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両想い編
癒し
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「あ~~疲れた」
休日出勤を終えて帰宅した俺は、部屋着へ着替えるなりベッドへと倒れ込んだ。
毎年この時期になると嫌でも元恋人に振られた日の事を思い出してしまうのだが、今年は北斗という存在ができたおかげでだいぶマシになった気がする。
北斗は俺の事を心の底から好いてくれているし俺もあいつのことが好きだ。
それでもやっぱり脳裏に焼き付いたトラウマというのはなかなか消えてくれないらしい。
「……北斗」
ぽつりと呟く。
いい歳して情けないとは思うものの、今日は疲れているせいかやたら人恋しい気分になっていた。
(……あいつもそろそろ家に着く頃かな)
俺はスマホを手に取りメッセージアプリを開くと北斗とのトーク画面を表示させた。
『休日出勤お疲れ様!』
さすがに「寂しい」なんて素直に言うのは抵抗があった為、とりあえず当たり障りのないメッセージを打ち込む事にした。
送信ボタンを押してから1分もしないうちに返信が来る。
『お疲れ様です。何かありましたか?』
普段必要最低限の連絡しかしない恋人が突然こんな中身のないメッセージを送ってきたら不審に思うのは当然かもしれない。
『ちょっと声が聞きたくなって』
俺はベッドの上で仰向けに寝転びながらしばらくそのメッセージとにらめっこしていたが、やはりまだ恥ずかしさが勝ってしまい送信ボタンをタップできずにいた。
「これは無いな」
削除ボタンに触れようとしたその時、ツルリとスマホが手から滑り落ちて顔面に直撃する。
「痛ってぇ!」
ズキズキ痛む鼻を押さえながらスマホ画面を確認すると、先ほどのメッセージが送信済みになっていた。
「げっ!?」
慌ててメッセージを削除しようと画面に触れた瞬間、既読マークがついた。
「うわぁ、まじか……」
このタイミングで削除なんてしたら間違いなく不審がられるに違いない。
俺は羞恥と焦りが入り交じった感情に襲われながら返信が来るのを待ったが、それから1時間経っても北斗からの通知が鳴る事はなかった。
あいつが俺からの連絡を無視するとは思えないし、もしかしたら取り込み中だったのかもしれない。
それとも純粋に反応に困っているのだろうか。
「……はぁ。何やってんだ俺は」
どっと疲れを感じてため息をつく。
今日はさっさと風呂に入って寝てしまおうと思い立ち上がった時だった。
ピンポーン。
突如玄関の方からインターホンが鳴る音が聞こえてきた。
宅配業者にしてはかなり遅い時間帯だが、俺は重い腰を上げて玄関へと向かう。
「はいはーい」
ドアスコープ越しに外の様子を伺うとそこには見慣れた顔の男が立っていた。
「……えっ」
俺は慌てて鍵を開け、勢いよく扉を押し開ける。
そこには肩を大きく上下させ呼吸を整えようとしているスーツ姿の恋人の姿があった。
「北斗!?どうしてここに……」
北斗は大きく深呼吸した後、困惑したような表情を浮かべながら口を開いた。
「昴さん、さっき“声が聞きたい”って言ってくれたじゃないですか」
「たしかに言ったけど……」
北斗はきょとんとした顔のまま俺を見つめた。
あれは通話の誘いであって、決して『今すぐ会いに来い』という意味ではなかったのだが……。
「えーっと……あれは少し電話でもできたら良いなって意味で……」
自分で言っていて恥ずかしくなった俺は思わず顔を背ける。
しばらくして北斗はやっと自身の勘違いに気づいたのか、小さく「あっ」と呟いたまま固まってしまった。
「すみません。俺、勝手に舞い上がってました。てっきり昴さんが俺に会いたがってくれているのかと……」
そういって俯く北斗は相変わらず真顔だったが耳まで真っ赤に染まっていた。
「あの、すぐ帰ります。失礼しました」
「まっ……待て!北斗」
俺は慌てて踵を返す北斗の腕を反射的に掴んだ。
「……昴さん?」
「嫌だったわけじゃない。むしろ嬉しくて、びっくりして」
北斗の顔が見れず下を向いたまま呟く。
「だから帰るなよ……」
たった一言『声が聞きたい』と伝えただけでこんな夜中にわざわざ会いに来てくれるなんて思わなかった。
スーツ姿ということは着替える間も惜しんで急いで来てくれたということだろう。
