1 / 65
序章:1941年
提督、戦死!
しおりを挟む
今は無き西暦において1941年8月12日、後の太陽暦に直して2601年6月25日。なお、太陰暦の場合は昭和十六年閏六月二十日らしい。とはいえ、整合性を鑑み太陽暦制定時までは一応、今は亡き西暦で通すこととしよう。その8月12日火曜日、先勝の日取りだというのに帝都で白昼堂々連合艦隊司令長官の暗殺事件が起こった! 丁度、連合艦隊旗艦に乗り込もうとタラップに乗り込もうとした直前、帝都は大田区に当時存在していた朝鮮集落のある少年が偶然入手した拳銃によって兇弾に斃れたのだ。彼の最期の言葉は「そんなばかな」であった。その朝鮮人の少年は官憲が逮捕する前に怒り狂った群衆――その長官は非常に人気のある人物であった――に撲殺されており亡骸を警邏が引き取った際にあまりに多くの傷痕を見て思わず顔を背けたほどであった。
とはいえ、暗殺は成功してしまった。かくなる上は後任を決めなければならない。何せ日米間の仲はこの当時絶望的に悪く、戦争は時間の問題であったからだ。だが、適任者は中々選出されなかった……。
選定会議の議事録にも難航したことは書かれており、都合二ヶ月弱は開戦直前にも関わらず連合艦隊司令長官、即ち軍の実働部隊の長官が不在という恐ろしい事態となっていた。
以左に会議の一部を録音した音声が残っている。皆様にも紹介しよう。
「参ったな……。国民へのアピールと閑職への放り込みのためにあいつを軍政から厄介払いしたのにもかかわらず、だ」
「どうします? さすがにこの時期に連合艦隊司令長官へ自薦する酔狂な輩なんか存在しませんぜ」
「とはいえ、前任の吉田提督を引き戻すのはあまり良いとは言えぬしな……」
「醍醐提督はどうだ、適任だと思うが」
「ダメだ、血統も能力もあるが、少将では格が足らん」
「では、誰にするか……」
「……末次提督なんかどうだ」
「適任だと思うが、本人が閑職行きを頷くかどうか……」
「大変だ!」
「どうした、藪から棒に」
「及川提督が辞任を表明した! なんでも、連合艦隊司令長官暗殺の引責を受けるとのことだ」
「……及川提督め、まんまと逃げたか……」
「どうします、このままでは三職全てががら空きになっちまいます」
「……やむを得ん、な」
以右から判ることは、この一大事件によって海軍は一時的に人事不省に陥ったということだ。とはいえ、後任を決めないままというのはさすがに拙いこともあって10月にはさすがに後任が決定された。今なお日米交渉が粘り強く続けられる中、現職の海軍大臣である及川古志郎提督が連合艦隊司令長官暗殺事件の引責という形で自主的に辞任したことによりぽっかりと空いた海軍三職は次の三名に依頼されることとなった。
まず、海軍大臣は吉田善吾提督。吉田提督は前任の連合艦隊司令長官だけあって、順当な人事といえたが、本人は次は予備役だと思い込んでいた節があって微妙な顔をしながら辞令を受け取ったという。
次に、軍令部総長には末次信正提督が着任することとなった。とはいえ、この一報を聞いた昭和帝は非道く嫌そうな顔をしており、戦後末次提督が戦争勝利の立役者として人気なのを見て「朕の戦争に非ず」と祖父明治天皇の言葉を引用して早々に宮城へ戻ったという逸話が存在する。末次提督は対米戦の軍略を立案した経験があり、こちらも非常に合理的な人事であった。ただ、本人は同じ海軍三職の内どうせ着任するのならば連合艦隊司令長官も悪くない、と回顧録に書かれており、それを選定委員会が知らずに軍令部総長に指名したと思われる。
そして、問題の連合艦隊司令長官だが……。
とはいえ、暗殺は成功してしまった。かくなる上は後任を決めなければならない。何せ日米間の仲はこの当時絶望的に悪く、戦争は時間の問題であったからだ。だが、適任者は中々選出されなかった……。
選定会議の議事録にも難航したことは書かれており、都合二ヶ月弱は開戦直前にも関わらず連合艦隊司令長官、即ち軍の実働部隊の長官が不在という恐ろしい事態となっていた。
以左に会議の一部を録音した音声が残っている。皆様にも紹介しよう。
「参ったな……。国民へのアピールと閑職への放り込みのためにあいつを軍政から厄介払いしたのにもかかわらず、だ」
「どうします? さすがにこの時期に連合艦隊司令長官へ自薦する酔狂な輩なんか存在しませんぜ」
「とはいえ、前任の吉田提督を引き戻すのはあまり良いとは言えぬしな……」
「醍醐提督はどうだ、適任だと思うが」
「ダメだ、血統も能力もあるが、少将では格が足らん」
「では、誰にするか……」
「……末次提督なんかどうだ」
「適任だと思うが、本人が閑職行きを頷くかどうか……」
「大変だ!」
「どうした、藪から棒に」
「及川提督が辞任を表明した! なんでも、連合艦隊司令長官暗殺の引責を受けるとのことだ」
「……及川提督め、まんまと逃げたか……」
「どうします、このままでは三職全てががら空きになっちまいます」
「……やむを得ん、な」
以右から判ることは、この一大事件によって海軍は一時的に人事不省に陥ったということだ。とはいえ、後任を決めないままというのはさすがに拙いこともあって10月にはさすがに後任が決定された。今なお日米交渉が粘り強く続けられる中、現職の海軍大臣である及川古志郎提督が連合艦隊司令長官暗殺事件の引責という形で自主的に辞任したことによりぽっかりと空いた海軍三職は次の三名に依頼されることとなった。
まず、海軍大臣は吉田善吾提督。吉田提督は前任の連合艦隊司令長官だけあって、順当な人事といえたが、本人は次は予備役だと思い込んでいた節があって微妙な顔をしながら辞令を受け取ったという。
次に、軍令部総長には末次信正提督が着任することとなった。とはいえ、この一報を聞いた昭和帝は非道く嫌そうな顔をしており、戦後末次提督が戦争勝利の立役者として人気なのを見て「朕の戦争に非ず」と祖父明治天皇の言葉を引用して早々に宮城へ戻ったという逸話が存在する。末次提督は対米戦の軍略を立案した経験があり、こちらも非常に合理的な人事であった。ただ、本人は同じ海軍三職の内どうせ着任するのならば連合艦隊司令長官も悪くない、と回顧録に書かれており、それを選定委員会が知らずに軍令部総長に指名したと思われる。
そして、問題の連合艦隊司令長官だが……。
11
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
江戸時代改装計画
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
日は沈まず
ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。
また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。
渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)
牛馬走
歴史・時代
(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)水呑百姓の平太は、体の不自由な祖母を養いながら、未来に希望を持てずに生きていた。平太は、賭場で無宿(浪人)を鮮やかに斃す。その折、親分に渡世人飛脚に誘われる。渡世人飛脚とは、あちこちを歩き回る渡世人を利用した闇の運送業のことを云う――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる