上 下
31 / 73
第一分章:ベンガル湾の大和

第一次ベンガル湾海戦(十五)

しおりを挟む
 イギリス海軍東洋艦隊潰滅。この事実は大きかった。今まで、連合艦隊は数々の奇蹟を体現してきたが、バルチック艦隊殲滅戦こと日本海海戦以上にこの海戦の結果は快挙であった。まあ無論、異論はあるだろうが、大本営がこの格好の宣伝材料を見逃すことはあり得なかった。
 何せ、味方の損害は巡洋艦が一隻、損傷しただけであり、敵被害に関しては数えるのも面倒なほどの量を叩き潰し、さらに件の戦場カメラマンによって鮮明な、本当に鮮明なR型戦艦爆沈の瞬間が捉えられたのである。
 日本海海戦ないしは日露戦争を特大の字で掲載するのならば(そして、それは間違いでは無かった)、イギリス海軍東洋艦隊潰滅もまた、太字で記載すべきものであった。
 だが、思い出しておいて欲しい。「ベンガル湾海戦」である。すなわち、本海戦にはリターン・マッチとでもいうべき第二次ベンガル湾海戦が存在するのである。
 ……イギリス海軍は、アッヅ環礁の防衛にはついに成功した。ゆえに彼らは、臥薪嘗胆の精神で東洋艦隊を復興し、リターン・マッチに挑むだろう。今度は、挑戦者攻撃側はイギリスなのだ。
 とはいえ、今は祝杯を挙げるべきだろう。そして、インド国民軍はこの大々的な宣伝――そしてそれは、リアリィ・プロパガンダであった――を確かめ、インド国民に速やかに伝達した。今でも「天竺共和国」が建国記念日にこの日を選んだのは伊達でも酔狂でも無いのだ。
 そして、大和艦橋は歓喜に湧いていた。無理もあるまい、日本海海戦では兵器は借り物であったが、東洋艦隊殲滅戦は全て自前であったからだ。そして、連合艦隊は、否、帝国海軍はイギリス海軍を手本にしてきた傾向が存在する。東洋艦隊という出先機関とはいえその手本を越えるほどの戦果を彼達は上げたわけだ、歓喜に湧かないはずが無かった。
 そして、参謀が司令長官に群がり始めていた。だが……。
「やりましたな、司令長官」
「だから醍醐君が言っただろう、勝てる戦だと」
 欣喜雀躍する参謀達に対して、若干引いた目でそれを眺める長谷川。無論、醍醐の潜水艦を陽動に使った上での夜間空襲策が的中したからこそここまで一方的な戦果が出たわけだが、長谷川は醍醐に花を持たせつつも、浮かれることを控えるようにといった態度をしていた。無論、それは醍醐も同じような態度をしていたと言うこともあったのだが。
「とはいえ、問題はここからですな、我々はまだ敵軍の秘密基地を見つけておりません」
 そして、醍醐は引き続きアッヅ環礁基地の秘匿を探る策を練っていた。既に、東洋艦隊は撃破しているわけであり、それは容易いように見えた。とはいえ、それは地上海上の彼達には見えない目である。さらに言えば……。
「……あるのかね、本当に」
 長谷川は醍醐に訊ねた、無論、彼もそれは想定していたのだが、戦勝の士気高揚に水を差しすぎるのも、あまり宜しからざることと言えた。無論、浮かれて兜を降ろしてしまうのは論外だが、戦勝後や戦闘前はそれなりに士気を上げておかねば次に響く。
「無いと想定して動くのは容易うございますが、危険です。それに……」
「それに?」
「東洋艦隊出没の報を聞いて思ったことがあります。奴儕は、特異な方向から攻め寄せました。その直線上に、無いとは言い切れますまい」
 醍醐は、東洋艦隊出現の報を聞いた当時に真っ先に抱いた疑問は出現した方角であった。モンスーンを避けて取れる航路はインド洋にはそこまで多くない。台風大国である程度の予測があったはずの日本でも、友鶴事件や第四艦隊事件が存在したのだ、凪いでいるであろうヨーロッパの海で設計された艦艇ならばモンスーンなどへの対策のために泊地を作っていないはずがない。
 そう考えた彼は、後に発見したアッヅ環礁基地を発見した際にすかさず攻撃命令を下令した。東インド会社解散の契機となった、いわゆる「第二次ベンガル湾海戦」の序盤戦である。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

真田幸村の女たち

沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。 なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。

江戸時代改装計画 

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...