仕事終わりで疲れているはずなのに、俺のために息を切らして。
その事実が申し訳なかったが、それ以上にどうしようもなく嬉しいと感じてしまっている自分がいた。
「まぁ、とりあえず上がれよ」
「はい!お邪魔します」
嬉しそうなオーラを放ちながら室内へと足を踏み入れる北斗を見て思わず笑みがこぼれた。
「ごめんな、仕事終わりで疲れてるのに」
「大丈夫です。昴さんのことが1番大切ですから」
真顔でさらりとそんな事を言われてしまい俺は思わず言葉に詰まる。
「それに俺も昴さんに会いたかったので」
「お前……ほんとさぁ……」
「?」
「あー、いいや。ほら、座れ座れ」
俺は照れ隠しにソファに座るよう促すと、北斗は大人しくそれに従った。
「何か飲むか?あ、てか晩飯まだだったりする?」
キッチンに向かいながら問いかけると、北斗は遠慮がちに首を横に振った。
「俺のことならお構いなく。元々15分くらい話したら帰るつもりだったので」
「は!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げ、勢いよく冷蔵庫の扉を閉めた。
「も、もしかして明日なにか予定でもあったのか?」
それなら悪いことをしてしまった。
咄嗟に壁時計を確認すると時刻はちょうど23時半を指していた。
俺の住むマンションから北斗の家までは最短でも40分はかかるはずだ。
俺は恐る恐る北斗の方を向いたが、当の本人は「いえ」と小さく否定した。
「特にありませんが、時間も時間ですしあまり長居するのは迷惑かと思いまして」
「なんだ、そういうことなら泊まっていけばいいじゃん」
「……良いんですか」
期待するような視線を向けられて俺は一瞬どきりと胸が高鳴る。
「うん。もう遅いし」
「……ありがとうございます。では、遠慮なく」
深々と頭を下げる北斗に俺は苦笑いを浮かべた。
恋人同士になってもこの堅苦しいところは変わらないらしい。
こうして俺達は遅めの晩御飯を済ませた後、交代でシャワーを浴びることにした。
「ふう」
脱衣所からするドライヤーの音を聞きながら俺はベッドに腰掛けた。
北斗がうちに泊まりに来るのはひと月ぶりくらいだろうか。
同じ会社に勤めているとはいえ、部署が離れていると顔を合わせる機会は少ない。
最近はお互い忙しい時期が続いていた事もあり、なかなかゆっくり2人で過ごす時間もなかった。
「ふふふ」
久しぶりに北斗と一緒に過ごせると思うと自然と頬が緩む。
しばらくするとガチャリと扉が開く音と共にタオルを頭に被った北斗が現れた。
「お風呂頂きました」
「あ、お前またちゃんと髪乾かしてねぇな」
「すみません」
「仕方ねーな。ほら、こっちこい」
俺は北斗を隣に座らせると、濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いてやった。
まるでシャンプー後の犬のような扱いを受けているというのに北斗は大人しくされるがままにされていた。
「ん!こんなもんかな」
「ありがとうございます」
タオルを頭に被せたままの北斗と目が合う。
「……昴さん?」
俺は吸い込まれるように彼に顔を近づけ、そのまま唇を重ねた。
唇が離れると北斗は少し驚いたような顔をしていた。
「……悪い」
なんだか気恥ずかしくなって咄嗟に謝ってしまったが、別に嫌がっているわけじゃないということくらい分かっていた。
「いえ」
北斗は短く答えると今度は自分から俺に口づけてきた。
「ん……」
触れるだけの優しいキスを何度か繰り返した後、北斗はゆっくり俺から離れて行った。
続きを期待するような視線を送ってくる恋人に対し俺は苦笑しながら首を横に振る。
「続きはまた今度な」
「分かりました」
正直俺もまだ物足りなかったが、急激に訪れた睡魔のせいでこれ以上起きていられる自信がなかった。
「北斗も疲れてるだろ?もう寝よーぜ」
「そうですね」
北斗はいつも自分の欲求よりも俺の気持ちを優先してくれる。
そんなところも含めて、俺はこの男が好きだった。
「ほら、北斗。おいで」
俺はベッドの壁際に寄り、布団を捲って手招きをした。
「失礼します」
シングルサイズのベッドは成人男性が2人並ぶとさすがに狭く、自然と身体がくっつく形になる。
俺たちは抱き合うような体勢で横になった。
北斗の匂いとシャンプーの香りが混ざり合っていて何とも言えない心地良さが感じられた。
「あの……昴さん」
「ん?」
