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片想い編
6.鑑賞
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杉宮との映画デート(?)から早2週間。
俺は相変わらず柏原への想いを募らせつつ、今日も仕事に明け暮れていた。
「先輩、例のアレいつしますか?」
社員食堂で昼食を取っていると、向かいの席に座っている杉宮が声を掛けてきた。
俺たちはいつの間にか当然のように一緒に昼食を摂るようになっていた。
「例のアレ……?」
「映画鑑賞会です。解説してくださるんですよね」
「ああ!」
杉宮はそう言って日替わり定食のアジフライを口に運んだ。
この前の試写会の時、テンションが上がりすぎてついそんな約束をしてしまった気がする。
『俺ブルーレイ全巻持ってるんだけど良かったら今度うち来るか?』と言った時の杉宮の嬉しそうな顔を思い出す。
あの時は映画を語り合える仲間を見つけすっかり舞い上がっていたが、冷静になってみるとかなり危ない発言だったかもしれない。
杉宮を信頼していない訳では無いが、恋愛感情をオープンにしている男を家に上げるというのはやはりリスクが高いように思えた。
しかし、一度口に出した言葉を無かった事にするのは失礼だし、何より布教活動のチャンスを逃すわけにはいかない。
「……今週の土曜日とかどうだ?」
俺は悩んだ末、そう切り出すことにした。
「はい。もちろん構いません」
「よし、じゃあ決まりな」
こうして、俺は杉宮を自宅に招くことになった。
そして約束の日。
俺は朝早くに起き、掃除機をかけ、洗濯機を回し、トイレ掃除をした。
さらに午前中のうちにスーパーに買い物に行き、食材を買い込んだ。
映画を見るだけだというのに何故こんなにも気合いを入れてしまっているのかと言うと、全ては布教活動の為である。
快適な空間で映画鑑賞をする事でより作品に集中できるはずだ。
そして何より、好きなものを全力で共有できる機会なんて滅多に無い。
だから俺自身も今日は目一杯楽しむつもりでいた。
昼過ぎになり、インターホンの音が鳴ったので俺は慌てて玄関に向かった。
「おう、よく来たな」
「檜山先輩、今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる杉宮を見て思わず頬が緩む。
俺は杉宮を招き入れるとリビングに案内した。
「とりあえずそこ座って待っといて」
「分かりました」
俺はキッチンに向かい、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出しながら杉宮の方に声をかけた。
「杉宮はなに飲む?コーヒー、麦茶、ジュース、酒なんでもあるぞ」
「……えっと。麦茶でお願いします」
「了解」
俺はグラスを二つ用意するとそこに氷を入れて、杉宮用の麦茶を用意してテーブルに置いた。
ついでに簡単なおつまみやスナック菓子も並べる。
「ここにあるもん好きなだけ食って良いからな!」
「ありがとございます。あの、これ……つまらないものですが」
「え、わざわざ気遣ってくれなくても良かったのに」
「いえ、先輩のお宅にお邪魔させていただくのに流石に手ぶらというわけには」
杉宮が紙袋を差し出してきたので受け取ると、中には高そうなお酒が入っていた。
「こんな高そうなやつ貰っていいのか!?」
「はい。先輩はお酒好きと聞いたので……是非受け取ってください」
「じゃあ遠慮なくいただくわ。ありがとう」
俺は上機嫌でそれを受け取った。
「よし、早速始めるか」
このシリーズは現在公開されているだけでも7作品あるのだが、時系列がバラバラで相関図も複雑なので初見では間違いなく混乱する。
「杉宮はどこまで見たんだっけ」
「5作目までです」
「そっか。じゃあとりあえずおさらいも兼ねて1作目から見るか」
俺はいそいそとディスクをセットしながら言った。
「はい!よろしくお願いします」
「そんな気張らなくて良いって。わかんないとこあったら気軽に質問してくれよな」
ピシッと背筋を伸ばす杉宮を見て俺は思わず頬が緩む。
さすがに1日で全作品見終わるのはハードすぎるので特に重要だと思う作品だけピックアップして解説していく予定だが、それでもかなりのボリュームになってしまうだろう。
俺はビールを片手に杉宮の隣に腰掛けると再生ボタンを押した。
休日の昼間から酒を飲みながら好きな映画を共有するという贅沢さに心を踊らせているうちにあっという間に時間が過ぎた。
「……なるほど。このシーンが最新作の冒頭に繋がってるわけですね」
「なんだお前結構分かってんじゃん!」
「でもやっぱり解説があると理解が深まります」
俺としてはただ楽しんでくれればいいな、くらいの気持ちだったので解説もそこそこにしていたつもりだったが、杉宮は時折質問を挟みながら俺の話に真剣に耳を傾けてくれていた。
「俺さ、この前試写会で観たやつも一般公開したらまた観に行こうと思ってんだよな~」
「え、同じ映画を2度観るんですか」
「まぁ……劇場で観れる期間って限られてるし?好きな作品は何度観ても面白いからさ」
「なるほど……」
3つ目のエンドロールが流れ始めたところで俺はふと時計に目をやった。
時刻は19時。
俺としてはまだまだ鑑賞会を続けたいところだが、一度に情報を詰め込みすぎるのも逆効果だろう。
「杉宮、良かったら飯食ってくか?」
「……まさか先輩の手料理ですか」
杉宮は目を輝かせながら食い気味に身を乗り出してくる。
「おう。まぁ大したもの作れないんだけどな」
「是非お願いします!!」
「分かった。ちょっと待ってろ」
俺は立ち上がってキッチンに向かうと、冷蔵庫の中を確認した。
午前中に買い出ししておいたお陰で食材は準備バッチリだ。
「杉宮~!お前苦手なもんとかアレルギーは~?」
「いえ、特には。何でも食べられます」
「りょーかい」
俺は杉宮の返事を確認した後、パスタを取り出し手際良く茹ではじめた。
簡単なものとは言え、誰かのために料理を作るのは久しぶりの事で少し緊張する。
それからしばらくして俺は2人分のナポリタンを完成させた。
市販のソースに少しアレンジを加えた程度のシンプルなものだが、我ながらなかなか美味しそうだ。
「ほい、お待たせ」
テーブルの上に出来上がったばかりのナポリタンとサラダを置くと、杉宮はいつもの無表情のまま瞳だけをキラキラと輝かせた。
「美味しそうですね」
真顔でナポリタンを凝視する姿はまるでお預けを食らっている大型犬のようで、つい笑みがこぼれてしまう。
「口に合うと良いんだけど」
「いただきます!」
勢いよく手を合わせる杉宮を見て、その気迫に俺は思わず苦笑いを浮かべた。
杉宮は普段からあまり感情を表に出さないタイプなので料理の感想は全く期待していなかったのだが、一口食べた途端、その表情がなんとなく明るくなったのが分かった。
「……おいしい、です」
そうボソッと呟くように言った後、黙々とフォークを動かし始めた。
「良かった」
俺はほっと胸を撫で下ろすと、杉宮に続いて自分の分を食べ始めた。
「そういや杉宮って休みの日何してんの?」
謎に包まれた彼の生態が何気に気になっていた俺はこの機会に尋ねてみることにした。
「……えっと」
それからしばらく沈黙が続く。
こいつは些細な世間話でも熟考する癖があるらしい。
「檜山先輩の事を考えています」
「へっ!?」
予想外の答えが飛び出してきて俺は素頓狂な声を上げてしまった。
「1人で買い物してる時もジムに行ってる時も先輩の事ばかり考えてます」
「……そ、そっか」
真っ直ぐ見据えられた視線に耐えられなくなり、俺は手元のパスタに意識を向けた。
杉宮は時々こうやって不意打ちを食らわせるような発言をしてくる。
これが天然タラシってやつだろうか。
「あ、てか、お前ジム通ってんのか。通りで良い体してるわけだ」
「あと、よく走ってます。趣味が無いので」
「えっ暇つぶしに体鍛えてんの?」
「はい」
真顔で答える杉宮がなんだかツボにハマってしまい、俺はクククと笑いを噛み殺した。
暇つぶしでここまでの肉体が仕上がるものなのか。それはもう趣味以上の何かなんじゃないのかと様々なツッコミが脳内を忙しなく行き来する。
「何かおかしいですか」
「いや、すまん。なんか面白くて」
疑問符を頭の上に浮かべながら不思議そうに首を傾げる杉宮に、また笑いがこみ上げてきた。
「はー、杉宮ってほんと真面目だよな」
俺は笑いすぎて滲んできた涙を拭いながら言った。
「……よく言われます。真面目すぎて怖いって」
地雷だったのか杉宮はテーブルに視線を落とした。
褒めるつもりで言ったのだが、こいつはいつも変なところでネガティブだ。
「俺はかわいいと思うけどな~、お前のそういう所」
杉宮はぽかんとした表情を浮かべていたが、次第にその頬に赤みがさしてきた。
「ありがとうございます。俺も檜山先輩が好きです」
「いちいち好きとか言わんでよろしい」
「すみません。つい」
その後もじんわりと噛み締めるようにナポリタンを食べる杉宮を見て俺は無意識に口元が緩むのを感じた。
「……俺、今すごく幸せです」
「そんな大袈裟なもんじゃないけどな」
「本当に美味しいです。先輩のご飯毎日食べられたら最高だなって思いました」
「あー、はいはい。ありがとな」
そうだ、こいつは俺のことが好きなんだった。
改めてそのことを思い出してしまい、何とも言えない気恥ずかしさが込み上げてくる。
「あ、でも先輩に毎朝朝ごはんを作るのも悪くないかも……」
突然杉宮が独り言のようにぶつぶつと喋り出す。
勝手に広がる妄想にツッコミを入れるべきか迷ったが、楽しそうだったのでとりあえずそのまま放置しておくことにした。
そうこうしている間に食事も終わり、あっという間にお開きの時間になった。
「檜山先輩のお陰で今日はとても幸せな時間を過ごすことができました。ありがとうございます」
深々と頭を下げる杉宮を見て俺は呆れたように微笑んだ。
「別にそこまで畏まる必要ないって。こっちこそ楽しかったよ。また今度一緒に映画見ような」
ゆっくりと顔を上げる杉宮は少しはにかんだような表情をしていた。
「えぇ、是非」
俺は食器をまとめてシンクに置くと、杉宮と共に玄関へと向かった。
「気をつけて帰れよ」
「はい。それでは失礼します」
急に1人になるとなんだか途端に物足りなさを感じる。
最初は「このまま自然消滅してくれれば」なんて考えていたが、あいつの優しさと愛情を知れば知るほど、なにかを期待してしまう自分が居た。
ただ、異性愛者である杉宮は男の俺なんかよりも女の方が良くなる日が来るかもしれないと思うとどうしても踏み切れなかった。
俺に費やした時間や労力、金がこれ以上無駄になる前にバッサリ振ってやった方があいつのためなのかも知れない。
しかも『一時の気の迷いで男に恋をした』なんてとんでもない黒歴史だろう。
俺はふぅ、と息をつき再びキッチンに戻った。
洗い物を片付けているとピロンとスマホが鳴る。
俺は濡れた手をタオルで拭きながら画面を確認した。
『檜山先輩お疲れ様です。
今日はお招き頂きありがとうございました。
檜山先輩のお陰でとても楽しい時間を過ごせました。
また映画のことたくさん教えてください。』
杉宮の律儀さにはいつも感心させられる。
俺はスタンプ一覧の中からハムスターが親指を立てている物を送った。
送信とほぼ同時に既読マークがついて思わず「うおっ」と声が漏れる。
ふと、ずっとメッセージアプリと睨めっこしている彼の姿を想像して微笑ましい気持ちになった。
(こいつ外見に反して結構かわいいところあるんだよな)
そんな事をぼんやり考えている自分に気付き、俺は慌てて首を横に振る。
「何考えてんだ俺は」
杉宮とはただの先輩後輩の関係だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
