすぎても疲れるだけだし、今はこの夢を楽しむべきだ。
そう自分に言い聞かせながら何気なくホワイトボードの方へ視線を向けると、先ほどまで白紙だったはずのそこに文字が浮かび上がっている事に気づいた。
「あ……」
「ん、やっときたか」
そこにはいつものように角ばった筆跡でこう書かれていた。
【互いの好きなところを10個言わないと出られない部屋】
「……は?」
桜庭は上体を起こして怪しげな表情を浮かべていた。
これまでは『手を繋げ』とか『ハグしろ』といった直接体に触れ合うような指示ばかりだったがこんなパターンもあるのか。
「こりゃまた変な指令が来たな~」
俺は冗談混じりにそう呟きながら桜庭の表情を伺った。
正直、桜庭が俺のどこを好きだと思っているのか非常に気になる。
それと同時に俺も彼の好きなところを言いたくてうずうずしていた。
「……じゃあまずは山吹からな」
「あ、うん」
流れで俺からスタートする事になってしまったが、この手の質問は俺の得意分野だ。
元々他人の長所を見つけるのは苦手じゃないし、桜庭の良いところをいっぱい言ってやりたい。
俺はベッドの上で胡座をかいて座る桜庭と向き合うように正座した。
すると桜庭もつられて姿勢を正す。
「桜庭の好きなとこ、か」
改めて考えてみれば意外と難しいかもしれない。
恋愛対象として見ている部分と同僚としての好きは違う。
頭の中で次々と浮かぶ言葉の中から比較的差し支えのないワードを慎重に選び抜いていく。
「んー、やっぱ真面目で仕事熱心なところかな」
とりあえず無難なところから攻めていくことにした。
桜庭は誠実で頼りがいがある。
一緒に仕事をしていてそれは痛い程よくわかっていた。
俺の言葉を聞いて桜庭はどこか照れくさそうに頬を掻いた。
「あとは……面倒見が良いとこも好きだな。なんだかんだ優しいし責任感も強いし」
「……ふーん。それは自覚なかったわ」
「仕事中いつも落ち着いてるのもカッコいいよな!俺、忙しくなるとすぐ余裕無くなっちゃうから」
「それはただの慣れだな」
あれこれ考えているうちに段々と楽しくなってきた俺はそのままノンストップで喋り続けた。
「それからー……たまに抜けてて不器用なとこもかわい……面白くて好きだな!」
「それ褒めてんのか?」
「自分に厳しくて努力家なとこも尊敬する」
「別に普通だろ」
「1番は自分をしっかり持ってるとこかな。他人の意見に流されない芯の強さが好きだ」
俺が褒めれば褒めるほど、桜庭の顔に熱が集まっていくのが分かった。
眉間に皺を寄せてはいるが満更でもない様子だ。
「あとは」
「ストップ。もう10個言ったろ」
俺の言葉を遮るように桜庭が制止する。
「え、まじ?」
「ちゃんと数えてなかったのかよ。あほ」
桜庭はそう言ってそっぽを向いてしまった。
耳まで真っ赤になっているのが可愛くて思わず笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ次。桜庭の番な」
「…………わかった」
桜庭は少し躊躇いながらもゆっくりと顔を上げた。
その瞳には緊張の色が見える。
「山吹の好きなところ……」
「うん」
「山吹の……」
桜庭は目を泳がせながら必死に頭を働かせているようだった。
俺の好きなところってそんなに考え込まないと出てこないものなのだろうかと少し不安になるが、今は彼の答えを待つしかない。
「……」
「……」
「……」
「……」
向かい合ったまま沈黙が流れる。
「桜庭さん?もしかして何も思いつかないとか言わないよね?」
それは流石の俺でもちょっと傷つくぞ。
「いや、あのさ」
「うん」
「山吹のことは好きなんだけど…俺こういうの言葉にするの苦手で……」
『山吹のことは好きなんだけど』というフレーズが何度も脳内でリピートされる。
「んー、例えばほら、顔がカッコいいとこが好きとか」
俺は助け舟を出すつもりで冗談めかしてそう言った。
だが桜庭は真剣な表情で俺の顔をじっと見ると、ぽつりと呟いた。
「顔は別に」
