上 下
30 / 40

紀元は二千六百年1940/01/01

しおりを挟む
 西暦1940年、皇紀に直して2600年。いよいよ、東京オリンピックが迫ってきており、大日本帝国は殊の外浮かれ気分であった。無論、軍人や政治家などの必死の努力があって平和は保たれていたのだが、彼ら臣民はそれを天皇の徳であると見た。無論、それは決して間違いではないのだが、何段階も論理をすっ飛ばした結果であり、結論だけ言えば間違いないだけであった。
 一方、宇垣内閣にある男性が閣僚として招かれた。その、男の名は……。
「しかし、何故私は招かれたのでしょうか……」
「知らないなら教えて差し上げましょうか?貴男の製薬会社、とんでもない発明をしたそうですね。市会議員をしていたわけですし、ちょうど良いではありませんか」
「碧素は政治的に利用しないように考えていたんですがね……」
「貴男が政局に関与しないように考えるのは勝手ですが、政治が必要とするものは使わざるを得ないのですよ、この国は」
「はあ……。然らばこの伊東精一、文字通り精一杯研究を行い薬理からこの国を支えさせて頂きます!」
「そうそう、それでよろしいのです」
 ……伊東製薬代表、伊藤精一であった。彼が碧素の開発に成功したのは本当に偶然からであるが、世の中何が幸いするか解らない。半ば道楽であったはずの市会議員の地位どころか、何段階もすっ飛ばして彼は閣僚の座、そして文部大臣の座をあてがわれた。研究成果を期待してのことであったが、彼は間もなく曾孫に最大の遺産を残すことになる……。


 伊東製薬がペニシリンの量産に成功した、その一報は全世界を驚愕させた。無理もあるまい、誰がアメリカ合衆国を差し置いて、極東の、しかも首都近郊ですらない地方都市の研究が実を結ぶと考えていただろうか。しかし、それは事実である。以後、これは強力な大日本帝国の外貨獲得手段となる。だが、伊東製薬の発明品はペニシリンだけでは無かった……。
「えー、本日記者会見を開いて頂いたのは他でもありません、我が伊東製薬の新型薬品の研究成果を発表したく存じ上げます」
 伊東製薬の新型薬品は多岐に上った。ペニシリンだけでなく、ベンゾジアゼピンからワクチン製法、果てはサルファ剤に至るまで彼は実現し得たのだ!この短期間にしては驚異的な成果であった。斯くて、伊東精一は一躍時の人となる。
 だが、彼が為した成果は、まだ他にも存在した……。
「また、私が文部大臣になりましたので、以下の改革を成し遂げたいと存じ上げます」
 ……それは、驚異的な教育革命であった。権民教育とされたその理論は、義務教育の廃止というよりは教育の権利と銘打ったものであったが、事実上の義務教育の廃止であった。従来の歩兵型教育ではなく、将校型教育を掲げたそれは、徴兵令に対する伊東清一の答えであった。
 そして皇紀2600年や東京五輪と浮かれている間にも歴史は続いていく。中華民国政府首脳部の大半が逮捕された上に通州大虐殺の犯人として裁かれていく中、ある国家が見事独立を勝ち取った。通称、「震旦共和国」と称される彼らが支那によくある皇帝制度をとらなかったのはお察しの通りだが、なぜ「中華民国」という号を選ばなかったのは不明とされている。
 何にせよ、この「震旦共和国」、汪兆銘らによって大日本帝国の支援をこぎ着け、後にアジア圏の工場兼農場となるのだが、それを知る者はまだ多くない。一方でこの頃、またしてもアメリカ合衆国では一騒動起こっていた……。
「何で景気がよくならないんだ!」
「かくなる上は……!!」
 ……そう、ウォール街の悪夢はまだ覚めていなかったのである……。

「首相、駐日アメリカ大使が会いたいと言っていますが」
「……だいたい察しはつくが、何の用だ」
「ははっ、何でもアメリカ合衆国の景気が治るにはどうすればよいか、といったものですが……」
「……高橋大臣が生きておれば……」
「私が行きましょう」
「おお、石井大臣」
「首相まで引っ張り出されるのは時間の問題ですが、まずは外相としてなんとかしてみます」
「できるか」
「さて、そこまでは保証しかねますが……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

正しい歴史への直し方 =吾まだ死せず・改= ※現在、10万文字目指し増補改訂作業中!

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
二度の世界大戦を無事戦勝国として過ごすことに成功した大日本帝国。同盟国であるはずのドイツ第三帝国が敗北していることを考えたらそのさじ加減は奇跡的といえた。後に行われた国際裁判において白人種が今でも「復讐裁判」となじるそれは、その実白人種のみが断罪されたわけではないのだが、白人種に下った有罪判決が大多数に上ったことからそうなじる者が多いのだろう。だが、それはクリストバル・コロンからの歴史的経緯を考えれば自業自得といえた。 昭和十九年四月二日。ある人物が連合艦隊司令長官に着任した。その人物は、時の皇帝の弟であり、階級だけを見れば抜擢人事であったのだが誰も異を唱えることはなく、むしろその采配に感嘆の声をもらした。 その人物の名は宣仁、高松宮という雅号で知られる彼は皇室が最終兵器としてとっておいたといっても過言ではない秘蔵の人物であった。着任前の階級こそ大佐であったが、事実上の日本のトップ2である。誰が反対できようものか。 そして、まもなく史実は回天する。悪のはびこり今なお不正が当たり前のようにまかり通る一人種や少数の金持ちによる腐敗の世ではなく、神聖不可侵である善君達が差配しながらも、なお公平公正である、善が悪と罵られない、誰もに報いがある清く正しく美しい理想郷へと。 そう、すなわちアメリカ合衆国という傲慢不遜にして善を僭称する古今未曾有の悪徳企業ではなく、神聖不可侵な皇室を主軸に回る、正義そのものを体現しつつも奥ゆかしくそれを主張しない大日本帝国という国家が勝った世界へと。 ……少々前説が過ぎたが、本作品ではそこに至るまでの、すなわち大日本帝国がいかにして勝利したかを記したいと思う。 それでは。 とざいとーざい、語り手はそれがし、神前成潔、底本は大東亜戦記。 どなた様も何卒、ご堪能あれー…… ああ、草々。累計ポイントがそろそろ10万を突破するので、それを記念して一度大規模な増補改訂を予定しております。やっぱり、今のままでは文字数が余り多くはありませんし、第一書籍化する際には華の十万文字は越える必要があるようですからね。その際、此方にかぶせる形で公開するか別個枠を作って「改二」として公開するか、それとも同人誌などの自費出版という形で発表するかは、まだ未定では御座いますが。 なお、その際に「完結」を外すかどうかも、まだ未定で御座います。未定だらけながら、「このままでは突破は難しいか」と思っていた数字が見えてきたので、一度きちんと構えを作り直す必要があると思い、記載致しました。 →ひとまず、「改二」としてカクヨムに公開。向こうで試し刷りをしつつ、此方も近いうちに改訂を考えておきます。

江戸時代改装計画 

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...