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序章:1941年

連合艦隊司令長官長谷川清

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「それで、私に……」
 ……白羽の矢が立ったのは、長谷川清であった。彼はかの昭和の禰衡こと井上成美からすらある程度は認められた名将であり、名の総格すら整っている、一種の「天が贔屓した人物」といえた。
 確かに、連合艦隊司令長官としては適任であり、醍醐忠重が昇進するまでのつなぎとしても的確であったし、戦局によってはそのまま続投しても問題が無いほどの人物であった。だが。
「台湾総督を降りて連合艦隊司令長官に着任する形になるのは同じ親任官とはいえお厭でしょうか」
 長谷川清は、現在台湾総督の地位に就いていた。海軍次官も務めたこともある彼にとって、連合艦隊司令長官は明らかに格落ちといえた。だが、長谷川は深々と頭を下げ、この大事に了承した。……ある一つの質問を加えて。
「いや、よく声を掛けて下さった。ただ……」
「はい」
「米内提督が三職に見受けられないのは、いかなることでしょうか」
 米内光政が無能で知られるのは戦後しばらく経過した後のことであり、この当時は彼はその無能さを隠しきるという意味では有能といえた。一見有能に見える亡国級の無能という意味において小早川隆景と似通った面のある彼は、ある意味において典型的なサラリーマンと言えるのかもしれない。なにせ、この大日本帝国に史上最高の栄誉を収める長谷川清をも騙しきったほどなのだから、その詐術的才能はいかほどのものであったのだろうか。米内を表して「今馬謖」と称されるのは、繰り返すが昭和も後期になってからである。この時期においては、彼は有能であるとされていた。
「……そのことでは、ございますが……」

「ふむ」
「米内提督は開戦不可避のこの情勢下では指導に値しないと三職を辞退致しまして……」
 米内光政は、この状況を作るだけ作っておきながら、逃げた。ゆえに「亡国級の無能」と後世に誹られるのだが、それでも一応は提督の座まで上り詰めた程度には有能だったのかもしれない。お忘れだろうか、馬謖も一応は理論上優秀と称されており、ゆえに諸葛孔明に愛されたのである。後に「あいつはただの馬謖だ、馬良たる白眉は、別に存在する」と発言した人物は誰か、歴史はまだ沈黙を守っているがその発言内容は言い得て妙といえた。
「そういうことならば、お受け致しましょう。現地の民に挨拶をせぬまま着任するのは忍びないですが……」
 そして、長谷川は海に戻った。後に謙遜して「連合艦隊司令長官はただの現場監督に過ぎませんよ」と答える彼であったが、その「現場監督」を見誤って敗亡した国が多いことを考えたら、彼ほどの「現場監督」を配置できたことこそ幸運といえるだろう。
「有り難う御座います!」
 かくて、昭和最強の三職を形成し得た大日本帝国海軍は、離陸を開始した。その航路が征く先は、果たして。
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