「また寂しくなったらいつでも呼んでください。どこにいても必ず駆けつけます」
「ばっ……べつに寂しかったわけじゃねーよ」
あんな弱気なメッセージを送っておいてなんだが、北斗の前では格好つけたい気持ちがあった。
きっと先輩としての意地なのだろう。
そんな俺の考えなどお見通しだとでもいうように北斗は俺を抱き寄せて続けた。
「“俺が”昴さんに会いたいんです」
「……まぁ、そういうことなら……」
俺は恥ずかしさを誤魔化すために北斗の胸に顔を埋めた。
こういう時に茶化して来ないところが彼の良いところだと思う。
年下の恋人に甘えるのはどうしても抵抗があったが、この温もりを手放すのもまた難しいことだった。
「……あっそういやお前、なんで既読無視したんだよ」
「既読無視?」
「心配したんだぞ」
突然思い出したことを口に出すと北斗はしばらく考え込むように黙っていたが、すぐに何か思い当たったらしくハッとした表情を浮かべた。
「ああ、すみません。あの後すぐスマホの充電が切れてしまったんです」
「あはは。なんだ、そうだったのか」
「本当に申し訳ありません。慌てていたのですっかり忘れてました」
北斗は心底反省しているようだったが、俺はどこかホッとしていた。
「別にいいよ。北斗が俺のこと大事にしてくれてる事は知ってるしさ」
「はい。もちろんです」
北斗と付き合い始めてからというもの、俺はどんどんダメ人間になっていってるような気がする。
こんな俺を見て幻滅しないだろうかと不安になることもあるが、きっと北斗はどんな俺であろうと変わらず受け入れてくれるのだろう。
そんなことを考えていると心がじんわりと暖かくなっていくようだった。
「ふわぁ~、もうちょい話してたいけどそろそろ限界かも」
大きなあくびをしながら北斗の顔を見ると彼も同じタイミングで欠伸をしていた。
「すみません。俺も眠くなってきました」
2人して同時に欠伸をしてしまうというシチュエーションがなんだかおかしくて思わず吹き出してしまった。
「あはは!じゃあ寝るかぁ。電気消すぞー」
俺はヘッドボードに置いてあるリモコンを手に取り部屋の照明を落とした。
「おやすみなさい昴さん。大好きです」
「はいはい。俺もだよ~」
大好きな人と一緒に居られる幸せを噛み締めながら俺はゆっくりと目を閉じた。
休日出勤を終えて帰宅した俺は、部屋着へ着替えるなりベッドへと倒れ込んだ。
毎年この時期になると嫌でも元恋人に振られた日の事を思い出してしまうのだが、今年は北斗という存在ができたおかげでだいぶマシになった気がする。
北斗は俺の事を心の底から好いてくれているし俺もあいつのことが好きだ。
それでもやっぱり脳裏に焼き付いたトラウマというのはなかなか消えてくれないらしい。
「……北斗」
ぽつりと呟く。
いい歳して情けないとは思うものの、今日は疲れているせいかやたら人恋しい気分になっていた。
(……あいつもそろそろ家に着く頃かな)
俺はスマホを手に取りメッセージアプリを開くと北斗とのトーク画面を表示させた。
『休日出勤お疲れ様!』
さすがに「寂しい」なんて素直に言うのは抵抗があった為、とりあえず当たり障りのないメッセージを打ち込む事にした。
送信ボタンを押してから1分もしないうちに返信が来る。
『お疲れ様です。何かありましたか?』
普段必要最低限の連絡しかしない恋人が突然こんな中身のないメッセージを送ってきたら不審に思うのは当然かもしれない。
『ちょっと声が聞きたくなって』
俺はベッドの上で仰向けに寝転びながらしばらくそのメッセージとにらめっこしていたが、やはりまだ恥ずかしさが勝ってしまい送信ボタンをタップできずにいた。
「これは無いな」
削除ボタンに触れようとしたその時、ツルリとスマホが手から滑り落ちて顔面に直撃する。
「痛ってぇ!」
ズキズキ痛む鼻を押さえながらスマホ画面を確認すると、先ほどのメッセージが送信済みになっていた。
「げっ!?」
慌ててメッセージを削除しようと画面に触れた瞬間、既読マークがついた。
「うわぁ、まじか……」
このタイミングで削除なんてしたら間違いなく不審がられるに違いない。
俺は羞恥と焦りが入り交じった感情に襲われながら返信が来るのを待ったが、それから1時間経っても北斗からの通知が鳴る事はなかった。
あいつが俺からの連絡を無視するとは思えないし、もしかしたら取り込み中だったのかもしれない。
それとも純粋に反応に困っているのだろうか。
