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第三分章:ヨーロッパ戦線(前編)

ブロンシュテイン放浪記(中)

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 レフ・"ブロンシュテイン"・トロツキーの存在を、鯖江の連隊である歩兵第36連隊が保護した意味は大きかった。何せこれによってソ連軍にとっての精鋭部隊である極東ソ連軍が一時的にせよ活動を停止したことは極めて大きい安全保障であったし、ジュガシヴィッリと違い、ブロンシュテインには実戦経験が存在した。つまりそれはどういうことかというと、雑兵未満のジュガシヴィッリと違い、将校として赤軍を率いた経験があったということだ。すなわち、彼は大粛清によって風前の灯火となったソビエトロシア本来のドクトリンを知っていた。
 敵を知り、己を知れば百戦殆からず。昔の支那の軍学者が語った言葉であるが、それは限りなく事実であった。つまりは、どういうことかというと……。
「いけませんな、貴国の軍隊は。なんでも気合いだけで解決しようとする」
 日本軍の訓練風景を見たブロンシュテインはそうこぼしたという。それに対して連隊長もまた、それに対して肯定した。
「やはり、そう見えますか」
「ええ、今は未だ良いかもしれませんが、膨大な火器に晒された場合、可惜散らすこととなるでしょう」
 そして、連隊長とブロンシュテインの対談という形による日本軍の構造的欠陥のブラッシュアップが始まった……。
「……して、解決策は」
「あまり、帝国主義者には教えたくはないのですが……」
 流暢なロシア語で会話する、ブロンシュテインと歩兵第36連隊の将校達。陸軍はエングリシア語の必修はなかったが、代わりにロシア語などの必修が存在した。何せ、本来陸軍の敵はロシア軍である、敵の文書を入手できても読めなければ何の意味もなかった。
 そして、その辺の歩卒に聞こえないように軍事技術の会話を行うには、外国語は適切な方法であった。ではなぜ、歩卒には聞こえないようにするのか。それは……。
「しかし、中隊長達も自身の現在の演習活動がブロンシュテイン氏に精査されているとは思うまい」
 中隊長は一応、将校であり、つまりは幹部教育を受けている人物であったが、いかんせん彼はまだ隊長になったばかりである上に、どうやら外国語に支那語を選んだのか、あるいは眼前の訓練に集中していたのか、聞こえていなかったか、聞こえても理解していなかったようだ。そして、ブロンシュテインがその中隊の訓練風景をこう評した。
「……65点といったところですか。70点は上げられない」
「まあ、そうでしょうな。ああ見えて、南京城では一番乗りを挙げた中隊だったのですが」
 南京城で一番乗りをあげた中隊ということは、岸大尉|(南京城攻城戦当時)の後任である葛野中尉(南京城攻城戦当時)であろうか。岸中隊長|(南京城攻城戦当時)は南京城攻城戦で戦死したが、彼、すなわち現中隊長である葛野は前任に負けず劣らず勇猛であった。とはいえ、そういう兵は早く死ぬ。岸中隊長もそうだったらしい。
「……支那はよほど温き相手だったのでしょう、赤軍はこうはいきませんよ」
「まあ、そうでしょうな」
 ……つまりは、そういうことだった。そして逃れてきた赤軍が極東ソ連軍と合流してドイツ軍に立ち向かおうとしていたおりに、大日本帝国の軍事顧問にブロンシュテイン氏が存在することを知った際にどれだけ驚愕したのかは、察するにあまりある……。
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