そう自分に言い聞かせた俺は気を取り直して後片付けを再開した。
俺は相変わらず柏原への想いを募らせつつ、今日も仕事に明け暮れていた。
「先輩、例のアレいつしますか?」
社員食堂で昼食を取っていると、向かいの席に座っている杉宮が声を掛けてきた。
俺たちはいつの間にか当然のように一緒に昼食を摂るようになっていた。
「例のアレ……?」
「映画鑑賞会です。解説してくださるんですよね」
「ああ!」
杉宮はそう言って日替わり定食のアジフライを口に運んだ。
この前の試写会の時、テンションが上がりすぎてついそんな約束をしてしまった気がする。
『俺ブルーレイ全巻持ってるんだけど良かったら今度うち来るか?』と言った時の杉宮の嬉しそうな顔を思い出す。
あの時は映画を語り合える仲間を見つけすっかり舞い上がっていたが、冷静になってみるとかなり危ない発言だったかもしれない。
杉宮を信頼していない訳では無いが、恋愛感情をオープンにしている男を家に上げるというのはやはりリスクが高いように思えた。
しかし、一度口に出した言葉を無かった事にするのは失礼だし、何より布教活動のチャンスを逃すわけにはいかない。
「……今週の土曜日とかどうだ?」
俺は悩んだ末、そう切り出すことにした。
「はい。もちろん構いません」
「よし、じゃあ決まりな」
こうして、俺は杉宮を自宅に招くことになった。
そして約束の日。
俺は朝早くに起き、掃除機をかけ、洗濯機を回し、トイレ掃除をした。
さらに午前中のうちにスーパーに買い物に行き、食材を買い込んだ。
映画を見るだけだというのに何故こんなにも気合いを入れてしまっているのかと言うと、全ては布教活動の為である。
快適な空間で映画鑑賞をする事でより作品に集中できるはずだ。
そして何より、好きなものを全力で共有できる機会なんて滅多に無い。
だから俺自身も今日は目一杯楽しむつもりでいた。
昼過ぎになり、インターホンの音が鳴ったので俺は慌てて玄関に向かった。
「おう、よく来たな」
「檜山先輩、今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる杉宮を見て思わず頬が緩む。
俺は杉宮を招き入れるとリビングに案内した。
「とりあえずそこ座って待っといて」
「分かりました」
俺はキッチンに向かい、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出しながら杉宮の方に声をかけた。
「杉宮はなに飲む?コーヒー、麦茶、ジュース、酒なんでもあるぞ」
「……えっと。麦茶でお願いします」
「了解」
俺はグラスを二つ用意するとそこに氷を入れて、杉宮用の麦茶を用意してテーブルに置いた。
ついでに簡単なおつまみやスナック菓子も並べる。
「ここにあるもん好きなだけ食って良いからな!」
「ありがとございます。あの、これ……つまらないものですが」
「え、わざわざ気遣ってくれなくても良かったのに」
「いえ、先輩のお宅にお邪魔させていただくのに流石に手ぶらというわけには」
杉宮が紙袋を差し出してきたので受け取ると、中には高そうなお酒が入っていた。
「こんな高そうなやつ貰っていいのか!?」
「はい。先輩はお酒好きと聞いたので……是非受け取ってください」
「じゃあ遠慮なくいただくわ。ありがとう」
俺は上機嫌でそれを受け取った。
「よし、早速始めるか」
このシリーズは現在公開されているだけでも7作品あるのだが、時系列がバラバラで相関図も複雑なので初見では間違いなく混乱する。
「杉宮はどこまで見たんだっけ」
「5作目までです」
「そっか。じゃあとりあえずおさらいも兼ねて1作目から見るか」
俺はいそいそとディスクをセットしながら言った。
「はい!よろしくお願いします」
「そんな気張らなくて良いって。わかんないとこあったら気軽に質問してくれよな」
ピシッと背筋を伸ばす杉宮を見て俺は思わず頬が緩む。