「……はぁ。何やってんだ俺は」
どっと疲れを感じてため息をつく。
今日はさっさと風呂に入って寝てしまおうと思い立ち上がった時だった。
ピンポーン。
突如玄関の方からインターホンが鳴る音が聞こえてきた。
宅配業者にしてはかなり遅い時間帯だが、俺は重い腰を上げて玄関へと向かう。
「はいはーい」
ドアスコープ越しに外の様子を伺うとそこには見慣れた顔の男が立っていた。
「……えっ」
俺は慌てて鍵を開け、勢いよく扉を押し開ける。
そこには肩を大きく上下させ呼吸を整えようとしているスーツ姿の恋人の姿があった。
「北斗!?どうしてここに……」
北斗は大きく深呼吸した後、困惑したような表情を浮かべながら口を開いた。
「昴さん、さっき“声が聞きたい”って言ってくれたじゃないですか」
「たしかに言ったけど……」
北斗はきょとんとした顔のまま俺を見つめた。
あれは通話の誘いであって、決して『今すぐ会いに来い』という意味ではなかったのだが……。
「えーっと……あれは少し電話でもできたら良いなって意味で……」
自分で言っていて恥ずかしくなった俺は思わず顔を背ける。
しばらくして北斗はやっと自身の勘違いに気づいたのか、小さく「あっ」と呟いたまま固まってしまった。
「すみません。俺、勝手に舞い上がってました。てっきり昴さんが俺に会いたがってくれているのかと……」
そういって俯く北斗は相変わらず真顔だったが耳まで真っ赤に染まっていた。
「あの、すぐ帰ります。失礼しました」
「まっ……待て!北斗」
俺は慌てて踵を返す北斗の腕を反射的に掴んだ。
「……昴さん?」
「嫌だったわけじゃない。むしろ嬉しくて、びっくりして」
北斗の顔が見れず下を向いたまま呟く。
「だから帰るなよ……」
たった一言『声が聞きたい』と伝えただけでこんな夜中にわざわざ会いに来てくれるなんて思わなかった。
スーツ姿ということは着替える間も惜しんで急いで来てくれたということだろう。
仕事終わりで疲れているはずなのに、俺のために息を切らして。
その事実が申し訳なかったが、それ以上にどうしようもなく嬉しいと感じてしまっている自分がいた。
「まぁ、とりあえず上がれよ」
「はい!お邪魔します」
嬉しそうなオーラを放ちながら室内へと足を踏み入れる北斗を見て思わず笑みがこぼれた。
「ごめんな、仕事終わりで疲れてるのに」
「大丈夫です。昴さんのことが1番大切ですから」
真顔でさらりとそんな事を言われてしまい俺は思わず言葉に詰まる。
「それに俺も昴さんに会いたかったので」
「お前……ほんとさぁ……」
「?」
「あー、いいや。ほら、座れ座れ」
俺は照れ隠しにソファに座るよう促すと、北斗は大人しくそれに従った。
「何か飲むか?あ、てか晩飯まだだったりする?」
キッチンに向かいながら問いかけると、北斗は遠慮がちに首を横に振った。
「俺のことならお構いなく。元々15分くらい話したら帰るつもりだったので」
「は!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げ、勢いよく冷蔵庫の扉を閉めた。
「も、もしかして明日なにか予定でもあったのか?」
それなら悪いことをしてしまった。
咄嗟に壁時計を確認すると時刻はちょうど23時半を指していた。
俺の住むマンションから北斗の家までは最短でも40分はかかるはずだ。
俺は恐る恐る北斗の方を向いたが、当の本人は「いえ」と小さく否定した。
「特にありませんが、時間も時間ですしあまり長居するのは迷惑かと思いまして」
「なんだ、そういうことなら泊まっていけばいいじゃん」
「……良いんですか」
期待するような視線を向けられて俺は一瞬どきりと胸が高鳴る。
「うん。もう遅いし」
「……ありがとうございます。では、遠慮なく」
深々と頭を下げる北斗に俺は苦笑いを浮かべた。
恋人同士になってもこの堅苦しいところは変わらないらしい。
こうして俺達は遅めの晩御飯を済ませた後、交代でシャワーを浴びることにした。
「ふう」
脱衣所からするドライヤーの音を聞きながら俺はベッドに腰掛けた。
北斗がうちに泊まりに来るのはひと月ぶりくらいだろうか。
同じ会社に勤めているとはいえ、部署が離れていると顔を合わせる機会は少ない。
最近はお互い忙しい時期が続いていた事もあり、なかなかゆっくり2人で過ごす時間もなかった。
「ふふふ」
久しぶりに北斗と一緒に過ごせると思うと自然と頬が緩む。
