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序章:1941年

提督、戦死!

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 今は無き西暦において1941年8月12日、後の太陽暦に直して2601年6月25日。なお、太陰暦の場合は昭和十六年閏六月二十日らしい。とはいえ、整合性を鑑み太陽暦制定時までは一応、今は亡き西暦で通すこととしよう。その8月12日火曜日、先勝の日取りだというのに帝都で白昼堂々連合艦隊司令長官の暗殺事件が起こった! 丁度、連合艦隊旗艦に乗り込もうとタラップに乗り込もうとした直前、帝都は大田区に当時存在していた朝鮮集落のある少年が偶然入手した拳銃によって兇弾に斃れたのだ。彼の最期の言葉は「そんなばかな」であった。その朝鮮人の少年は官憲が逮捕する前に怒り狂った群衆――その長官は非常に人気のある人物であった――に撲殺されており亡骸を警邏が引き取った際にあまりに多くの傷痕を見て思わず顔を背けたほどであった。
 とはいえ、暗殺は成功してしまった。かくなる上は後任を決めなければならない。何せ日米間の仲はこの当時絶望的に悪く、戦争は時間の問題であったからだ。だが、適任者は中々選出されなかった……。

 選定会議の議事録にも難航したことは書かれており、都合二ヶ月弱は開戦直前にも関わらず連合艦隊司令長官、即ち軍の実働部隊の長官が不在という恐ろしい事態となっていた。
 以左に会議の一部を録音した音声が残っている。皆様にも紹介しよう。

「参ったな……。国民へのアピールと閑職への放り込みのためにあいつを軍政から厄介払いしたのにもかかわらず、だ」
「どうします? さすがにこの時期に連合艦隊司令長官へ自薦する酔狂な輩なんか存在しませんぜ」
「とはいえ、前任の吉田提督を引き戻すのはあまり良いとは言えぬしな……」
「醍醐提督はどうだ、適任だと思うが」
「ダメだ、血統も能力もあるが、少将では格が足らん」
「では、誰にするか……」
「……末次提督なんかどうだ」
「適任だと思うが、本人が閑職行きを頷くかどうか……」
「大変だ!」
「どうした、藪から棒に」
「及川提督が辞任を表明した! なんでも、連合艦隊司令長官暗殺の引責を受けるとのことだ」
「……及川提督め、まんまと逃げたか……」
「どうします、このままでは三職全てががら空きになっちまいます」
「……やむを得ん、な」

 以右から判ることは、この一大事件によって海軍は一時的に人事不省に陥ったということだ。とはいえ、後任を決めないままというのはさすがに拙いこともあって10月にはさすがに後任が決定された。今なお日米交渉が粘り強く続けられる中、現職の海軍大臣である及川古志郎提督が連合艦隊司令長官暗殺事件の引責という形で自主的に辞任したことによりぽっかりと空いた海軍三職は次の三名に依頼されることとなった。
 まず、海軍大臣は吉田善吾提督。吉田提督は前任の連合艦隊司令長官だけあって、順当な人事といえたが、本人は次は予備役だと思い込んでいた節があって微妙な顔をしながら辞令を受け取ったという。
 次に、軍令部総長には末次信正提督が着任することとなった。とはいえ、この一報を聞いた昭和帝は非道く嫌そうな顔をしており、戦後末次提督が戦争勝利の立役者として人気なのを見て「朕の戦争に非ず」と祖父明治天皇の言葉を引用して早々に宮城へ戻ったという逸話が存在する。末次提督は対米戦の軍略を立案した経験があり、こちらも非常に合理的な人事であった。ただ、本人は同じ海軍三職の内どうせ着任するのならば連合艦隊司令長官も悪くない、と回顧録に書かれており、それを選定委員会が知らずに軍令部総長に指名したと思われる。
 そして、問題の連合艦隊司令長官だが……。
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