さすがに1日で全作品見終わるのはハードすぎるので特に重要だと思う作品だけピックアップして解説していく予定だが、それでもかなりのボリュームになってしまうだろう。
俺はビールを片手に杉宮の隣に腰掛けると再生ボタンを押した。
休日の昼間から酒を飲みながら好きな映画を共有するという贅沢さに心を踊らせているうちにあっという間に時間が過ぎた。
「……なるほど。このシーンが最新作の冒頭に繋がってるわけですね」
「なんだお前結構分かってんじゃん!」
「でもやっぱり解説があると理解が深まります」
俺としてはただ楽しんでくれればいいな、くらいの気持ちだったので解説もそこそこにしていたつもりだったが、杉宮は時折質問を挟みながら俺の話に真剣に耳を傾けてくれていた。
「俺さ、この前試写会で観たやつも一般公開したらまた観に行こうと思ってんだよな~」
「え、同じ映画を2度観るんですか」
「まぁ……劇場で観れる期間って限られてるし?好きな作品は何度観ても面白いからさ」
「なるほど……」
3つ目のエンドロールが流れ始めたところで俺はふと時計に目をやった。
時刻は19時。
俺としてはまだまだ鑑賞会を続けたいところだが、一度に情報を詰め込みすぎるのも逆効果だろう。
「杉宮、良かったら飯食ってくか?」
「……まさか先輩の手料理ですか」
杉宮は目を輝かせながら食い気味に身を乗り出してくる。
「おう。まぁ大したもの作れないんだけどな」
「是非お願いします!!」
「分かった。ちょっと待ってろ」
俺は立ち上がってキッチンに向かうと、冷蔵庫の中を確認した。
午前中に買い出ししておいたお陰で食材は準備バッチリだ。
「杉宮~!お前苦手なもんとかアレルギーは~?」
「いえ、特には。何でも食べられます」
「りょーかい」
俺は杉宮の返事を確認した後、パスタを取り出し手際良く茹ではじめた。
簡単なものとは言え、誰かのために料理を作るのは久しぶりの事で少し緊張する。
それからしばらくして俺は2人分のナポリタンを完成させた。
市販のソースに少しアレンジを加えた程度のシンプルなものだが、我ながらなかなか美味しそうだ。
「ほい、お待たせ」
テーブルの上に出来上がったばかりのナポリタンとサラダを置くと、杉宮はいつもの無表情のまま瞳だけをキラキラと輝かせた。
「美味しそうですね」
真顔でナポリタンを凝視する姿はまるでお預けを食らっている大型犬のようで、つい笑みがこぼれてしまう。
「口に合うと良いんだけど」
「いただきます!」
勢いよく手を合わせる杉宮を見て、その気迫に俺は思わず苦笑いを浮かべた。
杉宮は普段からあまり感情を表に出さないタイプなので料理の感想は全く期待していなかったのだが、一口食べた途端、その表情がなんとなく明るくなったのが分かった。
「……おいしい、です」
そうボソッと呟くように言った後、黙々とフォークを動かし始めた。
「良かった」
俺はほっと胸を撫で下ろすと、杉宮に続いて自分の分を食べ始めた。
「そういや杉宮って休みの日何してんの?」
謎に包まれた彼の生態が何気に気になっていた俺はこの機会に尋ねてみることにした。
「……えっと」
それからしばらく沈黙が続く。
こいつは些細な世間話でも熟考する癖があるらしい。
「檜山先輩の事を考えています」
「へっ!?」
予想外の答えが飛び出してきて俺は素頓狂な声を上げてしまった。
「1人で買い物してる時もジムに行ってる時も先輩の事ばかり考えてます」
「……そ、そっか」
真っ直ぐ見据えられた視線に耐えられなくなり、俺は手元のパスタに意識を向けた。
杉宮は時々こうやって不意打ちを食らわせるような発言をしてくる。
これが天然タラシってやつだろうか。
「あ、てか、お前ジム通ってんのか。通りで良い体してるわけだ」
「あと、よく走ってます。趣味が無いので」
「えっ暇つぶしに体鍛えてんの?」
「はい」
真顔で答える杉宮がなんだかツボにハマってしまい、俺はクククと笑いを噛み殺した。
