23 / 73
第一分章:ベンガル湾の大和
第一次ベンガル湾海戦(七)
しおりを挟む
「前方に駆逐艦が三隻、どうやら足止めをする気のようです」
零式艦上戦闘機の搭乗員、後に将校出のエースパイロットとして名をはせる笹井醇一を隊長機とした台南空からカルカッタ基地へ異動となった、弾着観測を兼ねた偵察部隊が発見したのはエキスプレスとクオリティを含めた即席の駆逐隊であった。無論、敵が制海権を得た海域で駆逐艦だけが三隻程度存在しているわけではなく、明らかにそれは囮ないしは遅滞防御のためのあわれないけにえだった。とはいえ、敵艦は敵艦である。当初撃沈を考えた笹井であったが、僚機のバンクを見て考えを改めた。何せ、彼の操る零戦は爆装をしておらず、増槽も装備していない。零戦の行動半径は長いとはいえ、現状彼の操る機のそれはそこまで長くは無いことを考慮し、ひとまず敵艦隊の位置を旗艦大和に送ると共に打ち上がりはじめた対空砲火を躱し、偵察飛行を続行した。
「駆逐艦が三隻だけ?」
「妙ですな、実に妙だ」
一方で、司令部に届いたその報告は、参謀達を困惑させるに充分であった。如何に夜間空襲作戦が理想的に決まったとはいえ、いくら何でも敵艦の頭数が少なすぎた。恐らく敵の本隊はもっと向こうにいるのだろう。位置さえ解れば、航行を続けられるのだが……。
「とりあえず、敵さんの救助は味方の駆逐艦に任せましょう。如何に駆逐艦が三隻しか存在しないとはいえ、白旗も揚げていない敵です、撃沈すべきかと」
撃沈を進言する参謀。当然である、これは戦争なのだ。それに対して、長谷川も頷くと、こう下令した。
「念のため、降伏勧告だけはしておけ。応じないとは思うが国際的非難は避けたい。欲張って拿捕をしようにも、それで戦死者を計上しては損だ」
「ははっ」
……「敵の本隊」である東洋艦隊の生き残りが、全力で航行していたが流石に速度が出ないこともあって逃走中なのを偵察中の零戦部隊が発見したのはそれからしばらくした後のことであった。
「……降伏勧告?」
「おのれ、巫山戯おって!」
一方で、降伏勧告を受け取ったクオリティ艦長は激高していた。とはいえ、駆逐艦が三隻しかないこの状態で敵を足止めするのは不可能である。捨て石の任務を受けた彼は死に花を咲かせる気でいたのだが、その降伏勧告は彼の矜持を折るに等しい行為であった。
「ですが、艦長。受けるべきです」
慌ててクオリティ艦長に諫言するは航海長であった。彼我の距離を考えた場合、降伏勧告において手間取らせて味方の撤退を助けるという方法も、悪い話では無かった。さらに言えば、激しやすい彼の性根を知っているエキスプレス艦長はあらかじめ作成した打電を送っていた。曰く、「短気は損気、急がば回れ」。無論、打電の抜き書きをした場合日本の諺の文章ではなくイギリスの慣用句であろうが、洋の東西を問わず、同じような諺は存在する。というよりは、そういうものが諺といえるだろう。
「ぐぬぬ……」
「艦長!」
今度は、砲雷長も参加して艦長を諫めに掛かった。艦長も流石に頭を冷やし始めたのか、彼らに策を尋ねはじめた。
「……策はあるのだろうな?」
「古来より、捕虜が足を引っ張るのは本国の意に沿うと思います」
「ここは一つ、キングストン弁を抜いて総員退艦を告げるべきかと。それに……」
「それに?」
「……なるべく、無様に駄々をこねましょう。艦長が醜を曝すだけ、味方の艦艇が生き残ると考えたら、決してただの醜態とは言い難いはずです」
彼らの任務は、あくまでも本隊の撤退までの時間を稼ぐことである。それがどのような行為であれ、時間を稼げるのならば事実上容認されていた。艦艇の喪失はもちろんのこと、捕虜として敵軍の足を引っ張るもよし、降伏勧告を受け入れる際に時間を引き延ばしたりして無様な体を装って獅子身中の虫となるもよし、戦略的な成功をなすのであれば駆逐艦三隻の犠牲は彼らにとっては許容範囲だったのだろう。……駆逐艦三隻で済むのであれば。
「……策を受け入れよう。だが、キングストン弁は抜かんぞ」
「……は?」
「少しでも、奴らに弾薬を消耗させる。自沈ではなく敵の弾薬を消耗させた撃沈にするために、最低限の戦闘は行うぞ」
「……はあ」
かくて、クオリティ艦長はエキスプレス艦長およびジュピター艦長に打電、こういうときは同じ駆逐艦の艦長で階級が一緒であったとしても、ハンモックナンバー、すなわち士官学校での成績が物を言う場であった。
