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新婚生活編

12.夏休み(後編)

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買ったばかりのアイスを頬張りながら歩くこと数分、目的の場所へと到着した。
「お、意外と賑やかだな」 
土曜日だからか、少し離れた場所にはカップルや大学生らしき人たちがちらほらと見えた。
楽しげな声と共に手持ち花火の光が暗闇に浮かび上がっている。
「よし、じゃあ俺たちも始めますか」
「はい、先生」
花火のパッケージを開け、付属のミニバケツに水を汲むといよいよ花火タイムが始まった。
「線香花火は最後な」
「りょーかい!んじゃまずはこれかな…」
まずは手始めに小さめのものを選び火をつけた。シューという音と共に勢い良く花火が飛び出す。
「きれい~!」
「おー、すげー」
色とりどりの鮮やかな光を放つ花火を見て彗は目を輝かせた。
花火特有の火薬の匂いが鼻腔をくすぐる。
「なんか夏休みみたいだね」
「夏休みかー…」
子供の頃は毎日が楽しくて未来への希望に満ち溢れていたというのに、どうして俺はこんな冴えない大人になってしまったのだろうか…
もう2度と訪れることのない『小学生の夏休み』を想うとなんとももどかしいような切ない気持ちが込み上げて来た。

「…俺、子供の頃より今の方が幸せだなー」
そんな俺の思考を読んだかのように彗が笑いかけてきた。
「え?」
「だって大人の方が自由だし、楽しいじゃん」
「まぁ、それはそうだな」
確かに今の生活に不満があるわけではないが、それでもやはり能天気に過ごすことが許された子供時代に戻りたいという願望はある。
「それに、好きな人とも一緒に居られるしー?」
そう言ってわざとらしく俺の顔を覗き込むようににんまりと笑う彗。
その瞳には花火の光が反射してキラキラとしている。
「お前ってほんっと恥ずかしげもなくそういうこと言うよな」
「え~?本心なのに?」
「はいはい」
彗の左手の薬指に嵌められた指輪が花火に照らされ輝く。
その光景がなんだか眩しくて、俺は思わず視線を逸した。

「……俺も、今が一番幸せなのかもな」
ぼそりと言った言葉はしっかり届いていたようで、彗は満足そうな笑みを浮かべた。
「瞬ちゃんがデレた」
「うるせぇ」
その後も俺たちは様々な花火を楽しんだ。
やがて全ての花火が燃え尽きると、俺たちは最後の締めである線香花火を手に取った。
「よーし。彗、勝負するか」
「もちろん!」
「先に落とした方が相手の言うことなんでも1つ聞く、な」
子供の頃によくやった遊びだ。
勝った方は負けた方になんでも一つ命令ができる……のだが、今までほとんど勝てた試しがなかった。
「いいけど、俺が勝つからね」
「ふふふ、それはどうかな」
俺たちはそれぞれ自分の分の線香花火を手に取り、「せーの」で同時に着火した。
小さな赤い玉が少しずつ膨らんでいき、パチッと爆ぜたかと思うとオレンジ色の光が忙しなく弾けていく。
「綺麗…」
しばらく無言の時間が流れる。
俺たちはただじっと花火を見つめ続けた。
「ねぇ、瞬ちゃん」
「ん?」
「好きだよ」
突然の言葉に驚いた俺は反射的に彗の方を見てしまった。その微かな体の揺れで俺の持つ線香花火の火の玉が落ちてしまう。
「あっ、落ちちゃった~。瞬ちゃんの負けだね」
そう言って勝ち誇ったような表情を浮かべる彗。
「待て、今のは反則だろ」
「んー?話しかけちゃダメなんてルールなかったよね」
「くそ…もう一回勝負だ」
「いいよ、何度だって受けて立つ」
俺たちは再び線香花火に火をつける。しかし、今度はパチパチと数回爆ぜただけですぐに落下してしまった。
「ぶは、瞬ちゃん弱すぎ」
「なんでだ…」
その後も何度か挑んだものの、結局最後の一本まで俺は彗に勝つことはできなかったのだった。

「はぁ~俺の完敗だよ。んで、俺は何をすれば良いんだ?」
「んー…特に考えてなかったな…」
彗は顎に手を当て考える仕草をした。
そして、俺の方へ向き直るとニヤリと笑みをこぼす。
「じゃあプロポーズして欲しいな」
「ぷろぽ……え?」
まさかそんな命令をされるとは思わず俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんでも聞くって言ったよね~?」
「でもなんでまた…」
「いや~そう言えばちゃんとプロポーズされてなかったなって」
たしかに『爺ちゃんの前で婚約者のフリをして欲しい』と彗に相談を持ちかけたのが全ての始まりだった。
そしてその流れで本当に入籍する事になってしまったので結局正式にプロポーズをする機会が無いままここまで来てしまったのだ。
まぁ、わざわざ改めてプロポーズをする必要性を感じていなかったというのもあったが…

「ほら早く」
「う……」
「あ、もしかして自信ない?お願い事変えようか?」
彗は挑発するようにニヤニヤと口角を上げる。
「……上等じゃねーか」
こうなったらとことんやってやる。
俺は意を決して立ち上がると彗の前へと歩み寄った。
ただの罰ゲームの一環なのに、緊張で心臓がうるさいくらいに脈打つ。
俺は一度大きく深呼吸をすると、緊張で震えそうになる声を抑えながら真っ直ぐ彗の目を見た。
「彗、俺と結婚してくれ」
恥ずかしさを誤魔化すために冗談めかして言うつもりだったのに、口から出てきた言葉はひどく真剣なものになってしまった。
今が夜でよかった。このあたりは街灯しか明かりがないおかげで顔が真っ赤になっていることに気付かれずに済みそうだ。

そんな事を考えながら俺は彗の返事を待っていたが、いつまで経っても反応がない。
不思議に思い顔を上げてみると彗はぽかんとした表情のまま固まっていた。
「彗?」
「……」
「けーいー」
俺は心配になって彗の肩を揺さぶると、ようやく我に返ったようでハッとしたように目を見開いた。
「わ……ごめん。構えてたのにびっくりしちゃった」
彗は熱った顔を手で仰ぎながら照れ臭そうにはにかみ笑う。
いつもは余裕綽々な態度で俺を揶揄ってくる癖に、俺の一言でこんなにも情緒がかき乱されてしまうのか……そう思うとなんだか可愛くて愛おしさが込み上げてきた。
「…ちなみに返事は?」
「もちろん!喜んでお受けします!」
答えなんて最初から分かりきっていたが、彗に力強くそう言われようやくホッとできた。

「……あー、緊張した…」
「ふふ、でもカッコよかったよ」
俺が脱力したように地面に座り込むと彗も同じようにしながら花火の片付けを始めた。
「ほんとはもっと洒落た事言いたかったんだけどなー…」
「俺は飾らない瞬ちゃんが好きだよ」
こういう発言はサラッと出て来るくせに、いざ自分が言われると照れてしまうのが不思議だ。
「そりゃどーも」
「ねぇ、ちなみに瞬ちゃんが勝ったら何命令するつもりだったの?」
「んーー…内緒」

『ゴミ出し当番1週間交代』などという可愛げのない命令を考えていただなんて言えるはずがなかった。
「えー教えてよ」
「ダメだ」
「ケチ」
俺たちはそんなくだらないやり取りをしながら後始末を終えると、「じゃあ帰ろうか」と言って立ち上がった。
「また来年もやろうね!」
「おお」

当たり前のようにこうして約束を交わせる事がどれほど幸福なことか、俺は今になって気付いたのだった。
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