職場の後輩に溺愛されすぎて困る話

小熊井つん

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片想い編

8.明星-攻め視点-

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それは俺が入社してまだ間もない頃のこと。
その日の俺は、アルコールが苦手にも関わらず会社の飲み会で先輩たちに執拗に酒を勧められて困り果てていた。
機嫌を損ねないようやんわり断るにはどうすれば良いか途方に暮れていたその時、1人の先輩が割って入ってきた。

「なんだ新人!全然飲んでねーじゃん。ほれ、遠慮せず飲め飲め」
先輩はそう言って肩を組みながら俺にウーロンハイの入ったグラスを押し付けてきた。

「あの、先輩。俺……」
俺が困惑していると、彼は他の人に聞こえないよう耳元で「それ、ただのウーロン茶だから安心しろよ」と教えてくれた。
先輩の悪戯っぽい笑顔を見て、心底ホッとしたのをよく覚えている。

その時、俺を助けてくれた人……檜山昴さんはその後も何かと俺のことを気にかけてくれていた。
もちろん、俺だけが特別扱いというわけではなく他の新入社員にも同様に接していたので単に先輩が世話好きなだけなのだと思った。

檜山先輩は誰にでもフレンドリーで仕事もでき、面倒見も良い事から社内での人望が厚いという事を後になって知った。
そんな風に皆に慕われる彼を、俺はいつしか目で追うようになっていた。

俺は口数が少ない上に口下手で、昔から自分の意図した事が相手に伝わらない事が多いタイプだった。
それどころか誤解される事も多く、無自覚に他人を不快にさせている事も少なくなかった。
この抑揚のない話し方や乏しい表情のせいで、ただ普通にしているだけでよく怖がられたり敬遠されたりもする。

しかし檜山先輩だけは違った。

ある日、俺が1人で昼食を食べていると檜山先輩がやってきた。
「よう、ここ座っていいか?」
「……はい」
檜山先輩は俺の隣に腰掛け、コンビニ弁当を広げ始めた。

「杉宮って毎日弁当自分で作ってんの?」
「はい」
実家暮らしだが、料理はそれなりに得意だし節約にもなるからなるべく自炊するよう心がけている。
「すげーなー。俺なんて自炊面倒で毎日コンビニ弁当とかインスタントばっか食ってるよ」
「大変そうですね」
「あはは。可愛い彼女でも居ればなぁ。ほら、桜でんぶでご飯にハートとか憧れるだろ?」
そう言って先輩は箸を口に運んだ。
その横顔を見つめていると視線に気付いたのか、先輩は「何見てんだよ」と笑いかけてきた。

「……すみません」
「謝る事じゃねえけどさ、なんかついてるか?」
「いえ」
「そういや杉宮って昼は外に食いに行ったりとかしないの?」
「そうですね。基本弁当です」
節約のためというのもあるが、わざわざ昼になるたびに店に入るのが面倒という理由が大きかった。
「ふーん」

会話が途切れてしまった。
相変わらず話を広げるのが下手で情けなくなる。
頭の中ではこんなにも喋っているのにそれを言葉にして伝えることが出来ないのだ。
すると先輩の方が何か思いついたように口を開いた。

「じゃあさ、今度一緒にランチ食いに行かね?たまには気分転換も大事だし」
「……俺とですか?」
突然の提案に驚く。
「おう。嫌なら別に構わないんだけど」
「行きます」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
「お、マジで?よかったー。1人じゃ味気ないと思ってたんだよ」
先輩は嬉しそうな表情を浮かべて、卵焼きを頬張っていた。

俺なんかと食事をするくらいなら1人の方がずっと気が楽だろうに、優しい先輩の事だからきっと新人の俺に気を使ってくれたんだろう。
俺が社内に馴染んでいくにつれ、先輩からランチに誘われる事も無くなったが、それでも俺にとっては宝物のような出来事だった。

学生時代から真面目さしか取り柄が無かった俺は『仕事さえ出来れば自然に周囲から認められ愛される』と思っていたが、実際は多少仕事ができなくてもコミュニケーション能力の高い愛嬌のある人間の方が評価される事を知った。

世の中にはその両方を兼ね備えた檜山先輩のようなすごい人間も存在するが、少なくとも俺は後者ではない。
いくら仕事の出来が優秀でも、コミュニケーション能力の低い俺はどうしても周囲から浮いてしまっていた。
しかも打ち込める趣味や夢も無い毎日はあまりにも退屈で。

そんな中で檜山先輩は、俺にとって唯一といっていい程心を許せる人物であり、憧れの存在であり、生きがいだった。
もっと先輩の役に立ちたい、認められたいという気持ちが日に日に強くなっていった。

ある日のこと、俺は檜山先輩が柏原先輩と楽しげに話している所を偶然見かけた。
俺の前ではあんな風に口を大きく開けて笑ったり肩を組んでくる事はまず無い。

俺以外の人間と話す時の先輩はいつもああやって笑顔を見せているのだろうか。
そう思うと胸の奥底からドス黒い感情が沸き上がってくるのを感じた。
先輩にそんな顔をさせる柏原先輩が羨ましくて妬ましい。
同時に先輩を独り占めしたいという独占欲も芽生え始めていた。

今まで誰かにこんな強い想いを抱いたことは無い。
檜山先輩は俺にとって生きる意味そのものになっていた。
「憧れの先輩に気に入られている存在への嫉妬」という言葉だけでは片付けられない感情に俺は戸惑っていた。
 
 
檜山先輩への感情の正体が分からないまま何度目かの職場の飲み会があった。
アルコールに弱い俺は飲み会の楽しさが全く分からなかったが、その日は偶然先輩の隣の席を陣取ることに成功して気分が高揚していた。

みんな早いペースで酒を煽り、酔いが回り始めると段々と場は騒がしくなってきた。

「……やっぱ付き合うなら檜山かなぁ」

不意に近くの席から檜山先輩の名前が聞こえてきて、俺は反射的に顔を上げた。
どうやら酔った男性陣の間で『男性社員の中で付き合うなら誰が良いか』トークが繰り広げられているようだった。
俺は自分にも話題を振られるんじゃないかと少しドキドキしながらその会話に耳を傾ける。

「俺は柏原だな。絶対浮気しなそうじゃん」
「付き合うだけなら檜山かなぁ。でも結婚するなら柏原」
「あー、なんか分かるわ。柏原は真面目で面白みは無いけどその分堅実そうなんだよな」

「お前ら失礼だなー」
そう言いながらも檜山先輩はヘラヘラ楽しそうにしている。
すると、ある男性社員が「そういう檜山はどうなんだよ~」と檜山先輩に話を振ってきた。
ガヤガヤと騒がしい店内で俺は無意識に耳に全神経を集中させていた。

「んー、俺は柏原かなぁ。なんか大事にしてくれそうだし」
その言葉を聞いた瞬間、心臓をギュッと掴まれたかのような痛みを覚えた。

「なんだそりゃ」
檜山先輩の向かいに座る柏原先輩が呆れたように笑った。
「じゃあ柏原はどうなんだよー」
「消去法で檜山」
「あはは、両想いじゃねーか!」

ゲラゲラ笑う先輩達の声を聞きながら、俺は目の前にあるグラスに注がれていたビールを自傷行為のようにちびちびと飲んでいた。

「じゃあさ、杉宮なら誰が良い?やっぱ俺だよな~?」
突然檜山先輩から名前を呼ばれ、驚いて顔を上げる。
「あっ、檜山ずりーぞ。後輩から票集めようとすんな」

思わず声を上げそうになるのを抑え、平静を装って答えを探す。
「えっと、俺も檜山先輩と付き合いたいです」

そう言葉にした瞬間、俺は初めて檜山先輩への恋心を自覚したのだった。

「お、マジで!?やったー!じゃあ2対3で俺の勝ちだな!」
先輩は嬉しそうに笑って俺の背中をバシバシ叩いたが、俺はそれどころではなかった。

楽しげな周囲とは真逆に、俺の心は激しく動揺していた。
まさか自分が男相手に恋愛感情を抱く日が来るなんて想像すらしていなかったのだ。
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