しばらくするとガチャリと扉が開く音と共にタオルを頭に被った北斗が現れた。
「お風呂頂きました」
「あ、お前またちゃんと髪乾かしてねぇな」
「すみません」
「仕方ねーな。ほら、こっちこい」
俺は北斗を隣に座らせると、濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いてやった。
まるでシャンプー後の犬のような扱いを受けているというのに北斗は大人しくされるがままにされていた。
「ん!こんなもんかな」
「ありがとうございます」
タオルを頭に被せたままの北斗と目が合う。
「……昴さん?」
俺は吸い込まれるように彼に顔を近づけ、そのまま唇を重ねた。
唇が離れると北斗は少し驚いたような顔をしていた。
「……悪い」
なんだか気恥ずかしくなって咄嗟に謝ってしまったが、別に嫌がっているわけじゃないということくらい分かっていた。
「いえ」
北斗は短く答えると今度は自分から俺に口づけてきた。
「ん……」
触れるだけの優しいキスを何度か繰り返した後、北斗はゆっくり俺から離れて行った。
続きを期待するような視線を送ってくる恋人に対し俺は苦笑しながら首を横に振る。
「続きはまた今度な」
「分かりました」
正直俺もまだ物足りなかったが、急激に訪れた睡魔のせいでこれ以上起きていられる自信がなかった。
「北斗も疲れてるだろ?もう寝よーぜ」
「そうですね」
北斗はいつも自分の欲求よりも俺の気持ちを優先してくれる。
そんなところも含めて、俺はこの男が好きだった。
「ほら、北斗。おいで」
俺はベッドの壁際に寄り、布団を捲って手招きをした。
「失礼します」
シングルサイズのベッドは成人男性が2人並ぶとさすがに狭く、自然と身体がくっつく形になる。
俺たちは抱き合うような体勢で横になった。
北斗の匂いとシャンプーの香りが混ざり合っていて何とも言えない心地良さが感じられた。
「あの……昴さん」
「ん?」
「また寂しくなったらいつでも呼んでください。どこにいても必ず駆けつけます」
「ばっ……べつに寂しかったわけじゃねーよ」
あんな弱気なメッセージを送っておいてなんだが、北斗の前では格好つけたい気持ちがあった。
きっと先輩としての意地なのだろう。
そんな俺の考えなどお見通しだとでもいうように北斗は俺を抱き寄せて続けた。
「“俺が”昴さんに会いたいんです」
「……まぁ、そういうことなら……」
俺は恥ずかしさを誤魔化すために北斗の胸に顔を埋めた。
こういう時に茶化して来ないところが彼の良いところだと思う。
年下の恋人に甘えるのはどうしても抵抗があったが、この温もりを手放すのもまた難しいことだった。
「……あっそういやお前、なんで既読無視したんだよ」
「既読無視?」
「心配したんだぞ」
突然思い出したことを口に出すと北斗はしばらく考え込むように黙っていたが、すぐに何か思い当たったらしくハッとした表情を浮かべた。
「ああ、すみません。あの後すぐスマホの充電が切れてしまったんです」
「あはは。なんだ、そうだったのか」
「本当に申し訳ありません。慌てていたのですっかり忘れてました」
北斗は心底反省しているようだったが、俺はどこかホッとしていた。
「別にいいよ。北斗が俺のこと大事にしてくれてる事は知ってるしさ」
「はい。もちろんです」
北斗と付き合い始めてからというもの、俺はどんどんダメ人間になっていってるような気がする。
こんな俺を見て幻滅しないだろうかと不安になることもあるが、きっと北斗はどんな俺であろうと変わらず受け入れてくれるのだろう。
そんなことを考えていると心がじんわりと暖かくなっていくようだった。
「ふわぁ~、もうちょい話してたいけどそろそろ限界かも」
大きなあくびをしながら北斗の顔を見ると彼も同じタイミングで欠伸をしていた。
「すみません。俺も眠くなってきました」
2人して同時に欠伸をしてしまうというシチュエーションがなんだかおかしくて思わず吹き出してしまった。
「あはは!じゃあ寝るかぁ。電気消すぞー」
俺はヘッドボードに置いてあるリモコンを手に取り部屋の照明を落とした。
「おやすみなさい昴さん。大好きです」
「はいはい。俺もだよ~」
大好きな人と一緒に居られる幸せを噛み締めながら俺はゆっくりと目を閉じた。
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