暇つぶしでここまでの肉体が仕上がるものなのか。それはもう趣味以上の何かなんじゃないのかと様々なツッコミが脳内を忙しなく行き来する。
「何かおかしいですか」
「いや、すまん。なんか面白くて」
疑問符を頭の上に浮かべながら不思議そうに首を傾げる杉宮に、また笑いがこみ上げてきた。
「はー、杉宮ってほんと真面目だよな」
俺は笑いすぎて滲んできた涙を拭いながら言った。
「……よく言われます。真面目すぎて怖いって」
地雷だったのか杉宮はテーブルに視線を落とした。
褒めるつもりで言ったのだが、こいつはいつも変なところでネガティブだ。
「俺はかわいいと思うけどな~、お前のそういう所」
杉宮はぽかんとした表情を浮かべていたが、次第にその頬に赤みがさしてきた。
「ありがとうございます。俺も檜山先輩が好きです」
「いちいち好きとか言わんでよろしい」
「すみません。つい」
その後もじんわりと噛み締めるようにナポリタンを食べる杉宮を見て俺は無意識に口元が緩むのを感じた。
「……俺、今すごく幸せです」
「そんな大袈裟なもんじゃないけどな」
「本当に美味しいです。先輩のご飯毎日食べられたら最高だなって思いました」
「あー、はいはい。ありがとな」
そうだ、こいつは俺のことが好きなんだった。
改めてそのことを思い出してしまい、何とも言えない気恥ずかしさが込み上げてくる。
「あ、でも先輩に毎朝朝ごはんを作るのも悪くないかも……」
突然杉宮が独り言のようにぶつぶつと喋り出す。
勝手に広がる妄想にツッコミを入れるべきか迷ったが、楽しそうだったのでとりあえずそのまま放置しておくことにした。
そうこうしている間に食事も終わり、あっという間にお開きの時間になった。
「檜山先輩のお陰で今日はとても幸せな時間を過ごすことができました。ありがとうございます」
深々と頭を下げる杉宮を見て俺は呆れたように微笑んだ。
「別にそこまで畏まる必要ないって。こっちこそ楽しかったよ。また今度一緒に映画見ような」
ゆっくりと顔を上げる杉宮は少しはにかんだような表情をしていた。
「えぇ、是非」
俺は食器をまとめてシンクに置くと、杉宮と共に玄関へと向かった。
「気をつけて帰れよ」
「はい。それでは失礼します」
急に1人になるとなんだか途端に物足りなさを感じる。
最初は「このまま自然消滅してくれれば」なんて考えていたが、あいつの優しさと愛情を知れば知るほど、なにかを期待してしまう自分が居た。
ただ、異性愛者である杉宮は男の俺なんかよりも女の方が良くなる日が来るかもしれないと思うとどうしても踏み切れなかった。
俺に費やした時間や労力、金がこれ以上無駄になる前にバッサリ振ってやった方があいつのためなのかも知れない。
しかも『一時の気の迷いで男に恋をした』なんてとんでもない黒歴史だろう。
俺はふぅ、と息をつき再びキッチンに戻った。
洗い物を片付けているとピロンとスマホが鳴る。
俺は濡れた手をタオルで拭きながら画面を確認した。
『檜山先輩お疲れ様です。
今日はお招き頂きありがとうございました。
檜山先輩のお陰でとても楽しい時間を過ごせました。
また映画のことたくさん教えてください。』
杉宮の律儀さにはいつも感心させられる。
俺はスタンプ一覧の中からハムスターが親指を立てている物を送った。
送信とほぼ同時に既読マークがついて思わず「うおっ」と声が漏れる。
ふと、ずっとメッセージアプリと睨めっこしている彼の姿を想像して微笑ましい気持ちになった。
(こいつ外見に反して結構かわいいところあるんだよな)
そんな事をぼんやり考えている自分に気付き、俺は慌てて首を横に振る。
「何考えてんだ俺は」
杉宮とはただの先輩後輩の関係だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
そう自分に言い聞かせた俺は気を取り直して後片付けを再開した。
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