御稜威の光  =天地に響け、無辜の咆吼=

華研えねこ

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第一分章:ベンガル湾の大和

第一次ベンガル湾海戦(伍)

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 一夜明けて、ようやく水面に静寂が訪れた頃。駆逐艦エキスプレスに座乗する艦長は己が耳目を疑った。無理もあるまい、昨夜日が沈む頃には存在していたはずの東洋艦隊旗艦、プリンス・オブ・ウェールズがどこを探しても存在しないからだ。それどころではない、歴戦の艦艇であるウォースパイトや散々にイタリア海軍を苦しめたロイヤル・サブリン、そしてイギリス海軍にとってはまさに虎の子とも言えるはずの装甲空母による機動艦隊、インドミタブル、フォーミダブル、そしてアーク・ロイヤルが影も形も見当たらなかったからだ。更に周囲を見渡し見たが、どことなく燻っている艦艇が多い。数も昨晩に比べて非常に少ない。空母に至ってはハーミーズ一隻しか存在していない。だんだん不安になってきた。
 そうこうしているうちに従卒が駆け寄ってきた。紙を持っている。恐らく味方からの電文であろう。急ぎ、艦長は彼に尋ねた。
「僚艦より電文です!」
「おう、なにかわかるか!」
 つとめて、朗らかな声を出す努力をする艦長。だが、その表情はもうすぐ極悪となる。
「……そ、それが……」
「どうした、落ち着いて報告しろ」
 よほどひどい一報なのだろう、従卒は明らかに動揺ないしは困惑していた。とはいえ、ここまで味方の艦艇が存在しないということは恐らく後退くらいはしてしまっているのだろう。いくら何でも連中にそれだけの艦艇を撃沈できる能力があるはずが……。
「……艦長も、落ち着いてくださいね。
 ……『東洋艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズならびにウォースパイト、ロイヤル・サブリン、インドミタブル、フォーミダブル、アーク・ロイヤル、他多数の艦艇が夜間の間に襲撃を受け轟沈、我等これより僚艦の退却を支える、希望者を募られたし』……とのことにございます!」
「……は?」
 ……駆逐艦エキスプレス艦長は、今度こそ己が耳目を信じられなくなった。なにせ、眼前の従卒の言葉をそのまま信じると、主力艦六隻以上もの大損害がこの夜更けから夜明けまでの間に東洋艦隊を襲ったということになるのだから! とはいえ、従卒の報告と今いない艦艇は一致していた。
「ですから!」
「いや、聞こえてはいる……復唱は不要だ。」
「艦長、いかがなさいましょう!」
 焦る従卒、それも当然のことで艦長が思案している間にもいつ敵が襲いかかってくるかわからないからだ。何せ、敵の戦力はいくら少なく見積もったとしても、そして夜間の襲撃という被害報告の増えやすい戦術行動であったとしても天下のロイヤルネイビーの主力艦艇を一夜で五隻以上も沈める大艦隊だからだ。一方で、艦長は従卒をなだめてこう告げた。
「うろたえるな。……発信元はどこだ」
 発信元を訊ねる艦長。旗艦プリンス・オブ・ウェールズが轟沈している現状、どこからの命令かを訊ねることによって現状の命令系統を把握すると共にそれによりどこまで艦隊が損傷したかを理解する必要があるからだ。……だが、エキスプレスの艦長が思っている以上に、事態は深刻だった。
「は、僚艦のクオリティであります」
 発信元は、僚艦のクオリティであった。そのクオリティからの打電が意味するところはただ一つ、現状はエキスプレスの艦長が考えているよりも遙かに深刻であるということだった。何故か。それが司令部を移した旗艦からではなく僚艦の、即ち同じ駆逐艦からの打電であるということは現在旗艦との通信が困難であり、また同時にそれは一夜にして主力艦艇が軍事的な意味で全滅(≒半減)したことによる熟練の高級将校の大量喪失を意味し、なんのてらいもなく言ってしまえばそれは東洋艦隊が当分の間、年単位で使い物にならなくなるということであったからだ。つまりは、彼らが奮戦しなければイギリスはインドを失うことを意味していた。
「……あいつは、同期だったな……。いいだろう、俺達も退却を支えるぞ、撤退戦用意!」
「は……ははっ!!」
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