零式艦上戦闘機の搭乗員、後に将校出のエースパイロットとして名をはせる笹井醇一を隊長機とした台南空からカルカッタ基地へ異動となった、弾着観測を兼ねた偵察部隊が発見したのはエキスプレスとクオリティを含めた即席の駆逐隊であった。無論、敵が制海権を得た海域で駆逐艦だけが三隻程度存在しているわけではなく、明らかにそれは囮ないしは遅滞防御のためのあわれないけにえだった。とはいえ、敵艦は敵艦である。当初撃沈を考えた笹井であったが、僚機のバンクを見て考えを改めた。何せ、彼の操る零戦は爆装をしておらず、増槽も装備していない。零戦の行動半径は長いとはいえ、現状彼の操る機のそれはそこまで長くは無いことを考慮し、ひとまず敵艦隊の位置を旗艦大和に送ると共に打ち上がりはじめた対空砲火を躱し、偵察飛行を続行した。
「駆逐艦が三隻だけ?」
「妙ですな、実に妙だ」
一方で、司令部に届いたその報告は、参謀達を困惑させるに充分であった。如何に夜間空襲作戦が理想的に決まったとはいえ、いくら何でも敵艦の頭数が少なすぎた。恐らく敵の本隊はもっと向こうにいるのだろう。位置さえ解れば、航行を続けられるのだが……。
「とりあえず、敵さんの救助は味方の駆逐艦に任せましょう。如何に駆逐艦が三隻しか存在しないとはいえ、白旗も揚げていない敵です、撃沈すべきかと」
撃沈を進言する参謀。当然である、これは戦争なのだ。それに対して、長谷川も頷くと、こう下令した。
「念のため、降伏勧告だけはしておけ。応じないとは思うが国際的非難は避けたい。欲張って拿捕をしようにも、それで戦死者を計上しては損だ」
「ははっ」
……「敵の本隊」である東洋艦隊の生き残りが、全力で航行していたが流石に速度が出ないこともあって逃走中なのを偵察中の零戦部隊が発見したのはそれからしばらくした後のことであった。
「……降伏勧告?」
「おのれ、巫山戯おって!」
一方で、降伏勧告を受け取ったクオリティ艦長は激高していた。とはいえ、駆逐艦が三隻しかないこの状態で敵を足止めするのは不可能である。捨て石の任務を受けた彼は死に花を咲かせる気でいたのだが、その降伏勧告は彼の矜持を折るに等しい行為であった。
「ですが、艦長。受けるべきです」
慌ててクオリティ艦長に諫言するは航海長であった。彼我の距離を考えた場合、降伏勧告において手間取らせて味方の撤退を助けるという方法も、悪い話では無かった。さらに言えば、激しやすい彼の性根を知っているエキスプレス艦長はあらかじめ作成した打電を送っていた。曰く、「短気は損気、急がば回れ」。無論、打電の抜き書きをした場合日本の諺の文章ではなくイギリスの慣用句であろうが、洋の東西を問わず、同じような諺は存在する。というよりは、そういうものが諺といえるだろう。
「ぐぬぬ……」
「艦長!」
今度は、砲雷長も参加して艦長を諫めに掛かった。艦長も流石に頭を冷やし始めたのか、彼らに策を尋ねはじめた。
「……策はあるのだろうな?」
「古来より、捕虜が足を引っ張るのは本国の意に沿うと思います」
「ここは一つ、キングストン弁を抜いて総員退艦を告げるべきかと。それに……」
「それに?」
「……なるべく、無様に駄々をこねましょう。艦長が醜を曝すだけ、味方の艦艇が生き残ると考えたら、決してただの醜態とは言い難いはずです」
彼らの任務は、あくまでも本隊の撤退までの時間を稼ぐことである。それがどのような行為であれ、時間を稼げるのならば事実上容認されていた。艦艇の喪失はもちろんのこと、捕虜として敵軍の足を引っ張るもよし、降伏勧告を受け入れる際に時間を引き延ばしたりして無様な体を装って獅子身中の虫となるもよし、戦略的な成功をなすのであれば駆逐艦三隻の犠牲は彼らにとっては許容範囲だったのだろう。……駆逐艦三隻で済むのであれば。
「……策を受け入れよう。だが、キングストン弁は抜かんぞ」
「……は?」
「少しでも、奴らに弾薬を消耗させる。自沈ではなく敵の弾薬を消耗させた撃沈にするために、最低限の戦闘は行うぞ」
「……はあ」
かくて、クオリティ艦長はエキスプレス艦長およびジュピター艦長に打電、こういうときは同じ駆逐艦の艦長で階級が一緒であったとしても、ハンモックナンバー、すなわち士官学校での成績が物を言う場であった。
1
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
真田幸村の女たち
沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。
なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。
江戸時代改装計画
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる