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第二分章:第一次布哇沖海戦
第一次布哇沖海戦(十二)
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敵艦見ゆ!
……その一報を最初に司令部に伝えた武勲者は、一式陸攻のある乗組員であった。彼が空対海電探で捉えたのは、正しく合衆国軍太平洋艦隊の本隊、すなわち戦艦八隻を擁する大艦隊であった。布哇「奪還」を任務とする彼等は、多数の陸兵や輸送物資をつれて、布哇沖にやってきた。時刻に直して、1月19日の午前六時前である。
一方で、帝国海軍の戦艦は僅かに四隻。さらに言えば、第一戦隊、すなわち軍艦大和とビッグ7が存在しない上に、機動力もそこまで速くはない36サンチ砲の戦艦であった。補助艦艇こそそれなりに存在したが、それとて敵より多かったかと言われると、否と言った方が良い程度しか存在しなかった(一応、帝国海軍の名誉のために記述するが、駆逐隊だけは帝国海軍の方が多少、多かった)。だが、世の中は不思議なもので、結果的に帝国海軍の喪失艦は、わずかに駆逐艦4隻といったものであり、一方で合衆国軍太平洋艦隊に与えた被害は、戦艦6隻の轟沈を始め、補助艦艇もことごとく叩き潰した格好となった。今から、その詳報を探っていきたいと思う。
まず、一式陸攻が発見した敵艦――すなわち合衆国軍太平洋艦隊戦艦部隊に迎撃に向かったのは、華の二水戦と称される第二水雷戦隊であった。無論、それだけでは砲撃で打ち負ける可能性が高いため、戦艦部隊、つまりは伊勢、日向、扶桑、山城も抜錨し、それなりに速めの、まあ最大戦速ではなかったようだが、で向かっていった。この時刻が、丁度午前六時であった。
そして、航空隊員が制空権を確保し、若干の交戦を行う中、両者が会敵したのは朝と言うより昼前にほど近い、午前九時台後半であった(一応記述するが、現地時間である)。その間も、航空部隊は交代で制空権を維持し、結果として合衆国軍は偵察機もろくに出せぬまま帝国軍と戦うことになった。とはいえ、彼等は一方的な惨敗を喫するとはまだ思っておらず、敵の戦艦が半分であることからむしろ勝った気でいたという証言も残っている。
まず第一弾を浴びせたのは本海戦の際に二水戦より急遽引き抜かれて戦艦部隊の護衛を務める第十八駆逐隊であった(なお、三水戦からも駆逐隊が一部引き抜かれていた)。彼女達が二水戦本隊よりも前に魚雷を発射したことは、すなわちいきなり本隊同士が太刀打ちしたことを意味する。本来ならば数の少ない帝国軍の方が不利である。だが、ここで思わぬ事態が起きる。霰の放った酸素魚雷がウエストバージニアに数本命中し、見事撃沈したのだ。海戦劈頭のことであった。とはいえその代わりに、ほぼ同時に不知火と霞が被弾、不知火は辛うじて轟沈しなかったものの(副砲による攻撃とはいえ、それは奇蹟とすら言えた)、霞は沈没した。これが帝国海軍最初の喪失艦艇であった。
だが、霞の犠牲は無駄ではなかった。駆逐隊が前衛に出たことによって、合衆国側の戦艦を守る護衛部隊――大抵それは、駆逐艦であった――によるただでさえ欠陥品の多い合衆国の魚雷は、ほぼ戦艦に当たることなく不発弾を含めて前衛に集中したわけで、その上この当時魚雷に追尾機能などないわけだから、前衛こそ戦艦の副砲や護衛部隊の砲撃などによって損傷艦が多数出た(とはいえ、合衆国側護衛部隊の放った魚雷はかなりの割合が不発であり、さらに言えば交戦距離が功を奏し合衆国側の魚雷で敵陣にたどり着いた本数はごく僅かであった)ものの、概ね主力艦は何の被害もこうむることなく、攻撃を継続し得た。
そして、午前十時になる前に慌てて駆けつけた二水戦、三水戦が交戦に参加、この時既にウエストバージニアに続きメリーランド、ネバダを喪失していた合衆国軍もまた撤退のために殿として巡洋艦隊や駆逐隊を呼びつけ、図らずも両陣営総員が総力戦の格好となった。午前十時丁度の状態で双方に残存していた兵力は以下の通りである。
当初第一次布哇沖海戦に参戦していた艦隊
帝国海軍
扶桑、山城、伊勢、日向
二水戦、三水戦、利根、筑摩
合衆国軍
アリゾナ、ネバダ、オクラホマ、ペンシルベニア、カリフォルニア、テネシー、メリーランド、ウエストバージニア
第六巡洋艦隊、第九巡洋艦隊、第一駆逐戦隊、第二駆逐戦隊、第三駆逐戦隊
残存艦艇
帝国海軍
扶桑、山城、伊勢、日向、利根、筑摩(被弾)
二水戦(喪失艦:霞)
神通、朝潮、満潮(被弾)、大潮、荒潮、黒潮、親潮、早潮、夏潮、初風、雪風、天津風、時津風、霰、陽炎、不知火(被弾)
三水戦
川内、吹雪、白雪、初雪、叢雲(被弾)、白雲、東雲、磯波、浦波、敷波、綾波、天霧、朝霧、夕霧、狭霧
合衆国軍(喪失艦:ネバダ、カリフォルニア、メリーランド、ウエストバージニア、サンフランシスコ、フェニックス、ホノルル、他多数)
アリゾナ、オクラホマ、ペンシルベニア、テネシー
ニューオーリンズ、セントルイス、ヘレナ、デトロイト、駆逐艦13(-6)隻
……その一報を最初に司令部に伝えた武勲者は、一式陸攻のある乗組員であった。彼が空対海電探で捉えたのは、正しく合衆国軍太平洋艦隊の本隊、すなわち戦艦八隻を擁する大艦隊であった。布哇「奪還」を任務とする彼等は、多数の陸兵や輸送物資をつれて、布哇沖にやってきた。時刻に直して、1月19日の午前六時前である。
一方で、帝国海軍の戦艦は僅かに四隻。さらに言えば、第一戦隊、すなわち軍艦大和とビッグ7が存在しない上に、機動力もそこまで速くはない36サンチ砲の戦艦であった。補助艦艇こそそれなりに存在したが、それとて敵より多かったかと言われると、否と言った方が良い程度しか存在しなかった(一応、帝国海軍の名誉のために記述するが、駆逐隊だけは帝国海軍の方が多少、多かった)。だが、世の中は不思議なもので、結果的に帝国海軍の喪失艦は、わずかに駆逐艦4隻といったものであり、一方で合衆国軍太平洋艦隊に与えた被害は、戦艦6隻の轟沈を始め、補助艦艇もことごとく叩き潰した格好となった。今から、その詳報を探っていきたいと思う。
まず、一式陸攻が発見した敵艦――すなわち合衆国軍太平洋艦隊戦艦部隊に迎撃に向かったのは、華の二水戦と称される第二水雷戦隊であった。無論、それだけでは砲撃で打ち負ける可能性が高いため、戦艦部隊、つまりは伊勢、日向、扶桑、山城も抜錨し、それなりに速めの、まあ最大戦速ではなかったようだが、で向かっていった。この時刻が、丁度午前六時であった。
そして、航空隊員が制空権を確保し、若干の交戦を行う中、両者が会敵したのは朝と言うより昼前にほど近い、午前九時台後半であった(一応記述するが、現地時間である)。その間も、航空部隊は交代で制空権を維持し、結果として合衆国軍は偵察機もろくに出せぬまま帝国軍と戦うことになった。とはいえ、彼等は一方的な惨敗を喫するとはまだ思っておらず、敵の戦艦が半分であることからむしろ勝った気でいたという証言も残っている。
まず第一弾を浴びせたのは本海戦の際に二水戦より急遽引き抜かれて戦艦部隊の護衛を務める第十八駆逐隊であった(なお、三水戦からも駆逐隊が一部引き抜かれていた)。彼女達が二水戦本隊よりも前に魚雷を発射したことは、すなわちいきなり本隊同士が太刀打ちしたことを意味する。本来ならば数の少ない帝国軍の方が不利である。だが、ここで思わぬ事態が起きる。霰の放った酸素魚雷がウエストバージニアに数本命中し、見事撃沈したのだ。海戦劈頭のことであった。とはいえその代わりに、ほぼ同時に不知火と霞が被弾、不知火は辛うじて轟沈しなかったものの(副砲による攻撃とはいえ、それは奇蹟とすら言えた)、霞は沈没した。これが帝国海軍最初の喪失艦艇であった。
だが、霞の犠牲は無駄ではなかった。駆逐隊が前衛に出たことによって、合衆国側の戦艦を守る護衛部隊――大抵それは、駆逐艦であった――によるただでさえ欠陥品の多い合衆国の魚雷は、ほぼ戦艦に当たることなく不発弾を含めて前衛に集中したわけで、その上この当時魚雷に追尾機能などないわけだから、前衛こそ戦艦の副砲や護衛部隊の砲撃などによって損傷艦が多数出た(とはいえ、合衆国側護衛部隊の放った魚雷はかなりの割合が不発であり、さらに言えば交戦距離が功を奏し合衆国側の魚雷で敵陣にたどり着いた本数はごく僅かであった)ものの、概ね主力艦は何の被害もこうむることなく、攻撃を継続し得た。
そして、午前十時になる前に慌てて駆けつけた二水戦、三水戦が交戦に参加、この時既にウエストバージニアに続きメリーランド、ネバダを喪失していた合衆国軍もまた撤退のために殿として巡洋艦隊や駆逐隊を呼びつけ、図らずも両陣営総員が総力戦の格好となった。午前十時丁度の状態で双方に残存していた兵力は以下の通りである。
当初第一次布哇沖海戦に参戦していた艦隊
帝国海軍
扶桑、山城、伊勢、日向
二水戦、三水戦、利根、筑摩
合衆国軍
アリゾナ、ネバダ、オクラホマ、ペンシルベニア、カリフォルニア、テネシー、メリーランド、ウエストバージニア
第六巡洋艦隊、第九巡洋艦隊、第一駆逐戦隊、第二駆逐戦隊、第三駆逐戦隊
残存艦艇
帝国海軍
扶桑、山城、伊勢、日向、利根、筑摩(被弾)
二水戦(喪失艦:霞)
神通、朝潮、満潮(被弾)、大潮、荒潮、黒潮、親潮、早潮、夏潮、初風、雪風、天津風、時津風、霰、陽炎、不知火(被弾)
三水戦
川内、吹雪、白雪、初雪、叢雲(被弾)、白雲、東雲、磯波、浦波、敷波、綾波、天霧、朝霧、夕霧、狭霧
合衆国軍(喪失艦:ネバダ、カリフォルニア、メリーランド、ウエストバージニア、サンフランシスコ、フェニックス、ホノルル、他多数)
アリゾナ、オクラホマ、ペンシルベニア、テネシー
ニューオーリンズ、セントルイス、ヘレナ、デトロイト、駆逐艦13(-6)隻
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