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第一分章:ベンガル湾の大和

第一次ベンガル湾海戦(終)

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「……そこまで読んでいたのかね。……だったら、追撃した方が……」
 長谷川は、醍醐の推論を聞きその頭脳に関心を寄せると共に、現在艦隊の戦力は余裕があることを考慮し追撃を提案してみた。だが、醍醐はそれに対して即座に頷くことは無かった。
「……インドネシアの製油所は破壊されずに残っているはずです、給油を行った後、大規模な偵察を開始しましょう。それに……」
「それに?」
「……そろそろ、合衆国海軍が動き出す頃です、司令長官は先に本土かトラックへお戻り下さいませ」
 艦隊の燃料に余裕が無いことを、醍醐は知っていた。そして、彼の頭脳が導き出した未来が正しければアメリカ合衆国はそろそろ動揺を立て直して何らかの作戦を実行し始める頃であった。その際に、司令長官がいれば士気高揚効果があるだろうし、そうでなくとも司令長官とは現場監督である、それがあるとないとでは作戦の把握に雲泥の差が存在した。
「……そうか。良いだろう。とはいえ、一式陸攻では無く司偵を使うぞ」
 長谷川は、高高度を好んでいた。出身が山深い北陸地方であることもあって故郷のような澄んだ空気を好んでいたのか、あるいはそれともこの頃から既に高高度の優位性を知っていたのか、それは定かでは無いが、故によく使う航空機は海軍機ではなく陸軍機であった。とはいえ、連合艦隊司令長官という海軍の現場監督が陸軍機を使える理由は、別の所に存在した。
「……はて、新司偵はまだ海軍に制式採用するための改良中のはずですが……九八陸偵ですか?」
「……実はな、この前の宴会で陸軍から許可を貰った。快く使わせてくれるそうだ」
 皆様は、大局解説部分の第六分節を覚えているだろうか。長谷川という提督は、よく無礼講じみた開けっぴろげな宴会を行った。酒の席が好きだったというのが一番の理由だろうが、彼がその種の宴会を行うのは士気の維持だけではなく、酒宴によって陸軍との交流をスムーズにすることによって意思疎通を図ることも目的として存在した。とはいえ、かの石原莞爾ですらも「長谷川氏の宴会は気楽で助かった。下戸の自分を無理に酔わそうとしていないところからも、それなりに人徳があったのだろう」と言っているとおり、飲めない者を無理に酔わそうとすることは、なかった。この時代にしては、珍しいことではあった。
「なんと!」
「そういうわけで、それなら一旦トラックに戻るとしよう。醍醐君、西の方は頼んだよ」
「は……ははっ!!」
 斯くて、インド洋の采配は長谷川から醍醐へ一任された。後にその誉れとされているコロンボ戦略機動部隊はこの日を発足日として記録している。
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