「ひどい」
「あ、や、そういう意味じゃなくてだな……」
珍しく慌てる桜庭を見て、今度は声を出して笑ってしまった。
「そんな焦らなくても大丈夫だって」
「……うるさいな。じゃあ急かすなよ」
桜庭は照れ隠しなのか軽く俺を睨むと、再び考え込むように黙り込んだ。
そしてしばらくしてから小さく息を吐き、覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見据えた。
「山吹は……明るいよな。しかもすごく話しかけやすい」
「あー、それはよく言われるな」
「よく笑うところも…いいとおもう」
ひとつひとつ確かめるように紡がれていく言葉は、普段の彼からは想像できないほどぎこちなく辿々しいものだった。
それでも、一生懸命想いを伝えようとしてくれていることは痛いほど伝わってくる。
「あとは……そうだな、いつも周りをよく見てる所とか尊敬する」
「うん」
「誰に対しても分け隔て無く接してるのもすごい、と思う。器用だし要領もいいし……」
そこまで言ったところで桜庭は俺に視線を
戻した。
その目は「あといくつだ」と問いかけているように見える。
「あと3つかな」
この部屋を出る為に仕方なく俺の好きなところを言っているだけなのに、どうしようもなく嬉しく思ってしまう自分がいる。
「みっつ……」
桜庭は足を崩してベッドの上に座り直すと腕を組みながら天井を仰いだ。
そしてしばらく考えるような素振りを見せた後、何か思いついたように口を開いた。
「山吹って結構お人好しだよな」
「おひとよし……」
「あと……よく喋るとこ」
「なんか段々適当になってきてない?」
俺のツッコミを無視して桜庭は続けた。
「いや。山吹と話してると楽しい。話題選びも相手が不快に思わないようなものを意識してるだろ」
「そう……かなぁ」
自分ではあまり意識していないが、他人から見た俺はそんな風に映っているらしい。
「山吹が居るだけで場の空気が柔らかくなるっていうか……落ち着くっていうか……」
「落ち着く」
まさか桜庭にこんなことを言われる日が来るなんて思ってもいなかった。
ミッションクリアのためとはいえ、何だかくすぐったい気持ちになる。
「つまり、何が言いたいかというとだな」
桜庭は顔を上げると、意を決したように口を開いた。
なんだか告白される直前のような雰囲気に思わず心臓が高鳴る。
「山吹はうちの会社にとって必要不可欠な存在だと思う」
「……うん?」
「だから、これからも一緒に頑張ってくれ」
「お、おお」
あれ、これはどういう流れだろう。
好きなところを聞かせてもらえると思っていたのに、いつのまにか俺の仕事ぶりについての話になってしまった。
そんなことを考えていると扉の方からガチャリと鍵の開く音が響いた。
「……開いた?」
反射的に扉の方を見た桜庭は安堵の表情を浮かべていた。
夢の終わりが近づいている。
「あー、今回のは難易度高かったなぁ」
名残惜しさが拭えない俺とは対照的に、桜庭は既にいつも通りの調子を取り戻しつつあった。
「お前のお陰で助かったよ」
少し照れ臭そうな顔をしながら礼を言う桜庭の顔を見ていると「もう少しだけ2人でここに居たい」という感情が胸の奥底で燻っていく。
「じゃあ、また会社でな」
俺はそんな気持ちを封じ込めるよう努めて明るく振る舞った。
「ああ。またな」
桜庭は小さく手を振ると、そのまま振り返ることなくドアノブに手をかけた。
“山吹はうちの会社にとって必要不可欠な存在だと思う”
桜庭にとって、俺の価値は「いかに会社に利益をもたらすか」ということに集約されているのかもしれない。
そう思うと少し寂しい気がしたが、恋愛を諦めた俺にとってその考えは決して悪いものではなかった。
むしろ、変に望みがない方が気兼ねなく片想いできるというものだ。
俺は桜庭の背中が見えなくなるまで、ずっとその後ろ姿を見つめ続けていた。
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