上 下
28 / 73
第一分章:ベンガル湾の大和

第一次ベンガル湾海戦(十二)

しおりを挟む
 それは、残念ながら当然の結果であった。東洋艦隊は必死に、缶も壊れよとばかりに速度を上げていたが、彼らの最大戦速はもともとそこまで速くない。建造時の最大戦速すらも23ノットに過ぎないのに、損傷して撤退中の現在ではさらに落ちるのは明白であった。ゆえに、彼らは追いつかれる。
 何せ、制空権は日本軍が握っているから好き放題偵察されている上にそもそも日本軍の最大戦速は損傷艦が一隻だけ(那珂のこと)なこともあって速度の差を考えればよほど巧みな逃げ方をしない限り、直線上であればいずれ追いつかれるのである。
 そして、一隻、また一隻と東洋艦隊は脱落していく。

「連中は逐次投入の愚を知らないんでしょうかね」
 ある参謀が、都合七隻目の東洋艦隊所属の駆逐艦が撃破された様をみて呟いた。無理からぬことだ、何せ、イギリス海軍東洋艦隊は明らかに戦力の逐次投入を行って連合艦隊を足止めしていたのだから。
「……知っているからこそだろう。少しでも小型艦で時間稼ぎをして本隊を逃がそうとしているわけだ。……そんな戦訓、どこかで見たな」
 一方で、戦力の逐次投入の愚を知っていてそれを行わざるを得ない彼らに若干の憐憫らしきものを浮かべた参謀がいた。既に救出している東洋艦隊船員は一千どころか三千は超えており、那珂の護送を含めてイギリス軍の捕虜を満載して輸送した駆逐艦部隊は一個駆逐隊に上ろうとしていた。
「まあなんにせよ、だ」
「「せ、先任!」」
 先任とは海軍の場合、先任将校、つまりは幕僚や艦長よりも先にその艦艇に存在したある程度の身分である将校の軍人が該当する。尤も、「先任将校」という立場はその限りではないのだが。そして特筆すべきことは、小型艦艇の場合は艦長に準ずる立場を持っていることが多い。まあ要するに、「いちばんえらいひと」に次ぐレベルで「かなりえらいひと」という認識でいてもらえれば間違ってはいない。
「敬礼は略していい。……恐らく、このまま本隊を司令部ごと逃がして、重要文書の入手を阻止しよう、ってのが腹の内だろう。だが、敵艦隊の速度を鑑みた場合、追い続ければ何れ追いつくだろう」
「確かに、長門型も25ノットを出せる関係上、そうはなりましょうが……」
 最大戦速で艦隊速度を固定した場合、一番遅い艦艇に合わせるのでこの艦隊の場合、25ノットが最大戦速となる。ちなみに、速度にはいわゆる最大戦速の他にも戦速は存在するし、戦闘中では無い場合は速くて巡航、通常の並速というのも存在する。
 余談だが、日本製「」方の某ゲームに書いてある「びそくぜんしん」はだいたい4ノット前後に相当する、らしい。ちなみに、1ノットは1海里を1時間で進むことなので、25ノットとはだいたい自動車の普通道路での速度と同じくらいである。
 詳しく知りたい方は「日本海軍」とか「艦艇入門」で調べて頂ければそういう知識の書いてあるサイトにたどり着ける、と思う。
 基本的に、舟というものは車に比べて遅い。軍艦は速い方なのだが、そう考えれば某ぜかまし(某になっていない)がどれだけ艦艇では異常で、陸上では通常か理解できるだろう。彼女の40ノットとは、概ね高速道路で出せる速度と同等である。
 なお、1海里は1852mである、念のため。
 まあ、要するに1ノットは時速2kmであると思って頂ければ計算しやすい、と思う(厳密にはズレが生じるのだが、わかりやすさ重視で話を進めたい)。
 そして、東洋艦隊は最大でも23ノットしか出せず、連合艦隊は25ノットが一番遅い艦艇に合わせた最大戦速である。無論、長門型(25ノット)を離脱させれば27ノットになるし、金剛型戦艦(第三戦隊)で急行すれば30ノットは稼げるのだが、彼我の距離を考えれば、2ノットの差で詰め寄っても日暮れまでには充分に会敵しうる距離であった。
 本来ならば、正午には会敵しうるはずだったのだが、東洋艦隊が捨てがまり同然の形で小型艦艇を足止めに使ったり、その轟沈した艦艇から可能な限りの船員を救助したりしたこともあって、段々と遅延が生じ始めていた。
 もし、日暮れまでに会敵できなければ、恐らく彼らはアッヅ環礁に退却を成功させてしまうだろう。
 ……そして、那珂を避難させ、残りの駆逐隊を率いる四水戦(第四水雷戦隊の略である、念のため)司令は、一水戦(此方は第一水雷戦隊の略であり、いわゆる「華の二水戦」とは第二水雷戦隊の略である。なお、なぜ二番なのに「華」を冠するのかは、もし機会があれば後述したい)司令と謀って、ある計画を実行した。それは……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

真田幸村の女たち

沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。 なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。

江戸時代改装計画 

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

綾衣

Kisaragi123
歴史・時代
文政期の江戸を舞台にした怪談です。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

処理中です...