職場の後輩に溺愛されすぎて困る話

小熊井つん

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両想い編

してみたかったこと

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「檜山先輩。俺、ずっとしてみたかったことがあるんですけど」

それは杉宮がうちに泊まりにきた日のこと。
就寝準備を済ませた俺たちはベッドの上で横になりながら他愛もない会話をしていた。
シングルベッドなので当然距離も近いのだが、杉宮との距離感にも慣れてきたのでそれほど緊張することもなく普通に接することができるようになっていた。

「なんだよ改まって」

恋人からの突然の提案に俺はわざとらしく惚けて見せたが、愛し合う者同士がする事と言ったらアレしかないだろう。
恥ずかしそうに視線を逸らす杉宮を見て俺は思わず生唾を飲み込んだ。

杉宮と恋人同士になってから早2ヶ月。
俺たちはまだキスすらしていなかった。
こちらから仕掛ければ済む話だが、歳上の方からがっつくのもみっともないと思いあえて何もしなかったのだ。

「もし、不快だったらすみません」
「大丈夫だからとりあえず言ってみな」
「俺、先輩ともっと親しくなりたくて」
「ああ」

ひとつひとつ言葉を選ぶようにゆっくり話し始めるその様子に俺は少し緊張感を覚えながらも相槌を打つ。
杉宮はおもむろに上体を起こすと、そのままベッドの上に正座した。
つられて俺も起き上がり杉宮の方へと向き直る。
そして深呼吸をしたかと思うと意を決したように勢いよく頭を下げた。

「檜山先輩のこと名前で呼ばせてください」
「ん……?」
予想外の申し出に俺は面食らうと同時に呆気に取られてしまった。
しかし杉宮は真剣そのものらしく、頭を上げた後も表情を引き締めたまま真っ直ぐに俺を見つめている。
どうやら冗談でもなんでもなく本気で言っているらしい。

確かに付き合っている以上名前呼びくらいは当たり前なのかもしれない。

俺はいかがわしい妄想に耽っていた自分が急に恥ずかしくなり、赤面しながら頭を掻いた。
「あー……なるほど、名前呼びね、名前呼び……」
俺が曖昧な返答をすると杉宮はそれを否定と捉えたらしく申し訳なさそうな顔をした。
「やっぱり先輩相手に失礼ですよね」
「えっいや!それくらい全然構わねーけど」
「じゃあ、これからは『昴さん』って呼んでもいいですか?」
「ああ」
杉宮は身を乗り出すようにして俺の手を握った。
その瞳には期待の色が浮かんで見える。
なんだかその様子が可愛らしくて俺は自然と頬が緩むのを感じた。

「よし、んじゃ試しに呼んでみ!」
「はい!」
杉宮は大きく息を吸い込むと、真っ直ぐ俺を見据えて口を開いた。

「昴さん。愛してます」
「ン゛……!?」

ただ名前を呼ばれるだけだと思って油断していた俺は不意打ちを食らい、変な声を出してしまった。
杉宮はさらに追い打ちをかけるように淡々と言葉を続ける。
「昴さんのことが誰よりも好きです。これからもずっと側に居させてください」
「お、おお……」
「昴さんは俺の生き甲斐です。昴さんと出会えて本当に幸せです」
「それは……どうも」
「俺、昴さんにもっと好きになってもらえるように頑張ります」

熱烈すぎる告白に俺の頬はみるみると赤く染まっていった。
「昴さ……」
「あー!ストップ!もうわかったから!」
そう言って俺は両手を前に突き出し制止した。

「やっぱり嫌でしたか」
「そういうわけじゃねーけど……」
正直なところ嬉しくないはずがなかった。
杉宮からのストレートな愛情表現は未だに照れ臭くはあるが、同時にとても心地良いものだった。

「あの、昴さん」
杉宮はそわそわと落ち着かない様子で今度は俺の方へ身を寄せて来た。
「今度はなんだ」
「もしよかったら俺のことも名前で呼んでください」
こんなにキラキラと期待に満ちた目で見つめられたら断るわけにもいかないだろう。

(……そうだ)

先程の仕返しではないが、少し困らせてやろうと思った俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「おう、まかせろ」
「……!お願いします!」
杉宮は再び姿勢を整えると真っ直ぐ俺の目を見た。
ただ名前を呼ぶだけだと言うのに、ほんのりと頬を染め緊張している様子がなんとも可愛らしかった。
こんな愛想笑いもできない男をかわいいと思うのはきっと世界で俺1人だけだろう。
俺は数回咳払いをして喉の調子を整えると、意を決して口を開いた。

「北斗、好きだよ」
俺は優しく微笑みかけながら彼の名前を呼んだ。
「……!」
その瞬間、杉宮改め北斗はぼふっと湯気でも出そうな勢いで顔を真っ赤にして固まった。
相変わらず表情筋は機能していなかったものの、それでも心の底から喜びを感じているのが手に取るようにわかる。 
俺はそんな彼の反応が面白くて何度も名前を呼び続けた。
「北斗」
「……」
「ほーくと」
「……」
「ほーくーとー」
何度が繰り返すうちにようやく我に帰ったのか、北斗はハッと顔を上げた。
そして、俺の両手をぎゅっと握ると嬉しそうに言った。
「昴さん、俺も……俺も好きです」
「知ってる」

俺はこの年下の男のことがたまらなく愛しくなって、衝動的に抱き締めていた。
「わっ……」
北斗は驚いたように身体を硬直させた。
しかしすぐに背中に手を回してくると、甘えるように俺の首筋に額を擦り付けてくる。

互いを名前で呼ぶようになってより一層距離が縮まった気がする。
俺たちはこれからももっとお互いのことを知ろうと努力していくんだろう。
そんなことを考えながら、俺も北斗を強く抱きしめ返した。
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